ありがとうが言えない旦那と
エロ本読み聞かせババアとのお別れはすんなりでした。

まず3LDKの家の夫婦の寝室から私の物を全て空いている部屋に移し
私はあなたと共に寝ませんよ、というメッセージを発信。
荷物を整理整頓。
断捨離して最小限にしました。
離婚を決めた翌日に求人に応募、即合格。
あの時は、ああ、過去に働いたお城の形のメガネ屋さんありがとう!と思った(笑)
有名な企業に一旦でも入社していたので、次もいい待遇で合格出来た!

この頃、立ちっぱなしの仕事に少し腰痛が出ていたけれどそこまで酷くなかったから
最初はメガネ部門で楽な仕事をしていたけれど
花形と言われる部署のカウンター業務に転向。
必死に働いてお金を得ました。

正直私は女性に嫌われる。
このブログで分かる通り、私はクセが強い(笑)
更に結構開けっぴろげに話すし
上司に気に入られたから
カウンター業務では私を嫌いな人も居ました。
でもそーゆー私を好きになってくれる人達もいました♪

辛くても離婚の為にお金を稼いで隠して
寝室は別にして
料理をするのも止めて
仕事帰りは毎日コンビニ弁当にしました。

その最中、ずっと離婚の準備をし続けて
先に引っ越していた妹の家で離婚のハウトゥ本を読み勉強し

胃カメラを受ける程ストレスで胃が荒れていたけど
自分からは離婚は切り出さず
ずっと相手の口から出るのを待ちました。

半年後、彼は遂にセックスレスに耐えきれず
離婚を切り出した!

私は自分から切り出して何かと不利になるのが嫌だったのと
お金を貯める時間
不動産を巡る時間

ぴったり半年後
全て良いタイミングで離婚、引っ越し

その後の私の人生はここからまた始まった感じ。
停滞していたエネルギーがすんなり流れる感覚。
久しぶりでした!
ただ、安定剤だけは止められず飲んでいたかな。

彼氏も出来た。
なんなら彼女も出来た(笑)

一人暮らしは快適で
仕事は辛かったけどあの元旦那家族と関わり合う事と比べたらあのババア(元姑)以上にクレイジーな人は普段はあまり居なくて
でも土地柄、違う種類のクレイジーな人達の接客は山ほどしました。
財布からクレジットカードや名刺などを投げつけてくるババアや
なんや必殺技か?
買った物を袋からカウンターに全て投げつけてくる老夫婦なんかもいた。
客同士で殴り合いしてたりも(笑)
警察はしょっちゅう。

接客業で辛い事があっても我慢出来たのは
彼氏や彼女が居たのと
一部の人は私にとっての強い味方だったから。
 
でも一部にはすんごい嫌われていたし
悪口を言っている集団ってただの妬みとか僻みなんだな、って知ってるから
腹は立つけど我慢してました。
同じ土俵の人じゃない!と言い聞かせてました。

そんなこんなで離婚してからほんとフリーダムで
側弯症の痛みも無かったし
まぁ、会社の健康診断ではレントゲンで毎回引っかかっていましたが
痛みも無く
むしろ血尿で引っかかってる方が気がかりでした(笑)

そんな中、いくつかの転機が訪れて

その一つが
オーストラリアにワーホリに行く事を視野に入れ初めた事

そしてもう一つ、、、

弟が亡くなってしまった事

これが自分にとって物凄い衝撃でした。

眠れない日々が続きました…。