さて、先日、茅ヶ崎市美術館で牧野邦夫展を観てきたんだ!




ちょっと前置きねにっこり

絵が上手いとは実際のものを出来るだけ物理的に本物のように描くことではないことはわかってはいるけど、

時に写真のように生物や特に動物を精緻に描いた絵を見たときに、その画力に感嘆の声を上げてしまうんだ。

もちろん、それは基本ではあるのは確かで大家とされている画家の展覧会で展示されている子供時代の練習帳の見事な動植物の絵とその年齢に驚愕してしまうことはよくあることなんだ。

それらの画家はやがて頭で思考して彼らが見たものを彼らなりの解釈で描いていくことになり絵として彼自身を表現することになるんだ歩く

キュービズムで有名なピカソとかが例えとしては分かりやすいかな!

それでも、超写実絵画として写真のような絵画は一定の評価がされていて、その描いている画家も多々いるのも事実なんだ!

現代の写実絵画は所謂超絶技巧で写真と見分けがつかないくらいなんだ。

過去には日本で西洋画が描かれるようになってから麗子像の岸田劉生さんや鮭の絵の高橋由一さんなど写実画家の方々がメインストリーム的に評価されていたんだ。

そんな中でその本流から外れて孤高の存在だったのが写実画家と言われる(というより自ら写実を自負していたという方が正解かもしれなない)牧野邦夫さんなんだ!


俺は写実絵画は好みではないので、あまり興味もなかったんだけど、山下裕二さんがプロデュースと言うことで、とりあえず、観に行ったって感じだったんだ。


全体の印象として、写実ではなくよく書き込んであるシュールレアリスム絵画じゃないかと言ったところだたんだ。

絵の隅々に幻想的な小人や怨霊みたいなものが描かれた絵も多いし、テーブルが歪んでいる絵とかもあったからね!


どうやら魂を写実しているってことらしいのだが、それを言ったら全ての絵画は写実ではないのかな?

シュールレアリスムはありえないものを描くけど写実はあくまで目に見える見えないを問わず現実を描くことらしいが、羽の生えた人間は現実で空飛ぶ車はじゃないと言われてもおねだり

さらに言えば真っ裸でスーパーマーケット(市場)で買い物をしたり筋骨隆々な男像やガツンと立った乳首すら真実とは言い難いって思ってしまうんだ!


まあ、音楽もそうだけどカテゴライズに意味はないだけではなく先入観を与えてしまう余計なものでしかないので「写実」については考えないようにすることにしたんだ。今回はそのレッテルで余計なことを考えてしまったのが残念だったんだぐすん


さて、展示は自画像が多く自画像でなくても絵の中に小さく自分を描いてしまっていてどんだけ自分が好きなのかって思ったりもしたんだ。


っで、そんな中で俺が気に入ったのが、この「屋上の邪保」、「邪保(じゃぼ)」とは芥川龍之介さんの小説に出てくる悪魔がモチーフみたいなんだけど、結局のところはこれも自画像ね!

この絵は京都で本展があった時のポスターとかにもなっていて事前に見てはいたんだけど、それほど気にならなかったんだけど、実物をみたら絵から滲み出る凄さに圧倒されてしまったんだおねがいおねがいおねがい



何が辛いのか悲しいのか、レンブラントに憧れ追い続けても到達できない苦しみなのか、

ブルーズに憧れるも白人がゆえにブルーズを歌うことができずコカインを吸っていたクラプトンさんの苦しみのようなものかなどと思いを巡らせていまったんだ!


展示内容は初期から晩年へと流れに概ね沿っていたので前半から半ばまでは、こんな感じのレンブラントの絵のような暗さ(闇が)強調されている絵だったんだ。

レンブラントの絵はあまり知らないんだけど、どちらかと言えば大衆が描かれているように思うんだけど、牧野邦夫さんはインディビジュアルな感じを受けたので技法とか雰囲気は同じでも主題がちょっと違うのではとも思ったんだ。




平家物語好きな俺としては見ておくべきと思っていたのがこの絵なんだ。

なんか孫の安徳天皇と一緒に入水した平時子さんの怨念が感じられて心地よいものではなかったんだショボーン

海と戦さ(平家物語より) 1975








さて、転機が訪れたかのように画風が変わったのが50歳を過ぎて20以上年下の千穂さんと出逢って(1978年)からなんだ。

急に絵が明るくなったんだ。まあ、理由は書くまでもないかな・・・

いろいろ今まで拘ってきたものがふっきれて衒いなく素直な表現ができた結果ともとれる。

苦悩あってからこそ花開くって感じでもあるし、初めからこのような絵が描けたわけでもないだろうが、初めからこのような絵を描いていたら、また評価も違っていたのかもしれない。




戒壇院を追はれる浮浪者D君 1984




奈良で童話作家Aさんと千穂 1984


「戒壇院を追はれる浮浪者D君」の仏像と「奈良で童話作家Aさんと千穂」に描かれている鹿はびっくりするほどの超写実だったんだ。仏像はマジで写真を切って貼ったのかと思うくらいだったんだ。

写実については考えないようにしてたんだけど、この2枚で「写実」を感じてしまったんだニコニコ




牧野さんの裸像の最高傑作とも言われているのがこれなんだ立ち上がる

雑草に小人の花が咲いているところが牧野邦夫さんの証みたいなものだろううさぎのぬいぐるみ

雑草と小鳥 1986




ふと、思ったのが、なんか牧野邦夫さんはフリーダ・カーロさんに似ているような気がしたんだ。

二人はには「自画像が多い」「精神的な痛み(牧野)や肉体の痛み(フリーダ)絵に描く」「パートナーとの出会いでの転機」「シュールレアリスムぽい絵であるのにそれを拒否」などの共通している点が多いんだ!


かなり昔に観たフリーダさんの絵は額縁に血や、額縁外にもいろいろ飛び出して絵が描かれていたのが印象的ではあったんだ。



最後に撮影OKだったのが、この未完の絵

レンブラントに追いつくまで30年かかるとの思いがある彼は50代から五重の塔を

10年で一層ごとに描くことを始めたんだ!

そして61歳で旅立ってしまったので三層目から上は未完。

描いている途中の絵の具をキャンバスの上に盛り付けいるのが、突き抜ける意味なのかフリーダ・カーロさんぽくもある!






ということで、この展覧会は牧野邦夫さんを全体的に見通せて理解出来るよいものだと思ったんだ。

俺は理解と言うより誤解してしまったかもしれないけど十分に楽しむことはできたんだおねがい






帰りに美術館の周りをお散歩歩く

茅ヶ崎市美術館は川上音二郎の別邸跡の敷地内にあるので雰囲気がいいんだうさぎのぬいぐるみ











展覧会で観た未完の五重の塔の後だったので、

茅ヶ崎は牧野邦夫さんゆかりの土地でもあるし、

おおって思ったんだ驚き


しかし、これは薬師寺などにある三重塔を模した小さな(10分の1くらい)の模型らしい立ち上がる