こんにちわっしょい!

今日は昼間は温くて

でもポンポンペインでボーっとしつつ

インスタにあげる文章考えたり

音楽聞いたりして過ごしていたよ。

しかし洗濯がはかどる天気で幸せだった。

 

スリヤは散々このブログで

 

背中の違和感がキツイキツイと書いてきた。

 

ただ1年経った時に主治医に、歩いてみようか、と言われて

ショッピングモールリハビリを始めた。

スリヤは躁鬱持ちで

初めて主治医を受診した2017年3月、一度目の初診で手術を考えようと言われて

 

即決した。

 

その時は軽い躁が出ていて

治るなら治したいという

全く深くない考えからであった。

 

入院が決まり、私の精神科医もやし(単純に似ている)は私を病院と手術に耐えうるように薬を変更しまくってくれた。

 

自分自身でどれを飲めばいいか分からないくらい、1ヶ月やそこらの間で薬が変わった。

そのあたりから代謝の低下や老化、薬の副作用など

背中が痛くて寝っぱなしになった私は

2ヶ月ほどでどんどん肥えてしまい

手術の前々日には59.1キロにまで増えた。

元々、47キロぐらいがベストだったのに

59キロ!

 

もう60キロ目前ではないか。

 

しかし手術したら

入院中に病院食で痩せると思い、とにかく血を作るごはんを調べては食べた。

元々鬱のみだった私は

実は鬱だったと思われていただけで

本当は躁鬱であると診断されたのに14年掛かったw

 

鬱期は寝ている事しか出来ない。

躁でも術後1年間は痛くて寝っぱなしではあった。

術後は軽く躁鬱を繰り返していたように思う。

 

しかし、【なりたい自分になる】と決めた私は

主治医が術後1年になってやっと

歩こうか、と言ってくれた事で歩く事にした。

 

それもショッピングモールリハビリである。

 

ただただ空調が素晴らしいショッピングモール

椅子があるショッピングモール

 

を、ダラダラ歩いただけである。

もしくは妹宅へ遊びに行っただけである。

 

ただ、ダイエットは術後ひっそりと始めていた。

 

安いEMSを買ったり(彼が)

しゃがむ時はスクワットにしたり

腹筋に力を入れてインナーマッスルを鍛えていた。

食事の前にはデキストリンと乳酸菌、食後には漢方

そして数日前

 

遂に

46.6キロを記録した。

 

術後1年半である。

マイナス12.5キロ・・・

自分よ、良くやった

 

背中が曲がらなくても減量は出来るのだ。

それと同時に

気が付けば体力がついてきたのであろう

 

背筋も付いたのであろう

 

そして

歩いた事で違和感に慣れてきたのであろう

 

自分がどうすれば外出できるかを考えてこのような物を作った。

 
 
 
 
ただのニトリの座布団をテープで止めたものである。

これを持ち歩き

疲れたり、痛くなったら背もたれの固い椅子でも休憩出来るようにして

外出する時の強迫観念をなくしていった。

 

そうすると

ついつい外出したくなる

もっと体力がつく

筋肉もつき

痩せて

違和感もなくなる

 

プラスのループが起こり始め

 

先日初めて術後、電車に乗った。

 

入院中に出会ったあけみに会う為にである。

 

新快速だった為か横揺れは激しく

術前と違うような気がした。

少し怖かったが

 

私はヘルプマークを付けている安心感や

座布団クッションを持っている安心感

あけみが蟹で道楽をしたいと言って個室を予約してくれた事で

少しの遠出も怖くなくなっていった。

 

ただ、緊張はした。

 

しかし行きは駅までのタクシーで体力を温存したおかげで

(彼が手配してくれた、ありがとう)

電車からの

あけみと再会!

 

あけみのパジャマでない姿は初めて見た。

美人すぎて

整形したのか聞いたほどであるw

 

喫茶店へ行き

あけみの買い物に付き合い

試着をみて欲しいというあけみの試着を見てあげ

蟹で道楽した。

 

楽しくて

楽しくて

楽しくて

 

もう死にそうになった。

 

帰りは彼が迎えに来てくれた。

ありがとう。

 

こうやって楽しい事がどんどんプラスのスパイラルを生む。

 

最近は自宅で出来る作業をマイペースに始めた。

頭も使うし

気も使う。

 

だけど確実に社会復帰の一歩手前あたりではある。

その他の友人も家に訪ねて来てくれるとの事で家中を掃除し

彼女の好物をやはり

ショッピングモールに買いに行った。

 

だから

 

万が一、このブログの読者さんで

私のこれまでを見てくれていた人が居たら

 

予想を裏切る結末を与えられたとして

私はとても嬉しい。

 

違和感の程度は日によるけれど

1年の検診の時を10とすると

 

2か3

 

もしくは日によって4か5

といったあたりか。

 

だからもう

私のブログを読んで悲しくならないで欲しい。

 

違和感のなくなる可能性を少しでも見いだせた、

生きていけると確信した私は

 

痛みにくそ弱い私が

 

人より回復は遅かったし

 

今現在も遅いけれど

 

確実に前進していると

皆様にただただ、お伝えしたかった。

 

スリヤのブログを継続して読んでくれてい方はどのぐらいいるのだろうか?

その方が私のブログを読むのをやめてしまっていたら悲しい。

非常に悲しい。

 

その方々にこのブログを送り付けたい。

なぜなら私のこのブログのせいで手術や病院にネガティブなイメージをもっているままだとしたら

私はとても悲しく、申し訳ないからだ。

どうかどうか

私のブログで脊柱側弯症とその手術の予後に不安を抱いた方がいたのなら

このブログが目に留まりますように。


そしてコメント欄やイイネやメッセージで励まし続けてくれた皆さま方には


心から、ありがとう! 

 

しかし

現在私は発展途上である。

 

走ってみたら走れなかったし、

痩せたせいでリブハンプは椅子にあたって痛い。

違和感が無くなったと同時に緊張性頭痛と片頭痛も併発したし、肩こりが酷く

 

それは恐らく歩く事で全身の筋肉が活動し始めたせいかもしれないと私は考えている。

 

体の皮は一枚だからだ。

筋肉も繋がっている。

体の中で繋がっていないところはどこにもない。

 

体、という塊が私達なのだ。

 

たまに肩こりが酷いと

肩をひんちぎって

アイツに投げつけてやりたくなるほどではあるが。

 

だから私は

まだまだ

ゆっくりとでも進んでいかねばならない。

 

頑張って

 

と、いう言葉掛けは充分頑張っている人には

そして自分にも使いたくない、あまり好きではない言葉だ。

 

でも

頑張りたいという言葉で

 

このブログは〆させて頂くとしようと思う。

 



※私の文章の文体が毎回違うのはただ単に書くのが下手くそで気分に左右されるからであり

特に意味はない、てへ。