私はこんなに長く声が出ない時間が続くとは思ってもみなかった。
朝目が覚めたら喋れている、
気が付いたら自然に声が出ている、
実は本気で喋ろうと思えば、声はでるんじゃないかと、思っていた。
最初のうち主人は「早く治って欲しい」という風でしたが、途中から、
「焦らないでゆっくり治そう」
と言うようになった。
話したい。元の様に喋りたいという気持ちはあったが、心の片隅でこのままでも良いという気持ちもあったのもまた本当だった。
喋れなければ主人とケンカにもならない。
煩わしい人間関係からも解放される。
そんな風に思っていた所もある。だから、話せないのは 「話したくないから」 なんじゃないかと思ったりもした。
だけど本当に声が出ない。
どんなに頑張っても出ない。
薬を飲んでも出ない。
「ゆっくり治そう」と気持ちを切り替えた主人とは裏腹に、私は焦り出していた。
不安はあるが、それを口にして涙を流したら、また主人に怒られるんじゃないかと思い泣く事も出来なかった。
主人がきっかけは父の事故だけど、原因は自分にあると言っていたが、それは事実だと思う。
そんな不安の中、2回目の病院の診察を受けに行った。
「どうですか?」
医師に尋ねられ、私は首を横に振った。
「薬を飲んで、効いている感じはしますか?」
『不安が和らぐ感じは、よくわかりません。眠気は感じますが・・・・』
と、私は紙に書いた。
医師は少し考えて、
「心理テストをしてみませんか?」
と言った。
『心理テスト??』
それは臨床心理士による心理テストで、それを受ける事によって原因が明確になったり、今後の治療方針が見えてくるそうだ。
『・・・・・費用は高いですか?』
こんな時でもお金の心配をしてしまう。
なにしろかかった事のない科なので、価格の相場がわからない。それでなくても病院を転々としてそれだけでもかなりの費用がかかっていた。
「保険がきくので、それほど高くないですよ」
『じゃあ、受けます』
私は心理テストを受ける日を予約し、テストの当日までに記入して来て欲しいという用紙を渡された。
医師を信頼していないわけではないが、限られた時間の中で筆談で診察をするとなると1回の診察で語れることは限られた。自覚のない私の心の内は当然ながら、自覚している事でさえ医師に全て伝える事はできなかった。
「結果によっては、カウンセリングも必要になるかもしれません」
医師の言葉に私は頷き、引き続き同じ薬を処方された。
カウンセリング・・・・。
いよいよ本格的になってきた。
声が出ないという事実がありながら、私は自分が病気なのだということをどこかで認めていなかった。
精神科の待合室で、診察室で、自分はここに居るべきで人間はないと思っていたのだ。
もういい加減、「心が病気である」という事を認めて、向き合う覚悟をしなくては。