心理テストを受ける当日、私は診察室とは別の階にある一室に案内された。


 カウンセラーは女性の臨床心理士さんだった。 

 予め記入をしてきた用紙を渡すと、カウンセラーの女性は目を通しながら質問をいくつかしてきた。

「答えたくない時は、答えなくていいですからね」

私は頷いた。

 テーブルの上には、白い紙とペンが用意されている。

 心理テストの内容は、連想ゲームの様だった。

私はみんなから・・・・・、
私の好きなことは・・・・、
私が不安に感じるのは・・・・、

 等のいくつもの文章が並べられ、そこに続きを自分で回答していく。
 結果は1週間程度で出るそうだ。

 カウンセラーと少し話もした。


『声が出なくなるという事は、よくあることなんですか?』

私が紙に書くと、


「現代では少ないです。100年くらい前の西洋の女性には、立ち上がれなくなるとか声が出なくなるといった症状が多くあったようなのですが、これはその時代背景と大きく関係があって、女性にとってはとても不自由な時代だったんですね。表現したくても出来ない抑圧されたストレスが、そういった症状で現れたみたいです。

 ストレスが症状として身体に出る事は珍しくないんですが、多いのは胃や頭痛、眩暈で、声が出なくなるというのはとても少ないですね」


 100年前に多かった症状という意外な事実に驚いた。


 何しろ「失声」について書かれた図書は少なく、心の病について書かれた本でも、ストレス性の難聴や一時的に失声状態になる事があるという事が触れられている程度だった。

 失声についてのみ書かれた図書については全く見つける事が出来なかった。と言う事は、それだけ需要が少ないという事だろう。


「ナナセさんはお仕事は何をされていたんですか?」


カウンセラーが聞いた。

 同じ質問を男性医師にもされたが、その時は「派遣社員です」とだけ答えた。だけど、本当はもう1つやっていた事が有る。


『派遣社員をしながら、声優をしていました』


と書くと、カウンセラーは少し驚いた顔をした。


「そうなんですか。凄いですね。

だから、なのかもしれませんね・・・。声はナナセさんにとって特別な思い入れのあるものだから、声が出ないという症状になってしまったのかもしれません」


 確かに、この症状は、教師やアナウンサー、牧師、歌手等の声を主に仕事をしていた人に発症しやすいらしい。

 

「感性も豊かなのでしょうね、だから心の深い部分まで衝撃が伝わってしまったんじゃないでしょうか」


 私にとって、声が特別なものだというのは間違っていない。


 中学の時に声優になりたいと思い高校を卒業した後、声優養成所に通った。

 運よく事務所にも所属させてもらう事が出来たので、18歳の時に初めて声の仕事をした。それからは養成所と派遣と声の仕事と3足の草鞋を履く生活を送っていた。


 声優の仕事は結婚を機に辞めてしまったが、それりに頑張ったと思う。

 最終目標の「この仕事1本で食べていく」と言うところまでは行けなかったが、一通りの現場を体験し、夢と現実の苦いギャップも経験した。


 仕事をやめた今でも、歌を歌ったり、子供に本を読んでやったりする事は好きだった。


 なぜ、一番大事にしている部分までが使えなくなってしまうのだろうか?

 

 思い入れがあるから、出なくなるなんて残酷だ。



 心理テストの結果は1週間程度で出るらしく、次回の診察時に今後の事やテストの結果について話し合いましょうという事で、この日は終わった。





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