今日は8月25日。
チャゲアスのデビューの日。

あえて触れるつもりなかったのですが、
Twitterを開くとCHAGE関連やASKA関連のツイートがお祭り騒ぎでありまして、なんとなく書き記したくなってしまいました。

小学校6年生の時、
コンサート?(当時はコンサートって言ってたかな)
ライブ体験をしてすっかりはまるきっかけがCHAGE&ASKAでした。

その頃は1993年で『YAH YAH YAH』がヒットしていた頃、『史上最大の作戦』ツアーでした。

母に連れてかれて、横浜アリーナだったかと思います。

覚えているのはオープニングムービーで
『夜明けは沈黙の中で』を歌っているスクリーンが大きく流れ、
曲のサビの部分に来た時にスクリーンが薄れてご本人登場するという演出。

あの衝撃は今DVDでおさめられている映像でも表現できてないと思います。

すざまじかった。

その後、中学はあまり音楽は聞かずに過ごしていたのですが、まぁチャゲアスは好きでした。

二人の人間関係というか人間性というか、
音楽はもちろん好きなのでしたがそれよりも、
ものごとの捉え方を何となく感じ取っていたのだと思います。

人、将来、いいこと悪いこと。
形の定まらない自分の何かに、
いつも何らかの色を塗りこんでもらったように思います。

高校生になって、お小遣いが増えたりアルバイトをする様になると、
中古CDめぐりが趣味となり、
買い漁って色々な音楽を聴きながら、
CHAGE&ASKAはその時にほとんど揃えたくらいです。

全部は集まりませんでしたがレコードも手をつけたりしました。

実家に戻ると、
親から整理したいと言われる量です。
(もっとマニアックな人はいらっしゃると思いますが)

大学生の時に富士山に登った時に
カセットテープに『ロケットの樹の下で』をダビングして、頂上で聴くという偉業も成し遂げました。

頂上で、『ここは途中だー』を流したのは僕だけかなと自負してます。

社会人になると、
ほとんど仕事で音楽は自然と聞かなくなるのですが、CHAGE&ASKAのライブは辛うじて行かせてもらってました。

一度CHAGEのライブを遅刻してしまったのが悔しかったです。

仕事は本当に辛かったです。
だけどCHAGE&ASKAの曲で
『何度も蘇る』ではないですけど、パワーを貰ってましたね。

僕の来た道です。

今は二人は別々ですけど、
お互いがCHAGE&ASKAの曲も歌ってくれる。

CHAGEもASKAもまだまだ新しい曲を作っています。これからも追いかけることでしょう。

以前曲のレビューを書きたいと思ってましたが、
曲ごとに思い出エピソードを綴っても面白そうですね。

仕事ネタが尽きてる時に、
積極的に書いてみようと思います。

今日もお疲れ様です。




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