テレビの普及台数が約1億と聞き、今さらながら驚いた。低俗番組を批判して「一億総白痴化」と言われた昭和30年代初めが約50万台だから、ざっと200倍に増えたことになる。
暮らしに寄与してきた半面、悪(あ)しき影響への心配はどこも同じとみえ、英語には「愚者のランプ(イディオッツ・ランタン)」と呼ぶ俗語もある。これを「阿呆(あほう)の提灯(ちょうちん)」と訳したのは誰だったか。ともあれ1億台となれば、ほぼ国民ひとりが一つずつ、提灯を提げている計算になる。
俳人の長谷川櫂(かい)さんが雑誌で、家庭にテレビがあることを、「家族の中にあまりガラの良くない他人がいるということ」と述べていた(「望星」4月号)。安手なバラエティーなどに苦り切り、我が意を得たりの人も多いだろう。
テレビ草創期以来の半世紀は、その“ガラの良くない他人”が、ぐいぐい巨人化してきた時代でもあった。たとえば成長期の少年が、自分の腕力に無自覚なまま人を殴り、思いがけないけがをさせてしまう。それに似た幼稚さと無責任が、なお業界にあるように見える。
関西テレビの捏造(ねつぞう)問題を機に、政府は放送法改正案を国会に提出して会期中の成立をめざしている。国の規制を強めようとする法案である。テレビ側にも問題はあるが、表現の自由の阻害を心配する声も大きい。
不名誉な呼ばれ方の多いテレビではあるが、良くも悪くも、家族の一員のような存在ではあろう。ガラの悪さを正すのは、国家権力ではなく、作る側の良識と、見る側の批評眼でありたいものだ。
http://www.asahi.com/paper/column20070424.html
お前が言うな の釣り記事だけど、釣られてみた。
自浄能力のカケラも無い朝日がよく言うよ。
ま、いつもの国家権力は危険だと刷り込もうとする団塊の世代の残りカス記事。
朝日に電凸されているかたのブログを拝見するとそのイタサ、ガラの悪さは見事。
作る側の良識と言えば、営利企業たる金儲けのみ。
作る側は見る側を白痴と考えていることは明白。
ガラの悪い犯罪者に良識を求めるアカヒw
アカヒは長崎市長射殺在日ヤクザに良識を求めると?w
しかし、テレビに対して失礼な記事だ。
テレビはガラ悪くない。
ガラ悪いのは、放送法に守られ、ヌクヌクとやりたい放題やってる低俗番組プロデューサーと
(例:報道ステーション在日コリアンプロデューサー他多数@推定)
圧力をかけるガラの悪い創価・在日・特亜団体。
アカヒはテロ朝をまず解散させましょう。