橋下さんはうるさい。

しゃべりもだけど、行動も。

とにかくじっとしていない。

パタパタパタと走って出勤してくる橋下さんのジャンパーのファスナーはいっつもあいていて、

首にかかってるマフラーは巻いてるというより本当にひっかけただけで、

橋下さんがパタパタ走ってるのに合わせて大きく揺れる。

眼鏡はずり落ちてるし、髪はボサボサ。

あっ、寒い。うわわ、滑る滑る。

1人でしゃべりながらやって来る。

はよーございます。

声を掛けるとジャンパーもマフラーも大きくジャンプさせて頭を下げてくる。

橋下さんは30代のパートさん。

うるさいけれど、口下手な自分は羨ましい。

橋下さんの近くに行くと、

橋下さんは1しかない状況に10話せる。

うるせぇなぁっておもうけど、憎めない。

「本谷君、本谷君、この地区、燃やせるゴミ今日捨てていいんだっけ。あぁっ、収集日の紙持ってた。あははは。今日だ。あ、良かったぁ。あせったあせったぁ」

しゃべりながら、なにをするでもないのにまたパタパタ動いて、

真っ黒なポニーテールがわさわさ揺れて、

眼鏡は何度もずり落ちる。

「いやいや、私いっつも間違うんだよね。だってさ、自分の家の燃やせるゴミの日もよくわかってないしね。あははは。あれ、この紙、この地区のかな?あ、そうだそうだ。あはは」

相槌を打つ必要もないくらい、橋下さんはよくしゃべる。

自分には、すごく楽だ。



そんな橋下さんが、珍しく黙ってる時があった。

葬儀の時だから当たり前っちゃあ当たり前だけど、

てっきり橋下さんはそんな時にもうるさいんだと思ってた。

ゆっさゆさポニーテール揺らして眼鏡なおしながら慣れないパンプスについていろいろ言いながら来るんだと思ってたのに。


別人みたいに髪を綺麗にまとめて、

眼鏡はあるべき場所にいて動かないし、

パンプスだって履き慣れてるみたいに静かに音もたてないで歩いて来るし。

誰だこれって思った。

遺族の人にペコリと会釈して、

スカートの裾を気にしながら隣に座る橋下さんは別人だった。

怖かった。

誰だ、この人って。

もしかして、誰かが乗り移ったのかと本気で心配していたら、

橋下さんが真っ直ぐ前を見たままちいさな声で話しかけてきた。

「本谷君はさ、モナカ好き?」

「は? あ、いや、あんま得意じゃないです」

「私もさ、和菓子のモナカって苦手なんだよね。中に入ってるあんこも苦手なんだけどさ」

橋下さんはこっちを見ない。

聞いたことないくらい穏やかな声で、

真っ直ぐ前を見たまま話しかけてくる。

「アイスのモナカは好きなんだよね。モナカ単体は美味しくも不味くもないけど、内包されてるもので美味しくも不味くもなるんだよ。でさ、お吸い物とか入ってるモナカはまた違って美味しいし、中からふわぁってお花の形したお麩とかでてきて素敵ぃってなるのね」

言ってる意味がわかりません。と心のなかで相槌を打ちながらも、言葉にする隙も勇気もない。

「人も同じかなって思うのね。見た目はどうだっていいのよ。所詮美味しくも不味くもないモナカなんだから」

いつもは話があっちにこっちに飛ぶのに。

まるで台本があるみたいに橋下さんは淡々と話す。

「だからね、中身があんこな人間にはなりたくないなぁって。あんこを持ってる人に、お前もあんこ入れて和菓子になれよって言われたら、きっぱり断れるモナカになりたいなって」

うん。と言うと、

橋下さんは大きく一つ頷いて、

実は自分もさっきから気になっていた事をやっと口にした。

「ところで私たち、違う人の葬儀に出てるよね」

「そうですね」

橋下さんはうるさい。

いつも肝心な事を最後に言う。

なのになぜか、憎めない。

良かった。

メガネが半分落ちてきた。

あははは、と声に出さず笑う橋下さんは、

いつものうるさい橋下さんだった。