耳が聞こえにくいことを自覚しても、60%余りの人は医療機関を受診していないことが補聴器メーカーの団体の調査で分かりました。

多くの人が聞こえにくいまま生活しているとみられ、専門家は医療機関の受診を呼びかけています。

 


調査は「日本補聴器工業会」などが去年、95歳までのおよそ1万4000人を対象にインターネットを通じて行いました。

それによりますと、難聴や難聴だと思っていると答えた人の割合は10.0%で、
▽45歳から54歳まででは5.5%、
▽55歳から64歳は8.9%、
▽65歳から74歳は14.9%
▽75歳以上では34.4%となっていました。

このうち、医療機関を受診した人の割合は38%で、同様の調査が行われたイギリスやフランスなどヨーロッパ各国と比べて30から40ポイント低く、60%余りの人が受診していませんでした。

また、補聴器を持っている人の割合は15.2%でヨーロッパ各国の半分以下だったということです。

比較的重い難聴の人たちに補聴器を使わない理由を聞いたところ、
▽「わずらわしい」が57%、
▽「難聴がそれほどひどくない」が40%、
▽「補聴器を使用しても元の聞こえに戻らない」が38%などでした。

難聴に詳しい東海大学の和佐野浩一郎 准教授は「聞こえにくさがあっても病院を受診していない人は多くいるとみられる。受診を呼びかけるとともに、補聴器の導入や導入後の支援にも耳鼻科医が積極的に関わっていく必要がある」と話しています。

◆補聴器をつけたことで日常生活に満足しているケース

神奈川県伊勢原市にある東海大学病院は、耳の聞こえにくさや補聴器についての専門外来を週に1回設けていて、加齢や病気で耳の聞こえが悪くなった患者が多く受診しています。

患者の1人で、神奈川県綾瀬市で会社を経営してきた渡辺哲哉さん(83)は、6年ほど前から自宅や会社で聞き間違いが増えていると指摘されるようになりました。

家族に促され、販売店で補聴器を購入することも検討しましたが、渡辺さん自身は聴力の悪化による不自由さをそれほど感じず、購入を直前で取りやめたということです。

その後、テレビの音量を家族が視聴する際の2倍の目盛りのところまで上げないと聞き取れなくなり、持病を診てもらっていた医師に専門外来の受診を勧められました。

渡辺さんは以前は補聴器をつけることに抵抗がありましたが、去年10月から通い始めた専門外来で相談した結果、目立たない大きさの補聴器をつけることになり、月に1度、診察を受けながら、聞き取りに違和感がないよう調整しているということです。

渡辺さんは「家族から話がなかなか通じないと苦情のように言われていたが、自分自身ではあまり悩みがなかった。補聴器をつけると、商売相手に高齢者に見られてしまうほうがつらいという気持ちがあったが、いまでは補聴器なしでは日常生活を送れないほど満足している。もっと早く受診すべきだった」と話しています。

◆東海大 「耳年齢」を手軽に測定するシステムの開発進める

聴力は年齢を重ねるごとに衰えますが、自分の聴力がどれくらいの年代にあたるか自覚してもらうことで医療機関の受診などにつなげようという研究が進められています。

東海大学の和佐野浩一郎 准教授らのグループは、2020年までの20年間に東京都内の国立病院を受診した耳の病気がない1万人余りの聴力検査の結果をデータベース化し、10代から90代まで年代別、男女別にどれくらい聞こえるか、低い音から高い音まで周波数ごとに分析し、それぞれの年代の平均的な聴力を割り出しました。

データをグラフにすることで、自分の聴力がどれくらいの年代に当たるか、同年代と比べてどれくらい低下しているか、受診した患者などに自覚してもらっています。

さらに和佐野 准教授はこのデータを使って大手補聴器メーカーと共同で、自分の聴力がどれくらいの年代に当たるか、「耳年齢」を手軽に測定できる検査システムの開発を進めています。

システムでは、タブレット端末につないだヘッドホンから出される高音から低音の3種類の音の聞こえについて答えることで、数分で「耳年齢」が表示され、音域ごとの聴力も同年代の平均値と比べることができます。

和佐野 准教授はこのシステムの使いやすさや効果を去年から検証していて、今月、東京 国分寺市で開かれた聴覚に関するセミナーでは20人ほどのお年寄りが検査システムを体験しました。

体験した多くの人では、「耳年齢」が実際の年齢に近いかやや悪いという測定結果が出されていました。

耳年齢が90代とされた79歳の女性は「大人数で話すとき聞こえにくさがあるのですが、悪いことを実感しました。1度、病院で診てもらおうと思います」と話していました。

また、年齢相応だという結果が出た83歳の男性は「自分の聴力は70代位かなと思っていましたが、80代前半という結果となって少しショックでした。自分にはまだ補聴器は必要ないと思っていますが、装置で悪い結果が出ると受診のきっかけになると思います」と話していました。

和佐野 准教授は「聴力は、周波数ごとに複数の結果が出るので視力検査などと比べて分かりにくく、耳鼻科医にとってもどの程度の結果なら補聴器をつけるべきか説明が難しかった。聞こえ方に問題はないと言う人でも聴力が年齢相応に下がっている人は多い。受診していない人は相当の数がいると考えられ、受診の敷居を下げられるようにしていきたい。耳の聞こえが悪いと感じたら補聴器に詳しい耳鼻科医を受診してほしい」と話しています。

◆聴力の低下 認知症の発症リスクが高まるおそれ

中高年で耳が聞こえにくくなることで、認知症の発症リスクが高まるおそれがあると指摘する海外の報告もあります。

 


イギリスの医学雑誌「ランセット」の委員会は2020年に発表した報告書で、認知症のリスク要因として、
▽うつ状態、
▽ケガによる脳の損傷、
▽高血圧、
▽肥満、
▽社会的孤立に加え、
聴力の低下 など、
12の項目を挙げています。

報告書では45歳から65歳の間に聴力が低下すると、認知症の発症リスクが1.9倍に高まるとしています。

聴力の低下はリスク要因としては最も高いものの1つですが、補聴器を使うことなどで対応が可能で、予防可能な最大のリスク要因だと指摘しています。

報告書ではアメリカなどで行われた複数の研究では、補聴器を使用することで認知機能の悪化を抑えられる可能性があるとする一方、補聴器が使いにくく効果を感じられていない人も多いとして、適切な使用を支援する必要があると提言しています。

 

NHK NEWS WEB2023年1月28日18時10分配信 より