小説ばかり
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食堂にて

昼休みである。僕は三人の友人と共に昼食をとっていた。今日のメニューは(メニューと呼べる代物であるかは微妙なところではあるが)「天津マーボー」である。普通の天津飯に麻婆豆腐をかけたもので、これがかなり美味なのである。値段も苦学生には嬉しい二百円である。僕は昼食のみならず、夕食までも「天津マーボー」で済ませることが多い。ここの食堂はかなり遅くまで営業しているので、授業が終わり一度下宿先に帰った後でもわざわざ食べに大学まで戻ってくることが少なくなかった。

「あの娘、もうちょっとでパンツ見えるぞ」

三人の友人のうちの一人、相原が目を細めて言った。こいつは普段からこんなことばかり言っているやつだ。この春大学生になったばかりだというのに、もう授業に顔を見せなくなっている。合コン三昧の毎日だそうだ。彼自身なぜか誇らしげにそう言っていた。

「見えたぁ」

興奮を押し殺すように彼は小さく叫んだ。他の二人も、どれどれといった様子で目を細める。馬鹿丸出し三兄弟である。

ある男の手記⑤

右目の機能を失ったそのウサギを見ているだけでもあの至福のときが容易によみがえってきました。毎日そのウサギを眺めうっとりとしておりました。これは後になってからお母様から伝え聞いたことでありますが、一人無表情でウサギ小屋の前にいつも座っている私をその当時の担任は心配したのだそうです。私はその当時からやはり無表情であったようです。まさに生まれながらの「土偶」であります。私は目に攻撃を加えるときに彼女がもだえ苦しむ姿に幼いながらもエクスタシーを感じました。その当時はもちろん気づいていなかったのでありますが今から思えばそれは紛れも無いエクスタシーでありました。彼女の右目を潰し、かなりの期間を私は観賞に当てました。それから左目はくり抜いておきました。目をくり抜く直前彼女は潰れた右目で私を悲しそうに見つめました。私はその様な目を見たとき、あぁ本当に気持ちがいいと思いました。そのときの私の感情はおそらく言葉で言い表すことはできないものなのです。私は国語の成績だけは満足できたことがありませんでしたので、語彙力は乏しいのですがおそらくあの感情を的確に表現できる日本語は存在しないでしょう。罪悪感、安堵感、満足感、虚栄心、性的快感。様々なものが混沌として私はその状態が非常に心地良くてそれを気持ちがいいという言葉でいまは表現しておきました。くり抜いた目はガーゼに包み木箱の中に大切に保管しました。今となってはその木箱の中にはあらゆる生き物の目が二百数十あります。身の回りにおいて採取可能の全ての生き物の目はこの木箱の中に保管されております。私はたまにこのコレクションを一つ一つ手にとって眺めます。そのことをしている時間は私にとって完璧な時間であります。完全無欠の状態。そのとき私は満たされており、それ以上何も欲そうとはいたしません。自分は今世界中の誰よりも究極のときを生きていて誰にも邪魔をされることなど無い。私は自分の生命を彼女たちの目の中に見出します。まさに彼女たちは私の命を映し出す鏡でありました。

ある男の手記④

 小学校低学年のころでありましょうか、私は自らの小学校で飼っていたウサギの目を潰したことがあります。そのウサギ小屋の近くには松ぼっくりの木から落ちてきたと思われる細い枝のようなものが落ちておりました。わたしはそれを使って金網越しに彼女のその汚れを知らない眼をつついておりました。彼女は恐れおののき、私から逃げようとしていましたが何せその小屋は文字通り小さいものでしたから、当然私の攻撃を避けることはできませんでした。休み時間になると私は毎日そこへ行き、その行為を繰り返しました。至福のときでありました。私はこのことをするためだけに生きているようなものだと思ったことさえありました。始めてから何週間がたったでしょうか、そのウサギの目は潰れました。かつては真っ赤であった目が、そのときには薄く濁った白色に変わっていました。目は半開きで人間で言う涙のような液体が彼女の右目の周りに付着しておりました。私はそのウサギに対してそれまでは執拗に右目ばかりに攻撃を加えておりました。そのときにあっては左目を攻撃することは私の中ではタブーであったのです。誤って左の目を突いてしまおうものなら、私にはものすごい罪悪感がのしかかり、この世で一番美しいものを汚してしまったという気にさえなりました。心の中で何度も何度も謝罪をし、もうこのような過ちを二度と繰り返すまいと誓うことでしょう。

ある男の手記③

 人間はつくづく欲望の塊であります。かく言う私も自分の欲の衝動を抑えられなくなることがしばしばあるのです。人間の三大欲は食欲睡眠欲性欲であると、何かの本で読んだことがあります。私にとりましてはしかしこの三大欲なるものは影を潜めておりまして、これらとはまたまったく別の欲望にとりつかれることがあるのです。私は他の男子が女子に現を抜かしている間に、または他の人々がケーキを食べたいだの言っております間にその欲望にさいなまれ、またその欲を満たすことは非人道的行為でありますから自らの良心、倫理観と必死に格闘していたのであります。それは愛する人をこの手に抱きしめて優しい愛撫を加えたいといわゆる一般的な人々が強く願う気持ちと本質的には何も変わりはありません。ちょうど中学生が煙草に手を出してみたりすることと同じことです。私は、生き物の目を潰したい。私にはそのような揺るぎようの無い欲望が、あります。

ある男の手記②

私は今やあの暗黒の日々から抜け出して大学生であります。両親とも医者でありまして、子供のころからいわゆる英才的な教育を受けてきました。その甲斐があり今春東京大学の理科三類、つまり医学部に合格することができました。それに伴いこの四月から東京で一人暮らしをしております。これを機にわが身を律して精進していきたいと思います。また東京大学は両親にとっての母校であります。そのこともあって両親から或いはご親戚の皆様方から私も強く強く勧められておりました。以上の経緯で私もこの合格を大変喜ばしいものであると思っております。私が合格できたのはやはり私に幼いころからすばらしい教育や躾を施していただきましたお父様お母様のおかげなのであります。本当に心から感謝の気持ちでいっぱいです。有難う御座いました。これからも一層精進してまいります。

肌寒さよりは心地よさが感じられる毎日が、ようやく最近になって続いております。入学の手続きもやっと一段落いたしました。教科書、参考書なども全て揃え四月から始まる授業に対する準備も万全であります。身の回りのものも一通り揃えることができました。下宿先の周辺での生活に便利な飲食店や雑貨店、書店等も大体は頭の中に入っております。合格から約半月。私の身の回りの雑多な手続きが全て完了いたしました。入学式まではあと十日もあるので読みかけの本を読みきってからあの憎き三人組の、まずは三好裕樹を処刑しに行きます。

ある男の手記①

「これからは、自分のやりたいことを好きなだけ目いっぱいやりなさい。そして、立派な大人になるのです」卒業式が終わり、最後のホームルームでの担任の言葉であります。そのとき周りのクラスメートは演出家に演技指導をされている新米役者のごとく真剣にコクコクとうなずいて、目に涙を浮かべていました。私はこんな光景は大嫌いなのです。いつもはぼろかすにけなし、呼び捨てにしていた担任をこんなときだけ崇拝するように見上げているクラスメートを見て、あぁ人間とはこうも感受性の強い生き物であったのかと冷静に分析してみたり感心してみたり呆れてみたりしていました。その後は冷ややかな目で偽善者達をただ眺めていました。冷ややかな目とは言っても、私は決して表情にはそれを出しません。私は常に無表情でおります。その証拠に、高校時代での私のあだ名は「土偶」でありました。それは明らかに私の外見上の特徴を暗に意味するものであります。無表情。私はこれだけです。私は自分以外の何者にも危害を加えるつもりはありません。無表情はそういった私の気持ちの一端を担ってきたといっても過言ではありません。しかし、世の中には色々な人間がいるもので、誰にも、ましてや動物や植物にさえ何の影響も及ぼさない私のこの表情をすることを心底嫌う人たちがおりまして、攻撃を加えられたこともありました。その攻撃、いや宣戦布告なしの一方通行的戦争と言ってもいいでしょう、或いはシンプルに拷問といってもいいでしょう、それは本当に筆舌に尽くしがたいものがありますので、その内容についてここで述べることは慎ませていただきたいと思います。ただ、どうか名前だけは挙げさせてください。相原、坂下、三好。この三人に私は攻撃を受けました。他にも数人不条理に、不当に私を扱うものたちもいたのでありますが、私が認識するにこの三人が主でありました。この憎き三人組がいなければ私の高校での生活はまだましなものであったことでしょう。彼らから初めて攻撃を受けたとき、慎重に慎重に私は今自分が採用すべき行動を考えました。その結果私がとるべきと判断した行動、それはただひたすらにその攻撃に耐え続けることでありました。毎日毎日良く耐えました。逃げも隠れもせずに男らしく本当に良く耐えました。