次の診察に行くと、心理テストの結果が出ていた。
男性医師に口頭で説明されただけだが、
「やはりカウンセリングは受けた方がよさそうですね。もし声が出る様になったとしても、また同じ事を繰り返さない為にも。今後自分なりの対策や解決方法を見つけていけば、こういう状態になる可能性は低くなります」
確かに、何か有る度にいちいち声が出なくなってしまっては困る。ここはきちんと治しておいた方が良いだろう。
「この病院にもカウンセラーは居ますが、予定が合わないと別の病院でカウンセリングだけ受けてもらう事になりますが・・・・・」
幸い私は仕事をしていないので、平日の午前中に同じ病院で診てもらえる事になった。もう別の病院へ行くのは嫌だった。何度も何度も同じ説明を繰り返すのもうんざりだ。
診察が2週間に1度。カウンセリングも2週間に1度なので、同じ日に出来ればよかったのだが、医師の出勤日の都合もあり、結局週に1回通院することになった。
この日は丁度主人がお休みだったので、一緒に病院へ行っていた。
主人が失声前夜の事を医師に話した。
「口論になった直後に気を失って、翌朝は前夜の記憶がなく声が出なくなりました」
「そういう事は以前にもありましたか?」
医師が質問した。
「僕が感情的になって大きな声を出したりすると、翌日に記憶がなかったりという事は何度かあります」
私は覚えていないが、そういう事が何度かあった様だ。
「その時、別の人の様になったりは?」
「そういうのは、ないと思います。大体眠ってしまうので・・・・・」
そういえば、凄く頭が痛い朝が時々あった。その時に主人は決まって、
「昨日の夜の事覚えている?」
と、私に聞いていた。
大体私はテレビを見ていた記憶はあるが、それ以降はなく寝てしまったのだろうと思っていた。
「それは解離というものです。辛い記憶や体験を記憶の中から消してしまうんです。やはりそういうのをなくす為にもカウンセリングを受けた方がいいですね」
私自身、何を忘れているのかわからない。
非常に曖昧にぼんやりとした記憶のカケラが残っている事はあるが、その小さなカケラを集めて記憶を呼び起こそうとすると、ひどい頭痛にみまわれ私は断念した。頭痛が酷くて思考が停止してしまうのだ。
その解離は主人との口論意外でもあるようだが、主人は言わない。主人の態度からして、それは主人との事ではなさそうだ。
「忘れてしまったのなら、それは君にとって必要のない記憶なんだから思い出さなくていいんだよ」
と、言っていた。
そうなのかもしれない。と、私は素直に納得してそれ以上記憶を探る事はしなかった。主人がそういうのだから、思い出してもきっと気持ちの良い事ではないのだろう。
私は元々、男性の大きな声が苦手だった。
実家は父以外は女ばかりだったので、男性の争う声や汚い言葉遣いとはあまり縁がなかった。
主人は普段は優しいが、カッとなると口汚くなり声を荒げる。
私はそれがずっと嫌だった。
何度となく、もう少し気をつけてほしいと申し出たが、やはり生活習慣というのはなかなか変わらない。主人の家は皆口が悪いのだ。
人間だから、長所も短所もある。短所を補うくらいの良い所があるから結婚した。
だけど、段々主人の苛立った声を聞くだけで動悸がするようになった。それは苛立ちの対象が自分でなくても同じだった。
そして、いつしか私は忘れる様になっていた。
私はこの後、と主人の態度に今まで以上に敏感に反応する様になる。
それは一緒に生活する夫婦にとって非常に辛い事だった。