事件は、放課後に起こる。
いつにも増してやる気が出てこなかったので、しばらく静まり返った教室で一人、外でスポーツに励むクラスメイトを眺めていた。
「まだこんなところにいたのね。」
恐らく、もの凄くボーッとしていたのだろう。不意打ちの声にビクッとした。
「ハイジ先生…。」
振り向いた先には、廊下から上半身だけを教室にいれ覗き込むハイジ先生の姿があった。
「今晩、ご飯作りに行ってあげようか。」
にっこりと微笑む天使に釘付けとなるが、この誘いは断らねばならない。首を横に振ると、先生は教室の中に入りつつ
「いいじゃない。肉じゃが。嫌い?」
ガサッ、と、買い物袋をとりだす。どこになにを持ってきてるんだろうね、この人。
「だめかなぁ?」
「駄目です。」
夕日の効果か、目が潤んで見える天使の誘惑に、切り立った崖を這い上がる気持ちで挑む。
「目的は親父でしょ。」
視線を外のグラウンドに戻す。もう直視できない。
———親父。俺の父親はこの学校で化学の教師をやっている。昔どこかの国で研究員をやっていたとかで、そういうのには強いんだというのは本人の談。背も高い方で、女子からは人気があると噂で聞いたことがある。が、俺には関係なくどうでもいいことだ。
俺はこいつのことが本当に大嫌いだからだ。
「もう、邪推よ?私はただ…」
先生は親父に近付きたくて、俺を餌にしている。そんなものは高校生になった俺には簡単に理解できた。納得はできないけど。
「だって、お母さんがいないじゃない。寂しいでしょ?」
そうだ。俺には母親がいない。俺を産む時に難産で亡くなってしまったらしいが、親父の妙な研究に巻き込まれたらしい、不幸だ、なんてのが専らの噂だ。
「別に。俺は母親より彼女がほしいね。」
先生に目を向けると、少し哀しそうな表情をしていた。本気で同情されてんのかな。
「…じゃあ、どうしたらいいのかな。」
先生がそう言いかけたのとほぼ同時に、激しい揺れに襲われる。
耳をつんざくような爆発音やガラスの割れる音。一体何が起きたのか、理解するには少し時間が必要だ。
先生の「な、なにあれっ!」という叫び声に、ようやくはっとする。
窓の外遥か上空。得体の知れない物が宙を浮いていた。目を凝らしてよく見ると、それは人の形をしたロボットの様に見えた。真っ黒な図体。そしてその手には、馬鹿でかいライフルの様な物を持っている。
そのライフルをこっちに向けると、間髪入れず発砲してきた。躊躇がない。
———あ、死ぬなこれ
そう思った刹那。さっきまではっきりと見えていた外の景色が真っ黒に遮断された。
鈍い音が何回か響く。生きている事だけはわかった。一体何がどうなってる?
「怪我はない?」
先生の声と触れた手の温もりで、少しだけ落ち着く。
「何が起きてるんだよ…。」
なんて言っても、先生にだってわかるわけないか。
「校内に人が残ってないか確認してくるわね。君はここを動かないで。」
そう言うなり、先生は廊下を駆けていった。展開の早さに何がなんだかさっぱりだ。
ガタンという物音に慌てて反応し外をみると、暗く遮断された視界が見事に明るくなっていた。それと同時に、ロボットがもう一機増えているのを確認する。
その増えたロボットは、発砲してきた黒い機体と打って変わって真っ白で、赤いラインが妙に目立っていた。
しばらく二機による戦闘を見守っていてわかったが、どうやら白い方は味方らしい。一方的にやられている感じはするが、撃退しようとしてくれている。黒い奴はこっちに発砲してきたんだ。まず敵で間違いない。
ガキンガキンと、何度も金属が弾け合う音が上空で響く。
黒い機体の攻撃はことごとく炸裂しているのに、なかなか白い機体は攻撃をしない。近づいたときに何か剣のような物で切り付けようとしている。
黒い機体は、まるで白い機体の行く先がわかるかのように、ガンガン銃を放つ。全て当たっている。どうみても白い機体が劣勢だ。なんとかならないのかよ。
そう思っているうちに、白い方が黒い奴を捕らえ、遥か上空へ飛翔した。物凄い速さで。
ものの数秒後、白いロボットが校庭に着陸。直後、倒れる。
空を見ると、黒いロボットは両腕を失い韋駄天の如く速さで逃げていた。脱兎の如くとはこのことか。
ん?いや待て待て。あの白いロボット校庭に落ちたような…。確かグラウンドじゃ部活動が行われていたはずだ。ちくしょう、気になるじゃねえか。
ふと気が付くと、俺は駆け出していた。自分でも驚く程のスピードで。
こんな時に不謹慎だが、俺の鼓動は高鳴っていた。
いつにも増してやる気が出てこなかったので、しばらく静まり返った教室で一人、外でスポーツに励むクラスメイトを眺めていた。
「まだこんなところにいたのね。」
恐らく、もの凄くボーッとしていたのだろう。不意打ちの声にビクッとした。
「ハイジ先生…。」
振り向いた先には、廊下から上半身だけを教室にいれ覗き込むハイジ先生の姿があった。
「今晩、ご飯作りに行ってあげようか。」
にっこりと微笑む天使に釘付けとなるが、この誘いは断らねばならない。首を横に振ると、先生は教室の中に入りつつ
「いいじゃない。肉じゃが。嫌い?」
ガサッ、と、買い物袋をとりだす。どこになにを持ってきてるんだろうね、この人。
「だめかなぁ?」
「駄目です。」
夕日の効果か、目が潤んで見える天使の誘惑に、切り立った崖を這い上がる気持ちで挑む。
「目的は親父でしょ。」
視線を外のグラウンドに戻す。もう直視できない。
———親父。俺の父親はこの学校で化学の教師をやっている。昔どこかの国で研究員をやっていたとかで、そういうのには強いんだというのは本人の談。背も高い方で、女子からは人気があると噂で聞いたことがある。が、俺には関係なくどうでもいいことだ。
俺はこいつのことが本当に大嫌いだからだ。
「もう、邪推よ?私はただ…」
先生は親父に近付きたくて、俺を餌にしている。そんなものは高校生になった俺には簡単に理解できた。納得はできないけど。
「だって、お母さんがいないじゃない。寂しいでしょ?」
そうだ。俺には母親がいない。俺を産む時に難産で亡くなってしまったらしいが、親父の妙な研究に巻き込まれたらしい、不幸だ、なんてのが専らの噂だ。
「別に。俺は母親より彼女がほしいね。」
先生に目を向けると、少し哀しそうな表情をしていた。本気で同情されてんのかな。
「…じゃあ、どうしたらいいのかな。」
先生がそう言いかけたのとほぼ同時に、激しい揺れに襲われる。
耳をつんざくような爆発音やガラスの割れる音。一体何が起きたのか、理解するには少し時間が必要だ。
先生の「な、なにあれっ!」という叫び声に、ようやくはっとする。
窓の外遥か上空。得体の知れない物が宙を浮いていた。目を凝らしてよく見ると、それは人の形をしたロボットの様に見えた。真っ黒な図体。そしてその手には、馬鹿でかいライフルの様な物を持っている。
そのライフルをこっちに向けると、間髪入れず発砲してきた。躊躇がない。
———あ、死ぬなこれ
そう思った刹那。さっきまではっきりと見えていた外の景色が真っ黒に遮断された。
鈍い音が何回か響く。生きている事だけはわかった。一体何がどうなってる?
「怪我はない?」
先生の声と触れた手の温もりで、少しだけ落ち着く。
「何が起きてるんだよ…。」
なんて言っても、先生にだってわかるわけないか。
「校内に人が残ってないか確認してくるわね。君はここを動かないで。」
そう言うなり、先生は廊下を駆けていった。展開の早さに何がなんだかさっぱりだ。
ガタンという物音に慌てて反応し外をみると、暗く遮断された視界が見事に明るくなっていた。それと同時に、ロボットがもう一機増えているのを確認する。
その増えたロボットは、発砲してきた黒い機体と打って変わって真っ白で、赤いラインが妙に目立っていた。
しばらく二機による戦闘を見守っていてわかったが、どうやら白い方は味方らしい。一方的にやられている感じはするが、撃退しようとしてくれている。黒い奴はこっちに発砲してきたんだ。まず敵で間違いない。
ガキンガキンと、何度も金属が弾け合う音が上空で響く。
黒い機体の攻撃はことごとく炸裂しているのに、なかなか白い機体は攻撃をしない。近づいたときに何か剣のような物で切り付けようとしている。
黒い機体は、まるで白い機体の行く先がわかるかのように、ガンガン銃を放つ。全て当たっている。どうみても白い機体が劣勢だ。なんとかならないのかよ。
そう思っているうちに、白い方が黒い奴を捕らえ、遥か上空へ飛翔した。物凄い速さで。
ものの数秒後、白いロボットが校庭に着陸。直後、倒れる。
空を見ると、黒いロボットは両腕を失い韋駄天の如く速さで逃げていた。脱兎の如くとはこのことか。
ん?いや待て待て。あの白いロボット校庭に落ちたような…。確かグラウンドじゃ部活動が行われていたはずだ。ちくしょう、気になるじゃねえか。
ふと気が付くと、俺は駆け出していた。自分でも驚く程のスピードで。
こんな時に不謹慎だが、俺の鼓動は高鳴っていた。