政治の話を誰かとするのって嫌だなぁ、
と思う話。
考えの違う人の話って貴重だとは思います。
だけど何が面白くないのって
押し付けがましく感じ、
正義感や感情などがおり混じってしまって
まともな路線で議題を次の駅に運べてない感じがします。
だから、基本的には話はしたくないのだけど、
昨日はやっちまいました。
うーん、
どんな議題かというと、
自衛をするために、
ミサイルを持つか持たないか。
僕は持ちたくない派。
ミサイルを持てば大丈夫というところに着地点がついてしまうところが納得出来ないというところなのです。
今爆弾でボカーンと大事な人に何かがあったら、
僕は正気ではいられなくなるのは確か。
ただそれを防ぐために、
同じように同じ準備をしておく。
僕は違うと思ってしまう。
色々な思想があり、
色々な環境があり、
それぞれが色々な経験値を得ている。
そんな短い人生の中で、
すべてを経験することは出来ないが故に、
たった一瞬で命を失う瞬間もある。
そうならないために自衛をする形は必要。
そこまではわかる。
しかしそれを解決することとは、
ミサイルを持つことなのか、
核を持つことなのか、
武器を手に取ることなのか。
そこに結びつけて終わりにするような、
僕らの歴史上で学んできた経験だったのだろうか。
綺麗事ではないので、
自分の人生において、
もし周りにそのようなことが起こったら、
迷わずに僕も武器を取るのかとは思います。
ですが、
政治でそれを結びつけてはならない気がするのです。
人間には言葉があります。
考える力があります。
喜怒哀楽をコントロールする力があります。
軍事を持つとしても、
それを答えにしてはならない、と思うのです。
軍事を目の前に、
いったいどれだけの人たちが、
絶望の先に果てたことなのでしょう。
外交は相手がいることなので、
相手の出方次第にもよります。
だからって
だからって。
ここを解決に導く方法を生み出していくのが
政治というものだと思うのですが、
どうなのでしょう?
政治も、
ビジネスも、
なーんかその意味を履き違えてしまっている。
僕も相当な靴擦れを患っておりますが、
その痛いのを知っていることは、
大事なことなのかな?と思います。
ベンチで1人、
夜風にあたりたい。
ノート
