ふぅー、主張先の新幹線の中で読み終えてしまい、本当は施工事例をあげようと思いましたが、今日は本のレビューで!


『女帝 小池百合子』石井妙子さん著

この本に書かれていることが事実であるにしろそうでないにしろ、
世の中の渦や流れを、
例えばテレビ、新聞、インターネットの情報に、
いかに自分たちが翻弄されているのかという恥ずかしさを覚えます。

政治の世界でも、テレビタレントでも、
自分をどのように見せれば、理想の場所へと行けるのか?

たったこれだけの欲望に、
これだけの時流が生み出せる人はなかなかいない。

僕も3年前に小池百合子さんに1票を投じた一人です。

世の中のうねりの加担をしてしまったのですね。

とくに大きな見聞もなく入れた1票が、
大変重くなったわけです。

あの時は、小池さんだった。
何かを変える勢いがあった。

そして、知らなかった。

この点が非常に個人として痛いんです。

小池さんの見えない武器ですね。
だから、なげこの1票を小池さんに入れたくなくなったのかを知るために、この本を手に取った次第です。

○他人の目

何かをしようとする時、世の中に浸る一個人の自分は、
大抵冷たい仕打ちを受けます。

なのに、注目されてしまってる気がして、
恥ずかしくなりますよね。

『他人は自分に興味がなく、自分は自分にしか興味がない』

周りを気にしすぎてるけど、
実は誰も見ていないよってことですね。

この本を読んで、
小池さんはそれを大変熟知しているのではないかと感じます。

誰も自分のことに、
それほど注目をしていないことを知っていれば
色々なことを気にせずに、または気にしてもやり過ごせるわけです。

たとえば、
自分への多少の批判も真に受けない。

他者の批判をしてその返りがやってきても、やがてそれは、砂の中に砂が混じるようにわからなくなる。

などなど、

打たれ強いのではなく、
暖簾に腕押し状態になれるわけですね。

こうなってしまえば
理想の自画像をいくらでも打ち出せる。

(ここでの理想とは、こうであるということを創り出すということ)

僕もブログで、
こういう風に見られたい、
みんなに愛されたいなど、
誤解されないように取り繕ってます。

何か言われれば、
言い訳のように何かを上書きするでしょう。

再度いいます。
3年前の都知事選挙では小池さんに投票しました。

僕は今回は投票に行かないでおこう考えてました。
そして繰り返しますが、
小池さんには入れないでおこうと考えた時に、なぜ入れないでおこうと考えたのかを測るために、この本を読もうとおもいました。

今回の選挙、
コロナ渦が一つの論点になっています。

僕が最初、政治に参加したくないと考えたのは、
こんなコロナ渦になってもオンライン投票がされなかったことに触れています。

三密を避けるという発信をした都庁が、
三密を求める投票箱を設置するのが納得いかなかったのですのよね。

ですが、選挙は参加することに決めました。

この1票を生きた1票にしたいなぁ。

僕も過去の自分を上書きしなければなりません。

○今日の文章は、
やや支離滅裂やなぁ。

難しいですね、政治の見解は。
本当のブログのタイトルは、
『ふよふよを探せ』です。

ノート