はじめて家に来たコンピュータはNECのものだったし、自分で買ったApple製品はiPodがはじめてだった。
だから、Appleと自分について語る、追悼記事のような、そんなエピソードはない。
それでも、深夜、友達とkeynoteを見るのが楽しみになってから、もう何年も経つ。

appleのthink differentのCMが好きで、音声だけとって、ずっとiPodに入れていた。
artist名をsteve jobsにして入れてたから、自分の好きなアーティストに並んで彼の名前もそこにあった。

ぼくにとって、ジョブズは好きなミュージシャンのようなものだったかもしれない。



Here’s to the crazy ones.

The misfits.

The rebels.

The troublemakers.

The round pegs in the square holes.

The ones who see things differently.

They’re not fond of rules.

And they have no respect for the status quo.

You can quote them, disagree with them, glorify or vilify them.

About the only thing you can’t do is ignore them.
Because they change things.

They push the human race forward.And while some see them as the crazy ones,
we see genius.

Because the people who are crazy enough to think
that they can change the world… are the ones who do.


春休み、暇すぎたし、テレビでやってることがウソっぽかったのでアレレーって思って、
被災地に行ってきました。

ぼくが現地入りしたのは、物資が末端の避難所にやっと行き届いてきた時期で、
物資も被災地に集まりだしたからたぶん人手足りないだろうなーって思って行きました。
行ったのはテレビでよく特集されてる大きな町に挟まれた、被災前は人口2万人にも満たない
小さな漁村です。理由は、大きな町に挟まれてるから単純に人も物資もそこに届くのは少ないだろうな
って思ったからです。

ボランティア募集もしていない時期に、ぼくが尋ねた役場の人たちは快く私に仕事を与えてくれました。

はじめにやったのは物資の搬入でした。
あとから増えましたが、地元の高校生や、東京の区役所から来ていた人を合わせ4人程度のボランティアしかおらず、役場の担当の課の職員7人と、自衛隊が数名、その町に運び込まれる救援物資を搬入していました。
搬入の時間も不定期で、夜中に大量の米の搬入があったときもあり、睡眠もままならず、体力的にもタイヘンなところでした。
また、広範囲にわたる津波の被災地をみて歩いてきた私には、小さなホールに集められる救援物資が
絶対に足りないと思いましたし、配給が始まったのは、私がボランティアを辞めて帰る前の日のことでしたから、はじめの避難所の状況はわかりませんが、その町では物資も足りなかったと思いました。

ぼくは、大きな町に取られて人手が足りないだろうな、と思い、その町に現地入りしました。
残念ながら、その予想は当たってしまいました。
おかげで仕事があったわけで、一緒に働いた役場のひとからは、無駄足にならなくてよかったね、
なんておちょくられましたが、その裏には精一杯やっても物資やマンパワーが足りない、という悔しさ
を感じました。
その時期、テレビでは津波や地震の恐怖を震災後3日くらいの映像ともにまとめたお涙頂戴のドキュメンタリー特集がやっていた時期でしたし、東京では買い占めが起きていました。
放射能や、学者が解説する原発の現状がどの局でもやっていました。
自分にも物理を勉強しているからか、毎日、ひとりは原発のことを聞いてきました。
そういう時期です。
被災地では、そういった東京とはまったく違うレベルで、毎日が過ぎていたと思います。

今でも夜寝る前や、日中、ふとした時に思い出すことがあります。
それは、役場の休憩室では冗談を言い合って笑っていた職員が、避難所に物資を車で届ける車中、
まったくの無言、真顔になることです。
津波や火災で真っさらになった町の中を通る時、さっきまで休憩室で「〇〇に飲みに行くべ、あ、流されてなかった」ってくだらない冗談を飛ばし、率先して職員を笑わせていた彼が、真顔になって遠くを見ています。
ぼくはあの顔を忘れることができません。

興味がある人は、被災地に行きましょう。被災地を見たい人は早めに見に行きましょう。
物資を持って、知り合いに会いに行きましょう。迷惑にはなりません。
ボランティアをしたい人は、衣食住まかなえる装備を持って仕事を探すつもりでいきましょう。
就職難の今よりも仕事はすぐに見つかると思います。
もう遅いですが、遅すぎることはありません。
車で被災地あふれるのは不安ですが、うーん、たぶん大丈夫じゃないでしょうか?
たしかに瓦礫の片付けの処理や仮設住宅のためのトラックが通行を妨げられることもあるかも
しれませんが、大きな幹線道路や、周辺の無傷な町は日常とは言わないまでも、機能しています。
どこが行っても大丈夫なのか判断していけばいいと思います。宮古市周辺や、八戸、仙台周りなど、大きな比較的被災の少ない場所は車で行けると思います。
そして余裕があるなら、ついでに、無駄足になってもいいや、くらいの気持ちで、物資を持っていくなり、ボランティアに行きましょう。ボランティアに行くときは独りで車で行かないで、送ってもらうとか、バスで行きましょう。最近は電車も動き始めましたね。

テレビで言っていた、被災地に行くな、は今回は間違いでした。
物資も、自衛隊の数も最初の4週間は足りなかったと思います。
今も足りている、とは言えないでしょう。
テレビの報道もウソだなーと被災地に行って思いました。ウソ、というのは言い過ぎかもしれません、
伝えきれないことが多すぎる、と思いました。

ACのCMが言うように、「被災地の人の気持ちになって考え」ることは、被災者でない人には無理です。
何が起きているのか、正確に知ることも今はとても難しい。

信頼できる情報とはなんでしょうか。
福島の原発が事故を起こした今、どういった判断をすればいいでしょうか。

ベクレルとシーベルトの違いを説明できますか。
モニタリングポストの値から何を読み取りますか。

ぼくは物理のお勉強をする学生として、とても悔しかったことがあります。
原発の事故が起きたとき、MITの解説記事が日本語に翻訳され、ネット上に広まりました。
なぜ、日本の学者が書けなかったのか、私は不思議でした。
そして、自国の原発で起きたことであるのに、それに関係する学者が誰一人、一般に向けて
解説の記事を書くことのなかったことを、とても悔しく思いました。
public outreachができていない日本とはいえ、こんなにも重大な事故に関する解説がないとは。


東京に帰ってきてから私は、持っていった装備から、海のヘドロや、焼け焦げた匂いがすることに気づきました。現地ではまったく気付かなかった匂いです。
未だに寝る前、部屋を暗くすることができません。
津波でぐちゃぐちゃになった町に自分が立っているような気がするからです。
そして、地震が起きてすぐに自宅にこもってしていたように、
テレビや新聞や、ラジオや、ネットの情報をあさり、特に原発の情報を集めています。
放射線量のモニタリングポストの値を気にして毎日を過ごしています。
そして、近くの中華料理屋に行って、コボちゃんを読んだり、おばちゃんと話しながら、
激辛坦々麺を食べたり、自転車で学校に通ってます。
僕達が恐れるべきなのは、判断もせずにビビって買い占めに走ったり、大阪に逃げてしまう
自分です。東京はエア被災なんて言われていますが、今回の地震で、特に原発の影響で、日本の全土が
被災地になると思います。日本の農作物はまったく売れなくなるだろうし、電源不安などという最悪の
状況は、いま必死で停電しませんよーなんて言ってますが、軽い気持ちで輪番停電なんてしてしまった
ことを後悔してももう遅いということなのです。

最後に。
前の日に避難所で余ったおにぎりを職員はご飯として食べます。
冷たくて、硬くなったおにぎりです。
立ちながら、2個、小さいおにぎりを食べて、そして一日昼夜問わず働きます。
私が一緒に働いた職員は、全員家を流されていました。
家族を失った人もいました。役場に詰めて働いてたため、震災後二週間後に初めて家族に会った
職員も見ました。
避難所に目が向きがちですが、役場の職員も被災者である、ということを、多くの人たちは見落としがちであると思います。
彼らのことも考えていかなければならない。
彼ら向けの炊き出しをしなければいけない。

直接、被災していない人たちは、それまでの生活を続けていかなければならないし、放射能の心配をして買い物もしなければいけない。被災者の気持ちになってかんがえなくちゃいけない。
そんな器用なことはできないなーと思います。

だから自分のできる範囲で、いまなにがおきているのか、いま自分はどこにいるのか、を自分で確認
しましょう。そうすると、するべきことがみえてくるはずなんです。

今日は、自分で確認して、自分で考えることが大切だというおはなしでした。
書きたいことが多すぎてブツブツ切れまくってるけど許してね。








読書用の椅子の話をしていましたが、もう買いましたか?
ニーチェアXなんてどうでしょうか。
MOMAにも収蔵されてる一品です。

前、女の子にプレゼントを買うとき、そんなものに頼ってるからだめなんだよ、って君に言われた
ことを記事を書きながら思い出しました。

母親の実家にこれが二組あって、日向にだして良く読書をしていました。
小説おもしろい。

感情を貯めておく感覚は、女性が主役の映画を見たり、小説を読んでいると感じる、
自分が豊かになっていく感じだったり、感情をなんの説明なしに想起できる感覚のことで、
感情の物々交換をしている感じだとおもっています。
最近自分のなかで枯渇気味だったのを気づかないでいて、最近焦って小説を読んでいます。
昔から知っている文庫の新刊を手に取ると、著者紹介にラノベやゲームシナリオの出身者だという
記述があって、ヘー、なんて思いながら読んでみたりしています。

「コミュニケーションの最たるもの」を経験せざるを得ない環境におかれて初めて枯渇に気づくとは
なんともマヌケな話だ。


それと、ごめんなさい。
仲直りしたいです。ほんとうに軽はずみでした。
なにも言えませんが、もう一度仲良くしたいです。

フジロックに行ってきた。
わたるくん含め四人で行った。

遅くなったけど、ここはブログなので記録したいことを書くのだ。


One Day As A Lionが見れればいいと思って行ったけど、MUSEとAtoms for Peaceはホント生で見れて
良かったし、Massive Attackが想像以上でやばかった。
それにオールナイトフジは、卓球先生はもちろん、あの豪華なメンツは幸せだった。
朝焼けがステージにプロジェクターで照射されている光景はわすれられない。


前日から土砂降りのなかでフジロック入り。しかも前の日の準備、おれんちで全員徹夜している状態なので、初日から満身創痍状態。
それにテントはる前から全身ずぶ濡れな状態でクソ寒かった。
大盛りの山菜そばを駅で食っててよかった。
前夜祭はホットワインを飲みながら、いいないいなーの車のCMでおなじみのCUBISMO GRAFICOで
フジロックに来た現実感がやっと湧いてくる。
体が濡れて寒いのもあって、はやめに退散してねる。

一日目、暑くて6時前に目が覚める笑
しかし、テントの中でダラダラしたり、朝食にコンビーフをアルファ米に混ぜた犬飯のようなもの笑を
たべてたりしたらsuperflyの曲が聞こえてきたので会場に急ぐ。
ラスト2曲のところでGREEN STAGEに到着。わたるが走って踊りにいったのにびっくりしつつ、
ワールドカップのNHKテーマソング『タマシイレボリューション』で一気にアガった。
なんかちょっと馬鹿にしてたけど、ライヴやばい。声量やばい。盛り上げ方やばい。
その後、個人的な趣味でヒカシューに移動。。
youtubeで見ていたパフォーマンスは若いときのばっかだったけど、独特な世界観で、ホントに
生で見れてよかった。最初に、「こういうお祭りは初めてなので、慣れてなくて、、、服もみんな
ふつうの来てきてしまって、、」というのがウケた。
終わるとお昼、ステージ後ろのフォーを食べたが、ゲロマズだった。一緒に付き合ってくれた子のを
もらって食べた笑
その後、illの音があまりにもかっこよかったので、2曲くらい座って聞く。
せっかく遠くまで来たんだからって、一番奥のStone Circleに行く。
ちょうど参加型のアンサンブルセッションの開始時間で飛び入りで参加する!
これがホント楽しかった!フジロック行った人はぜったいに行くべきだと思う。
このとき酢鶏丼が死ぬほどうまそうで食いたかったけど、我慢する。後に後悔することになる、、
あーフジロックだなーって雰囲気を楽しみつつKIDS LANDの入り口でみんなと待ち合わせ。
GREENのMUTEMATHをきこうという話に。
ノーマークだったんだけど、ほんとよかった(これから同じような感想が三日間続く)
backfireって曲がシビれた。カッコ良すぎる。
その後RED MARQUEEでBROKEN BELLSとTHE XX。
THE XXは女のボーカルかっこよかった。もっと近くで見たかったな。
その後GREENへ戻りMUSE待機のため、モッシュピット横でTHEM CROOKED VULTURESを。
しかしこのTHEM CROOKED VULTURESがやばかった。正統派ロック。かっこよすぎるし、ステージでのモチベーションが伝わってくる。ベースカッコ良すぎるし、ドラムかわいい。
そしてMUSE前から三番目の位置につけることができた。
いままでyoutubeで死ぬほど広い会場でやってるライヴ映像しか見てなかったから、
自分がこんなとこにいていいのかってずっと思ってた。
かろうじて聞いていたこともあって、みんなで歌いながら楽しむことができた。すごかった。
パフォーマンスも、後ろのスクリーンに映し出されるVFもかっこよかった。
あとで、ドラムの全身タイツコスチュームが虫に刺されたくないから、って理由だったと聞いたときは笑った。
ステージ横でポカリの300円のおっきいやつを買う。これで300円かやすい!とか思って買ってたのを思い出すとほんと毒されていたとおもうけど、死ぬほどうまかった。
なんか!!!に走っていく、と言ってた人がいたけど、もうそんな状態ではないらしく、おとなしく
四人で帰った。その後、軽くメシったあと、富士の湯に行き、オールナイトフジに備えた。
オールナイトフジは時間がぎりぎりken ishiiに間に合わなかったけど、green velvetから卓球、dino psarasと幸せな時間を過ごせた。ボードウォークがすごいきれいだった。
あの独特な雰囲気はまた味わいたい、、いろんな人がいておもしろかった
そんなこんなで、日の出の光を浴びながらテントへ。足が初日だというのにガタガタだった。

二日目は暑くて3時間ねないくらいでおきる笑
自分と一緒にオールナイトフジにいた友達は、朝イチの怒髪天を見に元気に走っていった笑
初日に行ってきた太鼓にもいくらいしい。
この日は、RED MARWQUEEの後ろに椅子をもってってのんびりとDIRTY PROJECTORSとDETROIT SOCIAL CLUBをきくつもりだったけど、DETROIT SOCIAL CLUBの音を聞いた瞬間に走ってた。
ほんとにすばらしい音と、パフォーマンス。今年のフジロックベストライヴの5本の指にも入るくらいいいライヴだった。ただ観客がステージ前で飲み物を水筒に詰め替えたりしてたらしくノリがたいへんウケた。
その後、近くでパエリアを食い、WHITE STAGEに移動。THIRD EYE BLINDに感動。「this is
the world most beautiful festival~」の一連のスピーチでちょっとぐっときてしまった。
STRAIGHTENER、ザ・クロマニヨンズと聞いた(この二つ立ちながら寝て聞いてた)
そして、、、ONE DAY AS A LIONの番となった。。
小五のときにRATMにであってからというもの、ザックに会いたくてたまらなかった。
その夢が叶った。ほんとうに感動。カッコよかった。
で、、、自分は前で聞いてたし、疲れたから帰ろうとおもってたんだけど、MGMTを友達が
前で聞きたい、と言う。。死ぬほど疲れてたけど、結論はいてよかった。
あの盛り上がりですごい楽しめた。フジロックで一番楽しめたかもしれない。最後のアンコールが終わったあと、ステージスタッフがおっぱいをだしてたらしいけど、見れなかった、、、無念、、、
しぬほど足痛かったけど、途中で外国人と歌いながら帰る。
わたるが途中からいなかったけど、体調が悪くて帰ったらしい。

三日目。暑くて6時に目が覚める。トイレのついでにトルティーヤのようなものを買って食べた。
めっちゃうまかった。ちょっとゆっくりしてたら、アジカンの曲が聞こえる。
ちょっと焦って向かった。アジカンはちょっと感動した。最終日ということもあったけど、
中高と聞いてた青春ど真ん中のアーティストを自分の年齢で聞くというのは色々と考えるところがあった。
その後、今日はゆっくりGREENで椅子にすわりながら、ということで、ずっとGREENにいることに。
昼飯を、初日、我慢した酢鶏丼にすべく会場の一番奥を目指す。奥に行くボードウォークでは、whiteで歌うMATT&KIMをBGMにいい感じで散歩できた。途中、オールナイトフジのTシャツを買うか迷ったり、トイレ並んだりして時間くったのか、酢鶏丼が売り切れ、、、フジロックで唯一悔いの残る出来事だった。帰りは、ゆっくりボードウォークを帰る。whiteからGreenに伸びるボードウォークの途中に、穴場的な水場を発見。裸足になって水の中に入る。しびれるほど冷たかったけど、めずらしく晴れてとても暑かったので、ちょうどよかった。かなり長い時間ゆっくりしてた。
GREENにもどると、DONAVON FRANKENREITERがビール飲みながら歌ってた。わたるもハイネケンのビールでいい気分になってた。持ってきたレモンチェロとソーセージをつまみに、DONAVON FRANKENREITERが最高に合う、いい時間を過ごした。最終日になってくると、だいたいみんな過ごし方が分かってきたのか、途中で風呂に入りにいったり、それこそ川で過ごしたり、思い思いの時間を過ごしていた。二杯目のんだあたりでわたるが椅子にすわりっぱなしであれーと思っていた。
そしてBOOM BOOM SATELLITES。文字通りブンブンした音圧にやられた。すごいかっこいい。
わたるが死んでるが気にしない。ここらへんでよにんでバンドやるか、って話がだれからともなく出てくる。やっぱり自分たちで音を出すほうがおもしろいのだ。そうこうしているうちに、三日目の本命ATOMS FOR PEACEを、後ろのほうで椅子に座りながら聞く。「コンバンワートムヨークデースアトムスフォアピースデース」は未だに身内ネタとして使わせてもらってる。フリーのベースはもちろんかっこよかったし、高校にチャリで通いながらradioheadを聞いていた自分はトムヨークの歌を聞けるだけでほんとに感動した。わたるが椅子に座ったり、たったりを繰り返していたけど気にしない。MASSIVE ATTACKまでの待ち時間、わたるが具合が悪いらしく帰ってしまった。その後のMASSIVE ATTACKのステージは、今までCDで聞いていたものとはまったく別物だった。後ろのスクリーンに映しだされるメッセージと、曲のメッセージが、ほんとうに感動した。もうMASSIVE ATTACKはCD借りてきても聞けないかも知れない。それほどこのライヴはやばかった。友達が一人椅子にうなだれて死んでるけど、気にしない。さっきまでwhiteに走って行ったりと元気だったのに。そしてオオトリ、SCISSOR SISTERS。
かなり盛り上がるだろうと、期待していったんだけど、予想以上だった。笑わせてくれるパフォーマンスに、最高の曲が続く。ほんとうに最高のトリだった。
最後に、みんなで記念写真をとるためにモッシュピットの近くへ。写真を撮り終わったあと、流れたPower to the peopleでちかくにいた人たちで輪になって踊る。来年また会おう、see you next yearっていろんな国の人たちで抱き合って踊った。もしかしたらあの瞬間が一番たのしかったかもしれない。
その後、真っ先にその輪に走っていきふっとばされた友達の眼鏡をさがしつつ笑ゴミをひろう。
昼からまともなメシを食ってなかったので、ハヤシライスを食い帰る。。
途中で怪しげなTHE PALACE OF WONDERにあるバーでめっちゃ美人のストリップが!!ちょっと感傷的になってたけど一気に盛り上がってしまった笑
その後、富士の湯に入り、泥のように眠る。。
四日目は俺のいびきでいろいろと迷惑かけたそうで、もうしわけない。

そんな感じで、今までにない長文になってしまった。
書いても書いても、書ききれないし、書いてないこともあるくらい、本当に楽しい時間を過ごせた。
初日、オールナイトフジがおわったあとに前を歩いていた一行が、「フジロックって人生かわるらしいからね」と言っていたのを聞いて、まさか、と思った。
でも、今ならあの言葉も言い過ぎでないかも、と思える。
ほんとうに刺激的な5日間だった。おもしろかった。

つかれた、、、
買ってからひと月経ったので書いてみる。

まずはじめに解約したiPhoneについて。
iPadを使うために解約したんだけど、やっぱりiPhoneは便利だった。
いちいち街中でiPadは取り出してられない。
自分はお金の問題でiPhoneを使わないことを選んだが、理想はiPhone,iPad,MacBook,Moleskineの四台体制。合計4キロは重いが、もうall in one型デバイスの幻想は捨てるべきだ。

自分は主にsafariで調べ物と電子書籍や論文を読むのに使っている。iannotate便利!
それに加え、Marvelのコミックを読んだり、wiredの雑誌を読んだり、abcplayerを見ていると、情報の入口としてipadはすばらしい窓に思える。iPadは優れた情報消費デバイスといっていい。その上、指で情報を操作できる快感はその消費を加速させる。このスピード感は指で操作するUIと相まって情報に重みを与える。この重みはデジタルではなかなか感じることはできなかったものだ。

次に見せることについて。
iPadはだれもが覗き込める、という意味でも窓だ。簡単に上下が回転することや、直感的な操作で、みんなで情報を共有することを可能にする。見る、見せる、という意味で、紙の先の姿に触れているような気がする。

最後に、書くことについてpagesでメモが取れるときは努めてiPadを使ってきたが、iPadはmacbookでのタイピングには勝てない。慣れ、なのかもしれないが、たぶん違う。できるけど、macbookのほうができる。

蛇足だけど、iPadのUIはあの広さを指で使うという意味で、まだ洗練されていないのかな、と思うことがある。例えばsafariのタブやアドレスバーが上についているのはなぜ?ダサいから?下側に持ってる手をいちいち上に持ってくのはめんどい。目印自体小さいし。
 
今日は、合計4キロは重いが、もうall in one型デバイスの幻想は捨てるべきだ、というおはなしでした。
ここ最近立て込んでしまって行けてなかった師匠と話した。
これからの話とか、夏休みの研究とか、もう恒例になってしまったとりとめのない質問大会をしてたんだけど、今回は少し違った。

2001年のしし座流星群のときに体験したある出来事をずっと隠し持ってきた。

それについて、物理学の立場から現象を説明出来そうだ、という着想を得て色々調べていたんだけど、
師匠と、その話になった。色々話したり調べていると、30年前にネイチャーやサイエンスに論文が載るくらいおもしろいし、それらしい研究対象であったことを知った。友達に説明しようとすれば、かなりトンデモに聞こえるらしく、あまり誰にも話さないでいたんだけど、話してよかった。
その話で盛り上がってしまい、4時間ちかく話してしまった。友達と約束してたんだけど、ふつーに3時間遅れたので死ぬほど焼肉奢らされた。3時間まってくれる友達はすばらしいし、素敵な師匠や友達(今回の友達や、もちろんわたるくんなど)を持った僕は幸せだ。

しかし30年前か、、、先をこされた、というかなんというか。世界は広い。くやしい。
いまじっくり論文よんでるところなんだけど、ぜんぜん科学英語よめない。



半年ぶりに会った。

「まだおちついて勉強をしたほういいよ」

だってさ。

ディラックの量子力学をちょうど読んでいたので、そのことについて話したり、
最近興味がある、楽器についての理論について話した。
でも、自分の知識だとぜんぜん突っ込んだ話ができなくてもどかしく、悔しい。

「結局は実在する自然に対する興味がだいじなんだよ」

とも言っていた。
風呂敷はひろげただけだと、風がふいて飛んでってしまう。

石をおもしにして隅に置くのは最初のころはしなかったような気がする。
遠足のとき使ってたシートは自分とリュックでちょうどいい大きさだったし、
部活で座ったブルーシートは狭くてぎゅうぎゅうだった。

気の早い花見をしててそんなこと考えた。

満開の桜を見に行きたい!行こう!
あの目線の高さに稜線が見えるなんて。
志賀高原の広さもおもしろさもすごかったけど、日本アルプスがきれいだった。