逝く昭和と天皇、克明に 卜部侍従32年間の日記刊行へ
晩年の昭和天皇と香淳皇后に仕え、代替わりの実務を仕切った故・卜部亮吾(うらべ・りょうご)侍従が32年間欠かさずつけていた日記を、朝日新聞社は本人から生前、託された。天皇が病に倒れて以降、皇居の奥でおきていた昭和最後の日々が克明に記されている。天皇の靖国神社参拝取りやめについては「A級戦犯合祀(ごうし)が御意に召さず」と記述。先の戦争への悔恨や、世情への気配りなど、天皇の人柄をしのばせる姿も随所に書きとめられており、昭和史の貴重な記録といえそうだ。
(中略)
事件から41年たった77(昭和52)年2月26日。天皇は意外な言葉を口にする。「御就寝前 治安は何もないかとのお尋ね」。天皇のトラウマの深さがうかがえる。
(中略)
昭和天皇が靖国神社のA級戦犯合祀に不快感を吐露したとみられる富田朝彦宮内庁長官(当時)のメモも同じ日付。天皇は富田長官と前後して卜部侍従にも戦犯合祀問題を語っていたことになる。そして、卜部侍従は亡くなる直前、「靖国神社の御参拝をお取りやめになった経緯 直接的にはA級戦犯合祀が御意に召さず」(01年7月31日)と記している。
(以下略)
http://www.asahi.com/national/update/0426/TKY200704250363.html
富田メモが捏造ではないかと言っていた右翼乙!かもしれない。
ただ、アカヒだけに・・・・常にサンゴがついてまわる。
これをもって昭和天皇を政治利用するのは間違いないな。
しかし、この記事、天皇のトラウマてなアカヒの脚色付きなのが・・・w
本に反映されていない事を祈る。
さて、天皇家によって建立された靖国神社は天皇陛下のご意思を尊重して分詞するのかどうか。
でもま、記事を見る限り、昭和天皇の人柄が判るような本かもしれないね。
さてさて・・・侍従は守秘義務を守るべきだが何故アカヒが保管?w
御行幸と書くべき所、何故御参拝?
とは思うものの、天皇陛下が「A級戦犯合祀が御意に召さず」てのは判る気がする。
さてさてさて・・・右翼団体の皆さん!
心の問題はさておき
天皇陛下の御意思を尊重し、靖国参拝は辞める!
てな団体、ひとつぐらいは出てきますかね?