2025年年末、多摩動物園からオオカミ(スイ君、オス)が檻から逃げ出すというパニック映画そのものの報道が駆け巡った。

続報によれば塀のそばの植え込みを伝って脱走し、動物園正門そばでその日のうちに捕獲されたという。

 

年明け早々、私はくだんのスイ君のご機嫌伺いに多摩動物園にgo。

 

動物園の一番奥にオオカミの檻があった。動物園スタッフに聞くと、スイ君はすでに今まで通りの檻に戻されたという。

 

気になったのはオオカミの檻が園の1番はじにある事、オオカミの檻から正門まで植え込みやススキの生い茂る山道が続く事だ。

 

人間の足で20分強、そんな道のりをオオカミが一匹悠々と園内を移動した。オオカミが身を隠す場所は多々あったが、人間が避難できるようなレストハウスなど建造物はほぼない。

 

そんな山道で来園客がオオカミに遭遇したら大パニックである。

 

今回人間とスイ君が鉢合わせにはならなかったが、スイ君は植え込みから人間を見ていたのではないだろうか。

 

また、スイ君が正門まで来たのは、正門そばのレストランの匂いに釣られてのことなのか?

今回園内で捕獲できたけれど、数分発見が遅れたらスイ君が町に繰り出していた可能性もあった。

 

スイ君という可愛らしい名前ではあるが、間近に見る彼は顔がデカく、骨太で、猛獣と言っていい風貌であった。

 

死者が出なかったのは幸運な事であった。

 

多摩動物園は猛省せよ。








1970-80年代、日本鉱業と言う会社がコンゴに進出した。この企業は日立製作所や日産自動車と同グループだ。
社員の多くは単身赴任。コンゴの田舎、息抜きできる場所は多くはない。男性社員たちは現地の女性と結婚のまねごとをし、子どもをもうけ、現地で家を購入してコンゴ人妻子を住まわせたりと新婚ごっとだ。
しかしやはりサラリーマン、数年たったら日本へ帰国しなければならない。もちろんコンゴ人母子は置き去りだ。
50人ぐらいの日系の子どもが残された。その多くはケイコ ユキ ケンチャンなど日本風の名前を持ち、風貌も明らかにアジア人の顔だ。
取材に応じたのは32人
彼らは「(日本人の父を持つ)子どもたちの会」を結成し、日本大使館に父親を捜してほしいと交渉していた。子どもたちの会のリストに載っているのは約50人。そのうちの32人が朝日新聞記者の三浦英之氏の取材に応じた。

子どもたちの願いは父親に会いたい、それだけ。
三浦記者は帰国後父親たちを探すが、当然誰も名乗り出るものはいないし、記者に「今更父親を捜したところでだれも幸せにならない」と激しく糾弾する関係者もいた。
そりゃそうだ。父親はすでに高齢で日本の妻や子どもに介護されている者をあろう。
遺産というご褒美があるからこそ頑張れている家族のもとに、アフリカから「もう一人の子ども」を名乗る外国人が現れて認知を要求したら?
日本語は話せないから意思の疎通は難しい。それなのにしっかり遺産は要求。
家族としては地獄以外の何物でもない。
もちろんコンゴの子どもたちは父親が帰国した時から地獄であったろうが。

一人だけ確実に父親だという男性が見つかった。しかしすでに他界していた。父親はコンゴに残してきた妻子に日本の住所を教えていた。しかもその住所は日本鉱業の家族寮だった。つまり父親には日本に家庭があったということだ。

日本鉱業の承継会社は否定しているが、当時は会社も社員がコンゴで子どもをもうけている事実を把握していたようだ。
コンドームなしで女性を抱いて、その上子どもは捨てたのか。
 

先進国と発展途上国
男と女
大企業勤務と村娘
成人男性と未成年女子(14歳で日本人との子どもを出産した女性もいた)
圧倒的に日本鉱業の社員が強いではないか。
 

コンゴは父系社会で、履歴書には父親の出身部族の記載欄まである。そんな社会では異人種の血を持つ私生児が貧困と差別の中に放り込まれることは容易に想像できる。
実際長じて売春で生活する子どももいた。

日本鉱業の承継会社は
「調査の結果当該会社の社員がコンゴに子どもを置き去りにした事実は認められなかったが、人道的な見地から子どもたちに奨学金を支給する用意がある」
と何とも玉虫色の声明を発表。
 

 

 

補償金はあるに越したことはないが(その補償金というあぶく銭で子どもたちが変な方向に向かわないことを祈るが)、子どもたちが望んでいたのはただただ父親の愛情だったのに。
子どもができてしまったのは仕方ない。だったら最後まで責任を持って欲しい、妻子を日本に連れて来て日本で婚姻届を出すか、家庭を二つ持つ覚悟を決めてほしい。その覚悟もないのに新婚ごっこをしやがって。
中途半端な愛を持ったことに唾棄するほどの軽蔑を覚える。

 

 

 

川崎市長選投票日前日、私は川崎駅前で宮部龍彦市の演説を聞いた。
 

部落利権の廃絶、在日韓国人のための施設「ふれあい館」の管理者を他の児童館のように持ち回りで変更すると公約で掲げる宮部龍彦氏の選挙活動には多くの抗議が殺到し、その様子が動画で拡散されていた。
 

抗議団は「差別主義者!」「レイシストは出ていけ!」というヘイトスピーチとしか思えないプラカードを持参して宮部氏を取り囲み、ヤジを飛ばしては彼の演説を聴衆から聞こえないように妨害した。
 

更には神奈川新聞までもが

「    ◆おことわり 川崎市長選に立候補を予定している宮部龍彦氏については、経歴や出馬に当たっての主張に著しい差別的言動があり、差別が拡散する恐れがあるため、異なる扱いとしております」

と宣言。

民主主義国家たる本邦において、選挙権、被選挙権は神聖にして侵すべからずであり、すべての成人日本人に対して平等でなければならない。
それを「反差別」を訴える私的集団が演説を妨害したり、客観性が担保されているであろう報道機関が「異なる扱い」を公言したりと、もはや民主主義が機能していない有様だ。
 

選挙を妨害する奴はなんびとたりとも許せない。
 

私は神奈川新聞を呪詛する文言を並べたプラカードを持参して川崎駅前に降り立った。どこかで神奈川新聞のクルーを見かけたらわざとらしくプラカードを広げてやろうかしらと思いながら。
 

動画で見た通り、いや、それ以上多くの抗議団が宮部氏を取り囲んで汚らしい言葉で彼を罵倒していた。
集団で宮部氏をリンチしているようにしか見えない。

 

抗議団の中で氏は携帯でどこかに(多分警察)に電話。
「けっ、自分が差別しているくせにいざとなったら警察に頼るのかよ、だっせー」
抗議団から哄笑が起こる。私は抗議団の後ろから叫んだ。
「宮部さん頑張って!」
抗議団がぎょっとした顔で私に振り向いた。あんたらまさか天下を取ったつもりでいたわけ?宮部さんに同調する差別分子はここにもいるんだよ!
選挙の自由を奪う奴は許せない。
 

私は自分の立場を鮮明にするため、神奈川新聞への呪いを書き連ねた電波系プラカードを広げた。
そこへ何と、神奈川新聞の有名記者、石橋学氏が目の前に現れた!
流れでプラカードの写真も撮って頂く。
 

いや、そりゃあ、神奈川新聞の写真にこのプラカードが映り込めばと望んでいましたよ、でもここまで真正面から撮影してもらえるとは。
「そのプラカード、コンビニで印刷したの?」
と石橋記者。
「はいそうです。こういうもの好きも世の中にはいますからねぇ、あはは」
と私。
 

投票日前日はどの報道機関は忙しいはずだ。それなのに神奈川新聞はぽっと出の、いわば泡沫候補の宮部氏を取材する余裕はあるのだろうか・・・。

石橋記者の上司はもっと受かりそうな候補を取材して来いと怒らないのだろうか・・・。
 

不思議な新聞社である。

見ると宮部氏の周りはロープが張られていて、30人ほどの支援者はロープ内に入れてもらえる。私も内部に入れてもらった。ちなみに抗議者・妨害者は同数か、すこし多いぐらい。
 

「これから差別主義者の演説が始まるぞー」
抗議者があざけるように叫んだ。
「聞きたーい!」
と私も叫んだ。支援者から笑い声が起こる。
黙っていたら神奈川新聞が「宮部氏のもとに抗議の声殺到!」と報道されるだけだ。(もちろん投票日翌日の神奈川新聞は支援者がいたことは一切報道しなかったが)
 

応援弁士は浜田聡元国会議員。父親は浜田幸一氏(あの有名な千葉のハマコーとは同姓同名の別人)。
聡氏は「私は統一教会はそんなに悪い物だと思っていません」
と唐突の宣言。あー余計なことを・・・。
 

後日宮部氏は動画で統一教会について言及。
「浜田聡さんは統一教会への行き過ぎた規制に反対している。統一教会というよりも勝共連合にかかわりが深い。私は別に統一教会ではありません」
 

チベット支援の場でも勝共連合の名前は目にする。
中国共産党への強い抗議はありがたいのだけど、いかんせん統一教会のイメージが悪すぎる。


浜田氏の演説中、ヤジで妨害する男に浜田氏は

「聞く気がないなら帰りなさい!」

とぴしゃり。小学校にも妨害者たちに似た児童がいたわ。もれなく学習障害や知的障害があったけれど。

おーと、差別発言、ごめん遊ばせ。

さて選挙の結果は

候補者6名中、宮部氏は第3位。
ぽっと出のユーチューバー新人候補が3位である!得票率9・29%!
宮部氏は再来年の川崎市議選への出馬も検討している。
彼が市議になったら少しは世の中が変わる。
少なくとも部落や在日コリアン問題の前に委縮してしまう風潮に大きな風穴を開けるだろう。

何が差別かの定義も決めないうちに、自分たちに都合の悪い意見は差別、差別と騒ぎ立てて集団で潰しに来る、それがまっとうな民主国家の姿だろうか?