心理テストは2回目の診察の2日後だった。
病院へ行っても薬を飲んでも治らない、治る兆しもないこの状態から心理テストをすることで何か変わるだろうか?
カウンセリングは心が傷つき、自力では回復するのが困難な人が受けるものだと認識しているが、私に本当にカウンセリングが必要なのだろうか?
私はもう、薬やカウンセリングを受けなければ、自分で心を癒す事は出来ないのだろうか?そんな風には、自分では思えなかった。
私は父の事故以来何も手に付かず、毎日続けていたヨガや趣味で絵を描いたりする事もしなくなっていた。
やる気が起こらない。気力がわかない。テレビすら観る気にもなれなかった。
気が付くと自動で録画していた連続ドラマがたまっていたので、少し気分転換になればと主人と一緒に録画したドラマを観ることにした。
ドラマを再生すると主人が、
「大丈夫?」
と、声をかけてきた。
何が?
と、心の中で疑問に思う。
主人が心配したのは、再生したドラマが医療もので出血シーンが流れる事だった。
ドラマだし、本当の血じゃないし・・・・・・・。
突然、事故のシーンに画面は切り替わりおびただしい出血をした人々が映る。
ドクンッ!!!
私の心臓が大きく高鳴った。
・・・・・・・・何これ?
動悸と眩暈、吐き気に襲われる。頭の中で父の血液を大量に含んだタオルが映し出された。ゴミ袋に入った父の衣類、排水溝を伝う赤い血液、鉄の匂い、次々と連写の様にあの日の場面が思い出される。
気が付くと私は泣いていた。
滝の様に涙が流れ出て、自分で涙を止めることも拭う事も出来ない。
次々に映し出される記憶で、頭の中は真っ白になった。何も考えられない。
主人が私の手をぎゅっと握った。私の手がブルブルと震えていたのだ。それすらも自分で気が付かない程に、私は一瞬のうちに混乱に落ちていた。
これがフラッシュバックというものなのか。
ドラマの中の作り物の血液を観ただけで、私は自分が自分で無くなってしまった。
こんな・・・・・・、
こんな私は、これからどうやって暮らしていくのだろうか?
声も出ない。
脳がもう、私の意思とは無関係に反応している気がした。
そういえば声が出なくなる直前から、私の脳はおかしかった。
物が覚えられなくなった。毎日何度もカレンダーをみて今日が何日で何曜日なのかを確認した。カレンダーを見ても、昨日何をしたとか、誰と合ったとか思い出せなかった。何となくも今日が月のどのあたりなのか、週の始めなのか終わりなのか、そんな事もわからなくなっていた。
私は頭がバカになったと、主人に告げた。主人は、
「俺だって、昨日何を食べたとか、今日は何曜だとかすぐに思い出せない時はしょっちゅうだし、よく忘れる」
と、言った。
でも、普段のそれとは全然違う。
それだけはわかっていた。
何回か主人に言ったが、あまり同じ事ばかり言っていると主人は怒るので、私は不安を抱えながらも日々を過ごしていた。
主人が怒るのはきっと、妻の頭が少し壊れている事を認めたくないのと、「おかしい、おかしい」と自ら追いつめ思い悩む事が余計に事態を悪くすると危惧したからだと思う。
買い物に行っても、何を買っていいかわからない。
段取りをするという事が全く出来なくなっていた。
声が出ないうえに頭もぼけているなんて親には絶対に言えなかった。あえて紙に書いてまで友達に相談しようという気にもならなかったので、私は一人で抱え込んでいた。
家の鍵をかけたかどうかも思い出せない、鍵をなくしたり、鍋に火をかけた事を忘れる事もしょっちゅうだった。鍋やヤカンが沸騰して音が鳴り火が付いていると気が付くが、自分で付けた記憶がない。これは結構な恐怖だ。
私は毎日家族に食事を作り、何とか家事をやり過ごす事で精一杯だった。