いま憲法9条を捨てるのは本当に有利なのか
いま大切なのは、誰が9条を発案したかを解明することではなく(究極の解明は不可能だし、ほとんど無意味)、9条が日本という国家の存在に対して持ってきたリアルな価値を冷静に評価することである。
そして、9条をもちつづけたほうが日本という国家の未来にとって有利なのか、それともそれをいま捨ててしまうほうが有利なのかを冷静に判断することである。
私は9条あったればこそ、日本というひ弱な国がこのような苛酷な国際環境の中で、かくも繁栄しつつ生き延びることができた根本条件だったと思っている。
9条がなければ、日本はとっくにアメリカの属国になっていたろう。
あるいは、かつてのソ連ないし、かつての中国ないし、北朝鮮といった日本を敵視してきた国家の侵略を受けていただろう。
9条を捨てることは、国家の繁栄を捨てることである。国家の誇りを捨てることである。
9条を堅持するかぎり、日本は国際社会の中で、独自のリスペクトを集め、独自の歩みをつづけることができる。
9条を捨てて「普通の国」になろうなどという主張をする人は、ただのオロカモノである。
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/tachibana/media/070414_kaiken/index6.html
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立花隆と言えば、昔は知の巨人と言われ、子供心に
すっげ~~ぶさいくなオバハン
と思ったもんだが・・・。
全く理解不能。サヨの皆さんには理解できるのだろうか。
「日本はアメリカの属国だ!」なんてサヨの皆さんから良く聞く話だが。
竹島・尖閣・北方領土はこの人の中では、はなから他国の領土なんだろうな。と思ったもんだが・・・。
独自のリスペクトを集めてるとは思えない。
どこの国も9条真似しようとしてないし。(ソース無し)
そもそも9条のようなものは大日本帝国時代にも存在した。
戦争放棄に関する条約(昭和4年)
第一条 締約国ハ国際紛争解決ノ為戦争ニ訴フルコトヲ非トシ且其ノ相互関係ニ於テ国家ノ政策ノ手段トシテノ戦争ヲ抛棄スルコトヲ其ノ各自ノ人民ノ名ニ於テ厳粛ニ宣言スル
第二条 締約国ハ相互間ニ起ルコトアルベキ一切ノ紛争又ハ紛議ハ其ノ性質又ハ起因ノ如何ヲ問ハズ平和的手段ニ依ルノ外之ガ処理又ハ解決ヲ求メザルコトヲ約ス
帝国政府ハ千九百二十八年八月二十七日巴里ニ於テ署名セラレタル戦争抛棄ニ関スル条約第一条中ノ「其ノ各自ノ人民ノ名ニ於テ」ナル字句ハ帝国憲法ノ条章ヨリ観テ日本国ニ限リ適用ナキモノト了解スルコトヲ宣言ス
9条との違いは、遵守する事を確認てな程度。
締結国はその後現在に至るまで、戦争しまくっております。
*アメリカ政府の自衛権の解釈によって、全ての戦争が容認されるという条約になってしまった事は
興味があれば調べてくださいな。
てなことで、護憲護憲と叫ぼうとも戦争は無くならないし、氏の意味不文章なんぞ痴の虚塵という事で。
で、本題
相変わらず、
すげ~~ぶさいくなオバハンに見える。
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