今日はうって変わって東京は晴天の日曜日を迎えました。

また、
宣言はしてませんでしたが、ブログを2日ほどサボってしまいました。
単なる怠慢です。

自分の為にやっていることを、
こうやって一端の甘えにより途絶えさせてしまう自分に反省します。

○常に新しいことへ

新しいことへ挑戦するには、
常に同じこともしていかないといけないと思います。
今の僕に出来ることはこうやって毎日ブログを書く事により、社会と繋がることが一つの目的でもあります。

それはエンジンみたいなものですね。
新しいこととは、それに乗っかるものになります。

○新しい事業
エコサロン

というものを立ち上げました。
まだ出発点です。

これがどういったものになるか、今後皆様と共有しながら進めたいと思います。

来週は少しずつ説明しながら、
色々と展開していこうと考えてます。
プランはありますが、きっとというよりか100%その通りにいかないと思うので、ならば結構楽しんでいこうと思います。

『計画的な行き当たりばったり』です!

○ストックするのもよくないので、記事用の写真を放出です。


のり巻きぽんた


○移動中の本、『1%の努力』ひろゆきさん
内容は彼の思想が好きであれば読んでもいいかも。

○放置しすぎたフルーツトマト


今朝見たら割れてもうたので、速攻で収穫。
食べれるよね??

○対抗心を燃やした嫁の料理


メインは
ミートソースにシメジ、エリンギ、マイタケの3種のキノコを加えたソースに、チーズとパン粉をまぶしてドリア風にしました。


こんな感じ
ズッキーニも添えてます。

さて、来週からまた頑張ります。
ブログもなるべく毎日更新。
いつも付き合ってくださり、ありがとうございます。

ブログは文章力をかなりアップ出来るツールです。
読んでもらう為に工夫したり、頭の体操にもなります。
また、センシティブな話題にも触れる訓練をしておかないともいけないと思います。

サラリーマン時代に思考を停止していた部分があります。(サラリーマン時代には僕に良かった点と悪かった点の両方が生まれてます)

良かった点はそれを活かして
悪かった点は見直して

僕はこの感覚に至るまで、4年程でしょうかね、
かかりました。

あとは殻を破るだけ。
破ってそしたら『おぎゃー』です。

ノート

『君の代わりなんて、いくらでもいるんだ』

冷たくて 偉そう
路上にへばりついたガムみたいな言葉

言われた側の心にへばりつき
吐いた側ほど無関心

そこから生まれたものは
幻想的な理想の構造でしかない

拙すぎる

ここからは僕の持論だが、
人の人生は一人の人間にたった一つの道筋しかなく、その人しか歩むことの出来ない道なのだ

何かにつまずいた時
僕はそう思うようにした

たいした人生を
誇れる人生を歩んできたわけじゃないが

僕の人生は、僕だからこそ歩むことができたと思っている

ここまでの選択が
間違っていようとも 正しく見えていようとも

僕にしか歩めなかった道

そう思うようにしている

だからこそ
年上の人にも ぶつかれるし
年下の奴にも ぶつかれる

人と奴
分けて表現した事にも意味はある

年下に『人』とあてがわなかったのは
年上に『奴』とあてがわなかったのは

尊敬と軽蔑の裏表
ニュアンスの違い

わかってもらえるかな

その人にしか歩めない道

『君の代わりなんて、誰もいないんだよ』

そんな気持ちで新規開拓、
人探しをしているわけなのである

ノート


PS なんか人投稿に写真がないと味気なくて、
カメラフォルダから、昔撮った夜桜の写真を載せます。

散文詩は振り返ると、
急激に恥ずかしくなるんですが、
思ってることをストレートに吐き出せるので
なんかすっきりするんですよね。

付き合っていただきありがとうございます。
幸福がここにあります。

ノート








グローバルダイニング、
G-zoon銀座が閉店するようです。

モンスーンカフェや権八が入っていた飲食施設です。

ここはおよそ15年くらい前かな。
インテリアデザインの専門学校時代に、
クリスマスイベントで飾り付けをやるという企画があって、学校の先生と生徒数名でディスプレイを作った想い出があります。

今日、専門学校繋がりのLINEから送られてきました。

あの時僕は何をしたっけ。

覚えているのは、
脚立に乗って誰かの指示を待っていたところ、
なんかポージングしてる格好になってしまった、
という記憶しか残ってないのです。

はるか昨日のこと

僕の想い出じゃ、歌になりませんね。
『一度きりの笑顔』aska より抜粋

○古き良き建造物

さてさて、そんな想い出話で思い起こすことがあります。いい機会になりましたので、ここに留めさせてください。

世の中の、歴史的建造物の取り壊しについてです。

いざ取り壊しが決まると、周りにはたくさんの悲しむ声が上がります。

もったいないとか、
歴史がなくなるとか、

僕も心苦しいところがあります。

記憶に新しいのは、首里城の火事。

首里城のフォルムは、もう復元不可能と言われています。技術を持つ職人がいないのです。

職人がいない。

こんな事は、僕が若い頃から言われていました。
内装屋として就職した時にも言われてましたね。

特に建築業界は3Kとも呼ばれてます。

3Kとは、きつい臭い汚いの3つのK。

若い人がいないんですね。
この3Kのせいで、
若い人がついていけず、日本の歴史を生きた技術や知識が失われてしまった。

と言われているのです。

ここで文章を区切るのは、
僕は『そうではない』と思うのです。

3Kのせいではないです。
僕は、僕自身も含め先人達が残そうとしなかったからだと思うのです。

3Kのせいにして、
若い人のせいにして、
そこで伝えるという行為を諦めてしまった結果が、今の世の中です。

建築業に携わる人間として、
それらを事実として受け入れないといけない年齢になってきました。

○ならどうすればいいか。

歴史的建造物がなくなってしまう事は、
とても寂しく、哀しいことです。

後世を生きる身として、とても罪な感情に揺さぶられます。

僕の持論です。

そうだとしても、新しいものを作るということを伝えたい。

と、この頃僕は思えるようになりました。

角度を変えれば、歴史的な暴論ですが、
角度を変えれば、それは未来です。

古いものは、新しいものに、
新しいものは、さらに新しいものに、
時代はならされていきます。

PHS、携帯電話、スマートフォンに変わっていったり、
最近では皮肉なコロナのおかげで働き方も変わっています。

変わるということに、慣れてなかったので、
だから、考えることがなく、諦めてしまっていたのが僕らないし僕らの上の世代の方々だったのではないでしょうか。

なくなるのは辛い。
だけど考えなければならない。

これ、タイムスリップして24の頃の僕に熱弁したとしても、1ミリも響かないと思います。

悔しいですな。

○京都駅

京都駅は安藤忠雄さんの設計で、
ガラス張りの商業ビルへと変わりました。

京都にゆかりもなく、歴史好きでもない僕でも、
それについて、残念に感じたんです。

古き良き、京都の町が失われてしまう。
そう思った方も大変多かったのではないでしょうか?

でも、それから何度か訪れる機会がありました。

全然違和感なく、
むしろ京都によくこんな近代的な建築物を建てようと思ったなという、真逆の感想が生まれ始めました。

実際に体験して思ったことです。

失われる恐怖は、人に思考を停止させる仕組みになっています。

あるいは、新しいものに信頼を抱けない傾向がある。

僕が出来ることとしたら、
新しい世界や今ないものを踏まえながら今までの事を伝え、若い人にはどんどん新しい物事に挑戦してもらいたいなと、思っています。

そんなことを最近、
難しくも簡単に考えているのですなぁ。

今日もお疲れ様です。

○ここまで読み進めてくださった方、ありがとうございます。
間違い探しです。




ノート