他人と関係なく存在する自己、みたいなものってあるんでしょうか。僕はないと思っているんです。
他人の中に映る自分も、自分の中に映る自分も、どっちも自分。他人の前でキャラクターを作るとしても、そうしようと思ったのも自分だし作らないと思うのも自分。自分を偽る、というのは偽ろうとするのも自分、ということで。全部ひっくるめて自分なんじゃないかと。
嘘をついてもつこうとしたのは自分だから、結局根本は嘘でない。なんか詭弁ぽいですが、僕はほんとにそう思ってます。いや、思うようにしてるのかもしれません。
というのも、僕の生きる指針は、全て受け入れること、なんです。だから置かれた環境もとった行動も、全部自分そのものだと受け入れよう、と。本来前向きでない僕が、前を向くために意識していることです。いわば自己の洗脳とでもいうべきか。
そうなると、あまり物事に執着しない。ただ好き嫌いは認めてるので、そういうのはあるけど、嫌いなものもそんなに嫌いにはなれないですね。ある種の逃げなのかもしれないですが。
しかしこの前友人にも言われてしまいましたが、ドライ過ぎる、と。たしかに、直進的・情熱的な所が欠けてる気がします。淡々としすぎてるというか…自分のことも全部他人事、みたいな感じで。
そもそも他人事ってのも良くないですね。もっと積極的に物事にアプローチしなきゃいけませんよね。でもこれだと何かに執着したりってことにならないかな?
いや、別に執着が悪いとは微塵も思ってないですけど、それによって何かを嫌いになるのが怖いんです。
結局ちょうどいいバランスを見つけることなんですかね。そもそも行動指針なんてあるから、葛藤は付き物か。
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