85年秋~86年春にかけての37年前、この話題を覚えている方も多いと思います。

76年周期で地球に接近するハレー彗星です。



このハレー彗星が地球に最接近したのが、86年4月11日だったのですが。
そう、岡田有希子ちゃんが亡くなった3日後です。
つまり、有希子ちゃんが死してなおハレー彗星が接近中だったことに改めて気付きました。

もちろん、生前の有希子ちゃんもハレー彗星のことは知っていたはずですが、多忙を極め過ぎていた当時、そこまで気が回らなかったと思われます。

また、86年の接近では日本からはあまり見えないとされていました。小学生だった私もお年玉で天体望遠鏡まで買って、さあハレー彗星を見るぞと張り切っていましたが、結局見ることができませんでした。


また、1910年の大正時代の方がもっと地球に近かったといいます。ハレー彗星の先端が月ぐらいの大きさに見えたそうですから、夜空一面に彗星の尾がなびいていたんですね。うらやましいです。

せっかく買った天体望遠鏡ですが、代わりに月のクレーターがはっきり見えましたし、土星の輪も何とか見られました。
宇宙にロマンを感じるようになったのもハレー彗星がきっかけの一つになっています。

そして、11年後の97年に接近したヘールボップ彗星は肉眼でも驚くほどはっきりと、しかも大きく見えましたので、ハレー彗星の悔しさを晴らすことができ、夢が叶いました。


有希子ちゃんにもヘールボップ彗星を見て欲しかったなあ。

この時は双眼鏡を使って観測したのを覚えています。


今は望遠鏡も双眼鏡も壊れてしまい、もうありませんが、懐かしい思い出です。

有希子ちゃんは、星形のアクセサリーを好んでいたようですから、星空や宇宙、天体観測にも興味があったと考えられます。

以前と同じように、星が大好きな有希子ちゃんの写真を載せて。