グローバルダイニング、
G-zoon銀座が閉店するようです。
モンスーンカフェや権八が入っていた飲食施設です。
ここはおよそ15年くらい前かな。
インテリアデザインの専門学校時代に、
クリスマスイベントで飾り付けをやるという企画があって、学校の先生と生徒数名でディスプレイを作った想い出があります。
今日、専門学校繋がりのLINEから送られてきました。
あの時僕は何をしたっけ。
覚えているのは、
脚立に乗って誰かの指示を待っていたところ、
なんかポージングしてる格好になってしまった、
という記憶しか残ってないのです。
はるか昨日のこと
僕の想い出じゃ、歌になりませんね。
『一度きりの笑顔』aska より抜粋
○古き良き建造物
さてさて、そんな想い出話で思い起こすことがあります。いい機会になりましたので、ここに留めさせてください。
世の中の、歴史的建造物の取り壊しについてです。
いざ取り壊しが決まると、周りにはたくさんの悲しむ声が上がります。
もったいないとか、
歴史がなくなるとか、
僕も心苦しいところがあります。
記憶に新しいのは、首里城の火事。
首里城のフォルムは、もう復元不可能と言われています。技術を持つ職人がいないのです。
職人がいない。
こんな事は、僕が若い頃から言われていました。
内装屋として就職した時にも言われてましたね。
特に建築業界は3Kとも呼ばれてます。
3Kとは、きつい臭い汚いの3つのK。
若い人がいないんですね。
この3Kのせいで、
若い人がついていけず、日本の歴史を生きた技術や知識が失われてしまった。
と言われているのです。
ここで文章を区切るのは、
僕は『そうではない』と思うのです。
3Kのせいではないです。
僕は、僕自身も含め先人達が残そうとしなかったからだと思うのです。
3Kのせいにして、
若い人のせいにして、
そこで伝えるという行為を諦めてしまった結果が、今の世の中です。
建築業に携わる人間として、
それらを事実として受け入れないといけない年齢になってきました。
○ならどうすればいいか。
歴史的建造物がなくなってしまう事は、
とても寂しく、哀しいことです。
後世を生きる身として、とても罪な感情に揺さぶられます。
僕の持論です。
そうだとしても、新しいものを作るということを伝えたい。
と、この頃僕は思えるようになりました。
角度を変えれば、歴史的な暴論ですが、
角度を変えれば、それは未来です。
古いものは、新しいものに、
新しいものは、さらに新しいものに、
時代はならされていきます。
PHS、携帯電話、スマートフォンに変わっていったり、
最近では皮肉なコロナのおかげで働き方も変わっています。
変わるということに、慣れてなかったので、
だから、考えることがなく、諦めてしまっていたのが僕らないし僕らの上の世代の方々だったのではないでしょうか。
なくなるのは辛い。
だけど考えなければならない。
これ、タイムスリップして24の頃の僕に熱弁したとしても、1ミリも響かないと思います。
悔しいですな。
○京都駅
京都駅は安藤忠雄さんの設計で、
ガラス張りの商業ビルへと変わりました。
京都にゆかりもなく、歴史好きでもない僕でも、
それについて、残念に感じたんです。
古き良き、京都の町が失われてしまう。
そう思った方も大変多かったのではないでしょうか?
でも、それから何度か訪れる機会がありました。
全然違和感なく、
むしろ京都によくこんな近代的な建築物を建てようと思ったなという、真逆の感想が生まれ始めました。
実際に体験して思ったことです。
失われる恐怖は、人に思考を停止させる仕組みになっています。
あるいは、新しいものに信頼を抱けない傾向がある。
僕が出来ることとしたら、
新しい世界や今ないものを踏まえながら今までの事を伝え、若い人にはどんどん新しい物事に挑戦してもらいたいなと、思っています。
そんなことを最近、
難しくも簡単に考えているのですなぁ。
今日もお疲れ様です。
○ここまで読み進めてくださった方、ありがとうございます。
間違い探しです。
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