こんにちわ、アダルトチルドレンの発生の血、スリヤです(笑)
割と今回は私が自分をアダルトチルドれていると思うエピソードを2つ書いてみます。
少し切ない話が苦手な人はページを飛ばしてね!
幼稚園の時はよく幼稚園の行事に妹と二人で参加しました。
他のお家は両親が来ていますがうちは姉妹だけです。
引きつけを起こした後の弟を外に出すのは物凄く大変だったのは今になると分かるのですが
今でもあの時お母さんが居てくれたらと物凄く思うエピソードです。
ある幼稚園のバザーの日も妹と二人で参加しました。
自分の要らないおもちゃを誰かにあげて
自分は何か新しいおもちゃを貰えるのです。
私は小学校に上がっていたかな?
妹に付いていったのですが
妹がおもちゃ選びにてこずってしまい最後の二人になってしまいました。
その間におもちゃを選び終わった子は校庭で焼かれていた焼き芋を貰えるイベントがありました。
ずいぶん送れて焼き芋を貰いに行ったので
もう焼き芋は無くなってしまい
それに気付いてくれた幼稚園の先生が自分の分を取っておいていたのをくれました。
先生は子供達に大きいのをあげたので自分の分は細い細いお芋…。
でも妹は喜んでいました。
ちなみに私は焼き芋が嫌いだったので(笑)
喜んで妹に譲りましたが
2キロ程の帰り道。
お腹が空いて妹は焼き芋を食べ始めました。
甘い甘いと妹が言うので一口貰うと確かに甘くて美味しくて。
その時に心底
もっと大きい芋を芋にやりたかったなぁ、お母さんさえ居てくれていたら妹にもっと大きな芋をやれたのに!
と私は本当に悲しくて。
不甲斐ない自分にも腹が立ちました。
あともう一つ
我が家の立地は山の上にありました。
したがって家の周りは全て坂!
幼稚園に行くには2キロの下り。
帰りは2キロの上りでした。
ある日、また妹と幼稚園の文化祭に参加しました。
同じ年齢でも2班に別れて2日間で行うので
よそのクラスの劇なんかは見に行く事ができたのです。
そして私達の幼稚園は子供をまるで軍隊のように躾ていたので見応えもあり、父兄は開門までに並び始めます。
それを見に行きたくて私と妹は朝早くに幼稚園に出かけました。
妹は小さい足でえっちらえっちら
私達は朝ご飯も食べずに頑張って並びに行きました。
妹は愚痴も言わずよく歩きました!
そうしたら
やっぱり開門までにお腹が空いて…
姉妹でひもじくなってしまいました。
すると機転のきく妹。
前日に商店街で買ってきたコロッケが台所にある事を思い出して取ってくる!と。
よそのお家のお母さんに時間を聞くと開門までまだまだ。
私はそれなら、と妹にお願いしました。
大丈夫かなぁ、と私まで心細い。
妹があの坂道を一人で頑張って家まで帰ってくれて
また戻ってきた時の顔を見た時には姉として不安が吹っ飛びました♪
妹はコロッケを2つ持ってきてくれたのですが
なんと!
私が開封する時に1つ落としてしまいました。
それを見た列の順番の後ろのご家族は心底可哀相に思っている顔をしてくれました。
私もショック!
もう一つを妹と半分こしました。
気持ち少な目にかじって残りを妹に食べさせました。
落としたコロッケをまた薄紙に包んで戻し
その時にも
お母さんが居てくれたら!!
と思ったのです。
私は基本的に関西人で明るく
関西弁が上沼恵美子みたいやな、と今ではよく東京の人なんかには言われます(笑)
でも
この2つのストーリーをたまたま最近彼に聞かれて話したら
急に
涙が止まらなくなって自分でもびっくりしました。
お母さんなんで居てくれへんかったん!
姉妹で心細かったよ!
妹、ごめんね!
って心の声が
わーっ!!
って湧き上がってきて
わんわん泣きまくりました。
さすがに32,3年前の事なんて今更母に言いませんし
それに
彼に話した事で随分このエピソードについては消化出来たのですが
ああ、私の母子関係ってこの辺からこじれていったんだなぁ、と納得したし
引きつけ後のあの弟の育てにくさもよく見ていたし、大人になった今だからやっと分かるんです。
母だって私達に付いててやりたかっただろうなぁ~と。
でもやっぱり胸が痛い…。
父がパチンコに行かなければ済んだ話なのに
幼稚園のイベントどころか
私が髄膜炎で入院している時に母が母乳を届けに行くのすら父は母を病院まで送らずパチンコに行っていたので
母は10キロ程歩いて病院に毎日来てくれていたそうだし。
まぁ、母がおかしくなって当然!
と、今は思います。
それに感謝もしています。
最近、母と関わる機会が多いですが術後、凄く優しいんですよね。
年かもしれませんが(失礼?(笑))
ある意味私にとっては過去のやり直しを今、している感じです。