今日のテーマ、幸せ論、は、「自分を幸せにすること」のカテゴリかな?と思いつつ、
結局テーマ「7号食ダイエット」を選んでしまったのは、
感じる幸せが、食を変えたことから起こっているような気がするから。

日々こまごまと問題・・・というか、自分にとってあまり面白くないこと、正直嫌なこと、普通に起こります。
どうしていいかわからないこととか、他人に対していい加減にしてって思うこととか、それを日本人の感覚では共有できなかったり、空気を読んでもらえない異文化の中にいて、常に自分ばっかり我慢を強いられているように感じたりとか、いわゆるストレスはそれなりにあるのですが・・・。普通に生きていられる、やりたかったことをできている、そう思えばそれはとても幸せなことです。でも日々の問題にすり減らされて、常に実感としてその幸せを感じることはできなかったり・・・まぁ、人生ってそういうものだろうな、とも思います。

が、、、。
どうしたことでしょうか。ここ数日、目覚めがとっても幸せなんです。
日々に何が起きていようが、それとは別に、幸せな感じ。
ブログで何度か、今、身体にいることが心地いい感覚、というのを書いていますが、それの延長みたいなもので。健康な人は、こういう感覚を常にもっているものなのでしょうか。ただ在ることが幸せ、みたいな。でももしこういう感覚が日常になってしまうと、それが普通で、わざわざ心地いいと感じることもないのでしょうか?それでその感覚を戻すために、瞑想とかがあるのかなぁ?

他のストレスとは、別なんです。それはそれ、幸せな感覚は幸せな感覚で、個々別々に起きてる、みたいな。
健やかに眠れて、健やかに起きると、寝ている間に、なんだか幸せな世界へ行っているのでしょうか?人は眠っている時にあの世に帰ってるとはいいますが・・・。
いわゆる瞑想のゴールってここ?・・・いや、もっと無な感じかな?とか、わかりませんが、なんとなくそんなふうに考えて、なるべくその感覚を覚えていられるようにしてみようかと。

ちなみに、日常に埋没するとこの感じは消え去ります。霧散。
調子がいいと、少し集中すれば呼び起こせます。
調子が悪いと、果てしなく遠く不幸な方へ行ってしまったりもします。

白砂糖や精製した食品は、人を鬱にしたりとか、キレやすくしたりとか、人をおかしくしてしまうといいますね。それらを断って、食事を少なめにして、自然なものを食べる。身体だけでなく、精神にも大切なことなのでしょうね。

幸せは、幸せなことが起きたからこそ、やってくるばかりではない、というのを、すごく感じた数日感でした。
このあたりについては、そのうちもっと掘り下げてみたいと思います。

食、大事にしましょう。。