周りが「声の出ない私」に慣れてきた、ある朝。


 いつもの様に次女の幼稚園バスをバス停へ行くと、今日はいつもより早く着いたのか私達が一番だった。次女と二人で植え込みの花を眺めてバスを待つ。


 次女が、


「お母さん、お歌を一緒に歌おう?」


と、言ってきた。


 無理なのは次女もわかっているはずだけど、私は「うん」と頷いた。

 声が出なくても、一緒に歌って口を動かし身体を揺らす。それだけでもいい。


 しゃがんだ態勢で次女を膝に乗せて、花を見ながら二人で歌を歌った。


 暫くすると・・・・・・・・、


「♪♪~♪」


あれ?


今、声が出た。


「おかあさん、歌えるじゃん!!」


次女が興奮している。


歌のキーが合ったのか、何が良かったのかわからないが、確かに出た。音が出た。


「おはよう」


同じバス停のG君のお母さんが来た。


「おは・・・よう・・・」


僅かにうわずった声だけど、確かに言葉になった。


「あれっ?!今、いい感じじゃなかった?!すごい!!」


G君のお母さんも興奮気味だ。


「そう・・・・、いま、歌をうたっていたら・・・・・・・・・・・・・」


あれ?


「・・・・・・・・・・・・・・」


あれれ??


なんだろう、急にフェイドアウトしていく。


最後は言葉にならず、口パクで、


「で・た・の!」


と、言った。


続かなかったけど、確かに出た。


2ヶ月間、全く出なかった声が、不意に出た瞬間だった。


 けれど、それっきりだった。


奇跡的に一度出た声は、またピタリと出なくなった。


同じ歌を歌ってみてもダメだった。


何だったんだろう?


 

 一度出ただけの声だけど、回復への一歩だと信じることにした。


きっとまた、何かの拍子に出るかもしれない。


それまで待とう・・・・・・。