さて本題…
ここからが側弯症ストーリーです。
小学4年生になった時の学校の検診で
ま、内科医が聴診器ポンポンってしてくれる程度のやつね。
当時は女の子も上半身裸だったんですが
スリヤだけ異常に他の子より時間が掛かりました。
その後、学校から手紙を母に持たされ
母に連れられて近所の整形外科へと行く事になりました。
そしてレントゲンを撮ってみたら…
ま、曲がってる…
近所の整形外科だったから胸部だけだったけど
胸部だけでも充分分かりました。
その整形外科では対処出来ないとの事で阪大を紹介され通うことになるんですが。
その整形外科では器具で治療している人が普通に見える作りになっていて
カーテンとか無いので首を牽引されている人をスリヤはバッチリ見てしまいました。
それを見たら
整形外科の治療って恐ろしい!
としか思えなくて、次に行く阪大とやらが恐怖です仕方がなかったです。
そして当時の阪大に行く事になりました。
今の場所ではなく、ちょっと古い病棟だったんです。
大学病院ってあんな暗いの?
冷たい感じなの?
私はあれ以来大学病院に行っていないので分からないんですが
整形外科の前で待っているとタートルネックのような長さまでコルセットが出ている女の子がいました。
更なる恐怖!
これを付けて学校に行ったら絶対苛められる!と心の中で思いました。
そしてレントゲン。
胸部だけでなく首から尾骨まで。
その時も上半身裸…。
この当時、女の子の診察は上半身裸でも当たり前でした。
その度嫌だったなぁ。
それを不憫に思った母は金属なしのスポーツブラを買ってくれて着て行ったのですが
やっぱり診察では脱ぐよう言われました。
帰りに母は
『スポーツブラしていったのにね』と残念そうにしていたなぁ。
そして当時の整形外科は隣の診察室とカーテンで仕切られているだけ。
しかもカーテンの幅が足りていないのでお隣のレントゲンも見えました。
なんなら車椅子の側弯症患者さんも見えました。
その時のショックったら!!
サンタさんがお父さんだと知った時ぐらいのショックでした(笑)
今よりネジが大きくてまさに串刺し、って感じでした。
今も大概串刺しですけどね(苦笑)
やっぱり母はあのレントゲンを見た時に
娘に手術をさせない、と決めたそうです。
そしてリハビリで側弯体操を習い
毎日せっせと体操をする日々が始まりました。
3才からクラシックバレエを習っていたのですが、それが悪かったのかも?と母は考えてクラシックバレエをやめることになりました。
一つ気になった事は
髄膜炎で自分が赤ちゃんの頃に入院していた病院の小児科に掛かった際
ちょうど私の入院中に主治医だった先生から
側弯症が腰椎穿刺の影響があるのかもしれない、と言われたこと。
確かに赤ちゃんのあのやらか~い背骨に針を刺したら何らかの影響もありそうだなぁと考えたりもします。
しかし何も立証されてないのでね…。
そして定期的に阪大に通い
レントゲンを撮り
少しずつ悪化の繰り返しを2年程続け
医師は手術やコルセットを考え始めましたが
母は拒否。
それから私の民間療法ジャーニーが始まるのでした。
それまで両親の問題があっても明るく振る舞う私、が居ましたが
レントゲンを撮る度に落ち込み
聞いたこともない奇病に掛かった悲しみから
見た目は明るい子でも
心に影がさすようになっていった気がします。
民間療法については次のストーリーで。