TOMORROW NEVER KNOWS | MIDNIGHT EXPRESS

TOMORROW NEVER KNOWS

 帰宅後シャワーを浴び、缶ビールをグビグビっと飲んでプハーなんてお決まりのセリフを吐いている時玄関のブザーが鳴った。
 インターホンの受話器を取る
「はい、どなたですか・・・」
5インチのデスプレィに女の子の顔が浮かんだ。
「あのー、ちょっとお時間ありますか・・・」
何かの勧誘だろうか・・・彼女は所在なげに辺りを見回している。
「いや、帰ってきたばかりで・・・これから持ち帰った仕事もあるしね、他をあたってよ」
随分丁寧な自分にやや苦笑した。彼女がかなり可愛かったからだろうか・・・。
「ほんの少し私に時間頂けませんか、実は私探してるんです・・・」
ほんとに新手の勧誘だと思った。インターホンを切ればよかったのだ。
 受話器を置きさえすれば、事は済む。しかし、何かが僕を躊躇わせた。

 「探しものならお門違いだよ、どこか、ほら警察とか、探偵とか、それ専門がいるでしょ」
「いえ、私の探しているものはそういうとこじゃ恐らく多分見つかりっこないものだと思うんです」
「専門家でも見つけられないもの、なぜ僕に訊くわけ・・・」
「勘みたいなものかな、私の、ほら第六感みたいな・・・」
ほんとにこれが何かの詐欺の勧誘なら、新手の詐欺という他ない。デスプレィに映った彼女は悪びれる様子もない。
「とにかく、そういう類のものには関わらないようにしてるんだ、これで失礼するよ・・・」
「ち、ちよっと待って・・・貴方、今、ピ、ピザ頼んだでしょ・・・隣にピザハットの子いるんだけれど」
 横からいつものデリバリーの男の子が顔を出した。
「毎度さまでーす、お待たせしましたあ、ピザハットです、ピザお持ちしましたあ」

 と、言うわけで僕はなぜだか見も知らない彼女を、部屋にいれ、こうして、生ハム&トマトのモッツアレラチーズのピザを食べているわけだ。
「で、食べたらすぐ出てって欲しいね、何かの勧誘ならお断りだ・・・」
彼女は僕の言葉など意に返さず、缶ビールをグビグビっと飲み、ピザを美味しそうに頬張っている。
「・・・勧誘なわけないでしょ、なぜ貴方は私が何かの勧誘だと思うわけ?」
「だって、こんな時間に君みたいな子がわけの分からないこと言って・・・」
彼女は僕の言葉を遮り、僕の顔の前で人差し指を大袈裟に左右に振った。
「ツツツ、貴方がちゃんと最後まで訊かないからよ・・・大体勧誘ならわけ分からないこと言って煙に巻くと思っている貴方の認識が間違っていると貴方考えたことないの」

 どうなんだろ、この展開何かがおかしい・・・しかし、中々可愛い顔してる。ノバチェックのブラウスの胸元に視線がゆく。
ピザが喉を通過する度にティファニーのビーンズが胸元で揺れている。
上目遣いに見上げると、ピザをぱくついている彼女の視線と絡んだ。
「で、品定めは済んだ・・・全く男ってみんな同じね」
「男ってみんな同じってどういう意味だよ、大体、見ず知らずの君を部屋に上げたのが間違いだったよ、デリバリーの子が怪訝そうな顔をするから仕方なく部屋にいれたけれど、なぜビール飲んでピザまで一緒に食べなきゃならない、こっちの方が絶対おかしいだろ」
「問題を摩り替えないでよ、私を見てたでしょ、胸とかじろじろ見てたでしょ、その事を言ってるわけ」
言いながら彼女は、缶ビールの缶を潰した。
立ち上がり、冷蔵庫に向かい、缶ビールを手にして戻ってきた。
 プルトップを慣れた手つきで開け、一息飲み干す。
「プハー、私はまゆ、まことの夢と書いて真夢、貴方は・・・」
唇にビールの泡が少しだけ残っている。
「ええと、健太郎だよ・・・川端健太郎」

 「川端健太郎かあ、じゃあバタって呼ぶことにするわ、ああ私のことはマユでいいよ。みんなマユって呼ぶしね」
 何となくだが終わりにしたくなかった。
奔放な彼女に引き摺られる心地よさを楽しんでいた。
この結末っていったい・・・。
いつものように一人で夜遅く食べる食事の味気なさを充分知っていたからだ。
 しかし、見も知らぬ彼女のペースにはまっている自分に腹立たしさも覚えていた。
「ビールもう一缶貰っていいかしら?」
「お好きに・・・」
彼女を無視してCDのリモコンに手を伸ばし、>PLAYボタンを押す。

 バッハがJBLから溢れ、心を満たした。
「ふーん、アリアかあ、わりと月並みな趣味だね。タバコ貰っていい、切らしちゃった」
僕の返事を待つまでもなく一本咥え、慣れた手付きでジッポで火を着け、美味しそうに煙を天井に向けて吐き出した。
 煙はG線上に絡まりゆっくりと消えていった。
「で、仕事は何をしてるわけ?バスキアとか、ホックニーとか飾ってるけど・・・」
「あのね、僕に答える義務があるわけ?食べ終わったら出てって欲しいな、なんの悪戯だか知らないけれど、いい加減にして欲しいね」
「だからあ、探しにきたって言ったでしょ、ピザを付き合ったのはあくまでも副次的なものよ、本来の目的じゃないの」
「じゃあ、早くその探し物ってやらを見つけてだね、とっととここから出てってよ」
「とっととって何よ!トトロじゃあるまいし。貴方見かけによらずけっこう意地悪なのね、そんな風には見えなかったけれど・・・」

 彼女の視線が僕を見つめていた。笑は消え、真摯に、まるで心の中まで見透かされているように強く、力に満ちていた。
「教育大の二回生よ、造形芸術専攻のね、かなり優秀だって貴方誉めてくれたわ」
大きな瞳に浮かんだ自分を眺めていた。そういえば彼女のその瞳におぼろげだが見覚えがあった。
「まだ、思い出せない? そうか、初心で、純粋な女子大生の心を弄んだだけなんだ」
そう言うと大袈裟に彼女はタバコを灰皿に揉み消した。
僕はソファから立ち上がりゆっくりと彼女を見つめ返す。
「弄んだって言い方、可笑しいだろ!恐らく君とこうしてこの部屋でピザを食べるって行為は初めてだし、よしんば、何処かで僕たちが会ってたとしても、君を知らないんだよ・・・僕は」
「よしんば?ふーん、よしんばねえ、わりと古風なのね・・・ははは、よしんばなんてねえ」
缶ビールをお代わりするように彼女は僕の怒りなど無視して缶を振った。

 反射的に冷蔵庫から缶ビールを取り出し、彼女に渡す。
いったい全体、なんなんだこの従順さは・・・こんなに馬鹿にされ、ピザまでご馳走し、缶ビールも四缶目だってのになぜ僕は彼女を追い出せない?

 よりによってこんな日に限って冷蔵庫には買い置きの缶ビールがたっぷりとあるじゃないか・・・そして彼女はピザの残りの一切れを摘んでいた。
「Dマイナーの気分でしょ、トッカータとフーガのね、ははは・・・」
「確かにね・・・ははは・・・」
つられて笑ってる僕がいた。ピザを頬張っている彼女があまりにも純真で無垢な気がしたからだ。
彼女の方だって、こんな時間に男と二人で一つ部屋にいるってこと、疑いもしないのだろうか、
 それほど、僕は無害な奴に見えるんだろうか・・・彼女にしてみればだが。

「一年前、貴方講師として大学に来てたでしょ、コンピューター・グラフィックスの講義でね・・・」
思い出した。確かに教育大学に仕事で知り合った担当教授の紹介で講師をしたことがあった。そうか、彼女はそれを履修していたのか・・・。
「思い出したみたいね、貴方、誉めてくれたのよ。コンピューターの才能は無いにしても美術の才能は有り余るほどあるってね、貴方ほど率直に私を評価してくれたのは私の二十年間の人生で初めてだもの」

 ソファを立ち上がり、彼女はゆっくりと僕に近づいてくる。
背が高い、僕よりほんの少し小さいだけだ。脚が長い、スリムなジーンズが似合ってる。栗毛色の髪が肩よりもほんの少し長い。ふっくらとした唇が別の生き物みたいに動いている。
 「これエクステンションよ、今日のために着けてきたんだわ」
僕の視線に気付いて彼女が言った。
「でも、だからと言って、なぜ今日君が僕の部屋のベルを鳴らさなきゃならない、君とクラスで会ったのだって一年も前のことだろ」
「それだけじゃないわ、何度も会ってるわ・・・現代アートの展覧会とか、シャガール展とか、何度も、何度も会ってるわ」
 そして、彼女は僕の腰に手を回しながらこう言った。
「運命を感じたのよ・・・川端健太郎君」

                         

「ち、ちよっとまってよ・・・何がなんだか僕には・・・」
「いいから、話が終わるまで抱きしめててよ、腕二本余ってるんでしょ、ギユッと抱きしめててったら!」
 彼女の吐息すら感じられる距離・・・さあ、どうしたもんだろ。
「酔ってんだから・・・そうじゃなきゃ、言えないことだって、言えるんだから・・・」
言ってることが支離滅裂だ。悪酔いする性質らしい。
迷っている僕にお構いなく彼女は僕の腕を取り、自分の腰の辺りに巻きつける。
「バイトでね、受付やってるのよ・・・近代美術館のね、で、貴方は何度も私の前に姿を見せるの。
話し掛けようと何度も思ったけれど、貴方いつも誰かと一緒で・・・」

分からない、僕は・・・とにかく彼女を抱きしめていた。
 「一応これでも社員十二人を抱える企業のウエブ・デザインやってる会社の代表だからね、名目上はね・・・勉強を兼ねて、社員連れて美術館にはよく行くけれど・・・」
 「そうね、偶然よね。でも、三ヶ月前にね・・・高校ん時から付き合ってた彼氏にふられたの、もう我慢できないって・・・私のこと一番理解してくれてた筈なのにね・・・私と彼とのこと、ビデオで取ったり、デジカメで記録したりするのが私にとっては作品なのよ、私自身を記録して、観測して、内面を曝け出して理解したかったの、客観的に自分を見つめるために必要な作業、行為だった・・・」
 いつのまにか彼女は泣いていた。僕の胸元がほんの少しだけ濡れた。
やはりここはどんな疑いや、わだかまりがあったとしても、彼女を抱きしめているべきなんだろう。
 恐らく、多分、きっと、そうなのだ・・・。
「・・・彼が吐き捨てるように言ったの、最後にね、大抵のわがままは我慢できる。そして、してきた積もりだ、けれど、僕とのセックスまでビデオを回す意味が分からない、うざいって言って、出てったのよ、それっきり・・・音沙汰なし・・・」
 しゃくるように彼女は泣き、僕の背中に回された腕に力がこもり、そして、更に泣き続けた。
「・・・その後のことはよく覚えてないの、休みたかったけれどシャガール展の初日だったからフラフラしながら美術館のバイトに行ったことは覚えてるし、そして、貴方が仲良く彼女と手を繋いでジャガールの絵を見てるのを私はずっと馬鹿みたいに眺めていたんだわ」
 受付の彼女のことは覚えていなかったけれど、シャガールを見に行ったことは覚えていた、何しろほんの三ヶ月前のことだ。
 「帰り際、貴方彼女を先に帰して私のとこにきて言ったのよ・・・覚えてない?」
僕を見上げる彼女の瞳から更に涙が溢れた。
 大きな瞳から溢れる涙は世界の果ての淵から流れ落ちる滝のように僕を包み、翻弄した。
いつのまにか彼女の髪を撫ぜ続けていた。昔からの恋人のようにただ撫ぜ続けていた。
「私に向かって言ったのよ。今日の君はまるで一日中泣いてたみたいだね、腫れぼったい瞼は恋に悩むベラのようだよって・・・私に言ったの」
 心地よい沈黙が支配した。言葉通り言い終わると彼女は僕から身体を離し、泣き止み、崩れるようにソファに座り込んだ。
「正直に言うと、君に言ったことはよく覚えてない。言ったかも知れないし・・・シャガール見に行った子とはとっくに別れたよ」
「それって慰めてるつもり?弄んだ言い分けのつもり?あはは・・・」
「だから、その弄んだって言い方はよくない。多分、君の状態がよっぽど酷くて声を掛けずにいられなかったんだろう、きっと・・・」
 
 僕らは多少の酩酊気分でタバコをチェーン・スモークし、そして、お互いをまじまじと見つめ、笑いあい、更にイタリア、トスカーナ産のブラック・ベリーの香りのする赤ワインを半分ほど開け、彼女のリクエストでシベリウスのピアノ曲に耳を傾け、僕の出した生ハムを美味しそうに食べ、満足気に小さなゲップをし、千鳥足で二、三度トイレに立ち、更に、取り留めのない話を交わした。

 「帰るわ、なんだかすっきりしたし・・・」
唐突に彼女が立ち上がり言った。
 仕事が残っていた。もうすぐ、明日になる時間だった。
引き留める理由は見当たらなかった。
「タクシー呼ぼうか・・・」
「いいわ、ここなら歩いていればすぐつかまえられると思うし・・・」
「送ってこうか、深夜だし、君はかなり酔ってるし、タクシーがつかまるまでさ」
「ふふん、少しは私のこと気にしてくれてるのね・・・送らせてあげてもいいけれど、貴方の返事次第ね」
「・・・どう、返事したらいい・・・」
「また、会えるかな私たち・・・」
「弄ぶなんて言葉を使わなきゃね、携帯の番号書いといたよ・・・」
受け取る彼女の笑顔が心地良かった。マユの事を好きなのかも知れない。
「やっぱりここでいいわ、送られるって好きじゃないし、苦手なの・・・離れたくなくなるし」
何か言いたそうにマユは玄関のドアの前に暫く突っ立ていた。
「私の片思いは終わった・・・?」
「うん、恐らくね・・・興味深い性格だからね、楽しそうだ」
「サヨナラ・・・」
「ああ、気を付けてね・・。サヨナラ」
彼女がドアを閉める時、僕は彼女の背中に声を掛けた。
「ところで探し物ってのは何だったの・・・見つかったの?」
「ええ、ちゃんと見つけたわ」
振り返り僕に近づき頬にキスしながらマユが言った。
「明日を探してたの、私の明日、そして、貴方と一緒の明日をね・・・」


             ・・・了・・・