胸が痛いなぁと思っている時に、
それをうまく言語表現したいと思っていると、
「ごめんなさい」
という言葉が浮かんできます。
こういう時は、小さい頃、
特に中学生までのことを思い出してみます。
(とはいえ、結構忘れてるんですが・・・)
私は、厳しい(過保護ともいう)祖父母と、
家にいない両親(共働き)の中で育ちました。
父は家計と家を支えるのが自分の役割と思っている人だったのか、
全くかかわりがなく、
母は仕事と家事の両立で、
いつも気が張っていて余裕がないように見えました。
祖父母は普段は穏やかですが、
心を開ける存在ではありませんでした。
(でも、家に守られていたのは間違いないし、
家ではどんなに悲しくてさみしくて辛くても
一人じゃなかったし、安心して生活はできていたので、
かなり幸せだったと思います、今はwww)
この生活の中で、
私は何度もチャレンジしていたはずです。
「私のことちゃんと見てる?」
と、何度も反応を家族に求めたはずです。
「自分から何かをしなければ反応がない(周りは動かない)。」
という環境に当たり前にいたんですね。
交流分析の時、
「な、なんか、わかってしまったー!」
って思った瞬間でありました。
私のNPってここやーん!!って(笑)
ちなみに、NPは、養育的母親とはいいますが、
私の持ってるイメージが、
犠牲的母親だったのは、ここ???
そうそう!!
私の、「何かしなければ!!」という焦りにも似た感情は、
これですよ、これ!!
と1人でニヤニヤしていました(笑)
(↑ニヤニヤは私の最上級の楽しみです)
そして、
「自分から何もできなくてごめんなさい」
「喜ばせてあげられなくてごめんなさい」
なんだなぁって思うわけです。
過去から継続的に習慣になってることを、
客観的に見るというのは、なかなかできないことです。
でも、少しだけ、
自分に問いかける時間を持つと、
こういう「あーーーー!!!!!!」っていう気づきは、
意外と多いのかもしれません。