今日は以前にもここに書いた大好きな戸栗美術館さんに行って来た
今回の展示のテーマは「鍋島と金襴手―繰り返しの美」!
それで事前にこの美術館のブログのような「学芸の小部屋」
するとそこに「・・・時代を越えて繰り返される、つまり踏み返される図様・・・」
もうこの「踏み返される」
この後に同じ言葉が出てくるので誤植とかではないのは確かだったんだ。
磁器を評する文脈に「踏み返される」という言葉が使われたことの目新しさと意味深さ、さらにその語感も含めた懐の深さを感じたんだ!
ただ、磁器についてはそう詳しくないので、定番の文言か技法の可能性もあるので検索し
そしたら検索結果に表示されるのは件の小部屋と称するブログだけ
そんなわけで、気になって気になって仕方がない俺は美術館に着く
まあ小さな美術館なので、学芸員+券売員だろうなって思ったんだ。
するとお兄さんは「少々お待ち下さい」の言葉とともに奥に行ってしまったんだ。
しばらくして戻ってきたお兄さんが「では御本人から」と言うと事務室のドアから
素敵なお姉さんが出てきたんだ![]()
当然ながらブログの言葉遣いや無駄のない文章から人生のベテランの方がでてくるのではと一瞬思っていただけに、その時点で俺は完全にやられてしまったんだ。
なんたってあの知見と「踏み返される」という言葉を使う人間が素敵なお姉さんとは意外であったんだ。
「◯◯です
」
俺「学芸の小部屋を読んだのですが・・・」
「読んでくださってありがとうございます、嬉しいです」
俺「
〜〜〜」
「それで・・・
」
俺「あ〜、えっと踏み返されるって、書いてありましたが、どういう意味ですか?、美術関連ではあまり使われないように思うのでちょっと不思議に思って
」
「金細工とかの技法で踏み返しというのがあって、それは加工したい金属を流し込む型を作るために型にその加工したい形をした原盤を押し込んで型をつくることなんですが、今回はそれではないんです」
俺「
(もちろん金細工のことはなにも知らないんだけど)じゃないんですね
」
「・・・・・・・・(いろいろ話してくれたんだけど省略)・・・ってわけで繰り返しって意味で踏み返しって言葉を使ってみました
」
俺「すっごく素敵です
」
「いえいえ、読んで頂いてありがとうございます
」
俺「いつも読ませて頂いています
」
「ありがとうございます
」
俺「いつも楽しみで読ませてもらってます
」
「ありがとうございます
」
いろいろ書き漏れたト書きもあるけど、そこは行間を読み取っていただければ幸いであります![]()
さて、「踏み返し(踏返し/踏み返される)」だけど、実際のところお姉さんの言葉の説明では話しきれてはいなかったんだと思うけど、そのニュアンスは十分に感じ取れたんだ。
俺が思い浮かべてたより深いものがあったのも事実であった、例えば金細工の技法のことではないとは言っていたけど、明らかにその技法も踏まえて使ったのはあきらかであったんだ。
もちろんそれに関連する展示もされていたんだ。
そこには遠い昔に数十年をかけて何度も何度も踏み返された磁器が並んでいたんだ。
踏み返し(踏返し)は「Resigns, Reimagined」と英訳されていたが当たらずとも遠からずといったところか。
「踏み返し」は簡単に言い換えると同じ絵柄の磁器がいろいろな作者によって時に実物から写し取られまた時には継承された下絵によって作成を繰り返されていったってことなんだ。
それが細かい間隔で数十年に渡ったってところに讃岐饂飩を踏み込むように丹念になされ写し取られる度に味わいを増して原画を超えていくけれどもそれでいて原画の持つ型は崩さない様が「踏み返し」という言葉から感じられるんだ![]()
今回取り上げられていた繰り返しにはこの「踏み返し」以外に「連続文様」「定番文様」「色違い」の3つがあり、それぞれについての展示がなされていたんだ。しかもそれが鍋島の「踏み返し」と金襴手の「踏み返し」と言う風に別々にだったんだ。
連続文様:小さくデフォルメされた花などの模様が同じ形で何個も並んでいるもの
定番文様:瓢箪、牡丹、椿などの定番の絵が描かれたもの
色違い:同じ絵柄で彩色が異なるもの
話しが前後するけど、このへんデザインが可能になったのは磁器を作成する技術が進歩していたからなんだ。
そのへんの進歩具合もこの美術館では学べる展示がなされているんだ。
サラッと書いてしまったけど、どれも素敵な作品ばっかりだったんだ。
そんなわけで「踏み返し」という言葉に触れて豊かな気分にさせてもらった素敵な一日だったんだ![]()


