のーすているよもやま日記 -32ページ目

のーすているよもやま日記

その日のできごと、思いついたこと、ぼちぼちと書いて行きます。

今日は私が以前、所属していた実家の町の合唱団の1年に一度のコンサートの日でした。

今年もまた、そのコンサートの司会をさせていただき、私自身かなりダメ出しはあり反省ですが、

合唱指導の先生、合唱団のみなさん、楽器演奏者のみなさん、コンサートスタッフの皆さんの素晴らしいご活躍で、大きな拍手を観客の皆さんが送られていました。


このコンサートの司会をさせていただくことになって4回目


そのたび、実家の父は、私が司会をするところを見たがります


でも、私はかたくなに、恥ずかしいからあかん!!

と言っていたのですが、一昨年、コンサートに父を招待して、私が歌うところよりも司会をするところを見に来てくれました。


今年も、

「見に行きたい」

と言ってくれていたのですが、


やはり恥ずかしくて...


コンサート会場に行く前に、実家に立ち寄り、10時半に会場に行こうと思っていたら、

さっきまでいた父が単車に乗りどこかへでかけてしまいました。


実家をあけることできないし、10時半にはいくっていっていたのに、いったいどこへ行ったんだろうと

ちょっとイライラしていたら、父がスーパーで買い物してきてかえって来ました


「今から、行くんやろ。これもっていって、向こうで食べ」


と言ってスーパーのから揚げ弁当を渡してくれました。

合唱団の方からお昼ご飯のこともうかがっていたのですが

,父からのお弁当を受け取り、

なんだか泣きそうになりました




司会はすごく緊張するし、父がいるっていうだけでよけいにと思うと来てほしいと言えませんでした。


コンサート招待したらよかったなあ



コンサートが終わって実家に電話し、

無事にコンサートが終わったこと、お弁当のことを御礼言いました


「実はな、コンサートいったで」


コンサート会場と父が大好きな図書館は併設していて、

図書館に行くついでに、会場に入り、少しの間いたそうです。


父が来てくれていたことホッとしました

「ありがとう。きてくれたんやな」


「お前が司会しとるとこみたで。せやけど、お前マイクももたんと司会してたから、全然聞こえへんかったぞ」


補聴器もつけずにコンサート会場を覗いた父


私は今日はピンマイクを付けてもらって司会してました。







1年ぶりに、酒粕で酵母をおこしてパンを作りました。


冬場と違って3日くらいで、水と酒粕とはちみつを混ぜておくと発酵します。

その液と、粉を混ぜて種を作って、やっとパンをこねる事ができるのですが、何日もかかってできて食べてみると酸っぱい


漬け物を食べているかのようで、

それでもなんか癖になるのですが、自分しか食べれないパンになったのでパン粉にしました。


何も知らない主人は

「今日の、アジフライ美味しい」

と言ってました。


発酵途中で、酢酸菌や乳酸菌も加わってしまうからだとか、ネットでそんなことちらっと見ました。


それじゃあ、酵母の種を作らず、パンの材料に酵母液を入れて作る、ストレート法はどうかとやってみました。


土曜日の夕方18時に食パンと、ベーグルを捏ねました。

寝る前になってもちょっとしか膨らみません。夜中も目が覚めてみたのですが、変わりませんでした。


朝になって、ようやく、膨らんで、パンを成型して2次発酵したのですが、

これが夕方になってもどうも、大きくなりません。


諦めて焼いてみました。


ベーグルはそのままの大きさのまま焼けました

少し食べてみると、甘味がありもっちりしていました


食パンは焼いていると膨らんでくれましたが、イースト菌で作るようにはいきません。

でも、

もっちりとした甘味のあるパンが焼けました。

かみしめるほどに甘味があります


ただ、パンの焼けるいい香りがしません。

酸っぱいパンになりましたが、種を混ぜて作るパンの方が、香りは最高です。

イースト菌で作るいつものパンもいい香りがします。


味はいいんだけどなあ


もっとしっかり本を読んでまたチャレンジしてみます




明日、会社の人と食べようと思って焼き菓子作りました


自家製マーマレード入りです





主人が明日退院することになりました。

長引いた入院でしたが、松葉杖なしで退院でき、退院後も激しい運動をしなければ大丈夫です。

ブログで、嘆いてばかりで、そのたび励まされ、ご心配をかけて申し訳ありませんでした。

そしてありがとうございます

主人が退院する前にホームセンターでハーブの栽培セットが100円になっていて購入したのですが、入院中はなんか育てる気にもなれず、

退院して晴れた日から育てて行こうと思います。

2か月半続いた半分独身生活、家事が半分で済み、いつもリモコンを占拠され、テレビを見ている途中でバチバチと番組を変えられ、仕方なく番組を見ていて、慣れてきたころにまた変えられ、「これからどうなるんでしょうか」といいところで主人が興味なければバチッと変えられ、テレビを見ながら、リモコンを握りしめ寝ていて、そーっとリモコンを取ると

「見てるよ」「起きてるよ」と言われ、

三姉妹で、チャンネル争いして、見たい番組を言うことがどんなに勇気が要ると育った私には、目の前で勝手に変えられることがいまだに信じられず、明日からテレビを落ち着いて見られなくなりますが、時計の音だけが聞こえてくる夜中に、何かいるのではないかと思わなくて済みます。

主人のいびきはそれはそれは大きく、新婚当初は主人より早く寝ていましたが、夢の中で、そのいびきが原因で、

「なんか変な音がする」と不安になっている状況も多々あり

以前住んでいたハイツで、隣の住人がかなり恐縮されて

「ご主人いびきするの?」

と聞かれた事もあり、

主人の実家で、夏に網戸をしていて寝ていたら、

私たちの寝室と階段挟んで離れた部屋で寝ている主人のお母さんが夜中に

恐る恐るドアをノックされて

「いびきがものすごい聞こえてくるねん。窓しめないと近所迷惑になるよ」

と言われたこともありました。

私も幾度となく主人のいびきで起こされたこともあり

グーグーではなく

ゴォォォォーゴォォォォー


となり響くので


「やかましいですよ。」と囁くと


突然、「コッ」

となり、しばらくはおさまり、また大音響

しまいに、

「うるさいねん!!」

と怒ると、反省するのか、鳴りやみ、そのうちに私も寝てしまいます。


慣れというのは恐ろしいもので、

今では主人のいびきも気にならなくなり、すっかり忘れていました。


主人が入院して1か月半経った頃再手術があったとき、手術の間部屋で待っていたら、

隣のベットの人がひそひそ声で奥さんに


「俺も、いびきかくけど、あれはすごいで」

と聞こえてきました。


しまった!!


主人が入院している間、同じ部屋の人が、別室に移ったり、同じ部屋なのに隣のベットの人が

主人と対角線上に移ったりしました。

いびきが原因ではないと思いたいです。


慌てて、いびきテープを買って対処しました。


大部屋にいると、小言や、愚痴を繰り返す人が数人いて、主人は逆に看護師さんから

「もっと、言ってくださいね」

と言われていたので、おとなしい患者ではあったと思いますが、

御互い様でした


明日からもう通わなくていいので、やれやれ


また別のやれやれが始まる

これまた、私も主人もお互い様


この2か月半は普通になっていたけど

また明日からの生活も一気に普通に戻っていくんだなと思います




約4年ぶりに、以前お世話になっていた結婚披露宴会場からの依頼で司会をすることになりました。

その披露宴会場は私が2月まで働いていた、職場がある街です。

仕事を辞めたとき、もうこの街に来ることはないなと思ってました



前職の就職が決まったとき、友人から

「あんたは、その街に縁があるんやな」

と言われたことがありました


披露宴会場は、経営者が変わってから、全くおよびがかからなくなりました。

ところが、また経営者が変わり、たまたまその日は他の司会者が都合つかないからと

お声をかけて頂きました。


久し振りに会場に行くと、以前事務所があった場所も変わり、打ち合わせ室も雰囲気が変わっていました。

懐かしさよりも、こうなるんだあと感心してました。


スタッフさんとすれ違ったので、こんにちはと挨拶すると、

御互い「あっつ!!久し振り!!」

何年振り?またよろしくねって、時間あいていたのに一気に戻った感じがしました


披露宴の司会は数年ぶり

いざ新郎新婦と交えて打ち合わせとなると

今までしてきたことは身についているけれども鈍くなってました


今月26日が披露宴

それまでは、しっかり練習して、当日に臨みます。


私に依頼くださったブライダル担当さんとランチしながら

「2月末まで、市内の○○で働いていたよ」

と言うと、

私が仲良くしていただいた方とつながってました


過去に私は、働いていた施設の職員さんの披露宴に2回携わった事がありました。

大きな街だけど、狭いものです。


私がこの会場でお世話になっていた最初の経営者の方は一生懸命過ぎて、司会者にもそれを求めてこられ、しないと怒られ、他の会場と同じことをしていたら物足りないと怒られ、泣いたことも、もうあの会場には行きたくないと何度も思ったりしたのですが、その経営者のおかげで、度胸よりもくそ度胸がつきました。厳しかったですが、可愛がっていただきました。

まさか、私が働いていた施設で、理事をされていたとは。お会いした時はびっくりでした。


もし、今回披露宴の仕事がこなかったら、

この街に私は2月末までの思いを残したままになったかなと思います。



色々あった事は忘れて、

この街で沢山の素敵な人と出会えたこといい思い出ができたこと

そちらの方が私には大事な事だなあと思いました。