懐古趣味親爺のブログ

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幼少期(1950年代)から成人期(1970年代)までの私の記憶に残っているものを網羅。

『非行少女』(1963年・日活/監督:浦山桐郎)は、デビュー監督作品『キューポラのある街』に続く、浦山桐郎の社会派青春映画です。

15歳の若枝(和泉雅子)は、薄汚い酒場で酔客と酒を飲み、女給のハイヒールを盗んで逃げだします。三郎は東京で仕事に失敗し、町会議員に立候補している兄(小池朝雄)に見下されながら職安通い。若枝と三郎は幼馴染で、二人は金沢の映画館の前で再会。父親(浜村純)は飲んだくれ、母親(佐々木すみ江)は後妻、叔母(沢村貞子)は女郎屋をしており若枝を自分のところで働かそうと考えています。学校にも行かず家をとびだした若枝を、三郎はこれ以上堕落させまいと決心。相談やら勉強をみてもらった若枝ですが、学級費が払えず学校へ盗みに入り、用務員(小沢昭一)に見つかって、叔母の家に預けられます。叔母の家を逃げ出し、三郎が働いている養鶏所で三郎が養鶏所の娘と親しくしているのを目撃。鶏舎に忍び込み、物想いにふけっていて、失火から鶏舎が全焼。放火を疑われて若枝は非行少女の救護院に送られます。火事の影響で、町に居づらくなった三郎は金沢でヤサグレ生活。河原で釣りをしていた三郎は、村人にヤジられながら堤防でマラソンをしている若枝を目撃。当初は粗暴な態度で他の入園者と衝突を起こすこともあった若枝でしたが、保護観察官の武田(高原駿雄)や同じ境遇の同級生との触れあいで穏やかな人柄に変化。見ぬふりをした三郎は恥ずかしくなって、救護院に行き、窓越しに胸のうちを若枝に吐露し、真面目に鉄工所で働きはじめます。やがて、若枝の退園する日が近づき……

絶望しか見えないような貧しい環境の中で、次第に荒んでいこうとする少女が、誤解や悪意に何度か足もとをすくわれそうになりながら、生きる意味を見つけ出していく物語。吉永小百合より奔放なキャラを持つ和泉雅子が、表情豊かに、押さえても押さえきれない青春の怒りや喜びや哀しみを生き生きと演じています。吉永小百合が『キューポラのある街』で主役の仲間入りしたのと同じように、和泉雅子はこの作品で主役の仲間入りをしたので~す。

ちなみに、『キューポラのある街』はココヘ⇒キューポラのある街 | 懐古趣味親爺のブログ

 

『私は泣かない』(1966年・日活/監督:吉田憲二)は、弁護士一家に引き取られた不良少女が、その家の身体障害児との交流を経て成長していく社会派青春映画。

女子少年院に収容されていた非行少女・早苗(和泉雅子)は、身元引受人の弁護士・原田(北村和夫)に引き取られ、保護観察の6ヶ月間、原田の家で暮らすことになります。原田の好意で早苗は洋裁学校へ入学。昔の恋人を訪ねた早苗は、恋人が別の女と暮らしていて、人間不信が高まります。原田には脊髄性小児マヒの息子・幸男(市川久伸)がいて、大学に通う原田の姪や家政婦は幸男に対して腫物に触るような扱い。幸男もヒネクレた甘え方をしています。早苗はそんな幸男に反発。原田は身体障害児施設の学校への送迎を早苗に依頼。最初は早苗と行くことを拒んでいた幸男も、早苗のきびきびした態度に惹かれ、いつの間にかなついでいきます。早苗は、昔よく行っていた喫茶店で知りあった三郎(山内賢)と再会。建設会社に勤め、工事現場で働いている三郎の前向きな態度に、早苗も明るい気持ちになります。三郎は九州のダム工事現場に行くことになり、早苗は三郎と文通を開始。障害児学校の教師(芦川いづみ)から幸男の歩ける可能性をきいた早苗は、幸男と歩行訓練を開始し……

不良少女の更生と成長、障害児を持つ親の気持ち、障害児対策など社会問題も扱い、色々詰め込みすぎて焦点のボケたところがあります。和泉雅子は熱演していますが、空回り状態。不良仲間との友情関係もアッサリしたもの。不良仲間のひとりで、梶芽衣子(当時は太田雅子)が出演していま~す。