阿倍仲麻呂は入唐し帰朝の際、難船して再び長安に帰る。
雲山万里を隔たる為帰るを得ず、長安に在り山月を望み、故郷奈良の三笠山の月を偲び、『天の原ふりさけみればかすがなる三笠の山に出でし月かも』の歌を作り恋郷の心を詠じけるなり。