のーすているよもやま日記 -2ページ目

のーすているよもやま日記

その日のできごと、思いついたこと、ぼちぼちと書いて行きます。

年齢も還暦に近づいてきているし、仕事も体力が必要ともあり、43歳から続けているマラソンも練習もせず、なのに、大会のエントリーだけは、以前と変わらずしています。

毎年エントリーしていた、堺市スタート、泉佐野市ゴールの泉州国際マラソンが今年は開催されず、大好きな大会なので意気消沈しましたが、

大会は、あちこちで行われるので、何ヵ所かエントリーしました。昨年、友人が東京マラソンを走り、一度は東京走ってみたいなあと、憧れながらテレビを見ていました。

東京は、エントリーしてもなかなか当選しない大会

当たるわけない、東京が田舎者の私を呼ぶわけないなど卑屈になりながらも、周りのランナーがエントリーするから私もとエントリーしたら、

東京がCOME ON!と言ってくれました。


東京は、35年ぶりかな?

会社の友人とディズニーランド、東京、横浜と、旅行をし、田舎に必ず○○銀座があるので、本当の銀座を歩き、浅草で憧れのもんじゃ焼きを食べたけど、小さなコテで押さえて焦がしながら食べる事を知らず、あっという間に食べてしまったり、話題の聖子ちゃんのお店に行き、「高いわあ!」と何も買わずに出てきたり、せっかく東京に来たのに疲れはてて、夕食はビジネスホテル近くの居酒屋、村さ来で食事を済ませたり。後日、職場でなんで、東京にいったのに、そこやねんと笑われましたが。

中学の修学旅行で行った東京の時より、自分は二十歳をすぎて大人になっているから、15歳とは違うと思いながら、私は成長してなかった。


今回は、大会の翌日、一緒にいく友人セレクトの、ここにいけるんだ!と素敵なところを観光します。楽しみ!


私は、ずっと憧れていた、桜中学通学路、オープニングのあの場所を言おうとしましたが、

そこはまた、次回


まずは、残された日数で少しは走らないと

3年前、介護士目指してからずっととまったままのブログでしたが、

また、すこしずつ投稿していこうと思います。



三年前に初任者研修を受け、

1年半訪問介護の仕事に携わり、現在は特養で働いています。


介護の仕事がしたい!と心に決めるきっかけをくれた父


父が身体を弱くして福祉、医療に携わる皆さんのおかげで

父は旅立つ直前まで精一杯生きることができました。


感謝しかありません。


父を思い出し、笑ったり涙したりしながら、

すこしずつ父への思いや、日々のこと投稿したいです。


父が旅立ち

100日が過ぎました。


ご住職さんが、

お亡くなりになり100日は、

世間では、泣くことから卒業しする意味がある卒哭忌と言いますが、まだまだ思い出して、泣いていいんです。と仰いました。


父が旅立つまでに、幾度も施設や病院から連絡があるたび、いよいよ覚悟しなきゃいけないかと思ってたくさん泣いたからか、旅立ってからは

大泣きすることもなく、普通に日常生活を送っています。

とは言うものの時々、車の運転中、父を思い出しては泣いていますが、すぐ泣き止み、

さびしいのは我慢できる

もう、お父ちゃんはもうがんばらなくていいからと

思い直すを繰り返しています。


すこしずつ、泣いているから、泣くことから卒業するのはまだ先かな?


しょっちゅう、残された母、私、妹ふたりに


「お父ちゃん」とあちこちで泣き叫ばれて側に行ってるのかもしれません。


そろそろ泣くことから卒業してくれないと、忙しいてたまらんわとぼやいている父を想像すると笑えます




久しぶりのブログになります。

 

今年4月に無事に引っ越しでき、新生活スタートし、落ち着いたころ6月に、実家の父が事故を起こし、相手の方に大変なことに遭わせてしまいましたが、1週間の打撲で、電話をしたとき、ご自身の事よりずっと父を心配してくださったり、事故を起こした時、周辺のお店にも色々迷惑をかけたのですが、救急車を呼んでくださったり、世話をして下さったり、ここにこれがあったから、こういう状況だったからという事故が大きくならなかったと教えて頂きました。事故でエアバックが開き、父は胸骨と鎖骨を折り3か月近く入院し、退院後は介護のお世話になろうと申請をしました。介護度4が認定されましたが、父は施設に入所よりも在宅で過ごしたいと願い、ケアマネージャーさんにプランを組んで頂き、訪問介護、訪問看護、デイサービス、介護用品のレンタルを利用させて頂くことになりました。

父が退院してきた日、弱った父を支えていく不安しかなく、パニックになっているのに、次から次へと、父を支えてくださる方々がお見えになり、説明、契約をかわしていくうちに皆さんと一緒にいるとなんだか楽しくなってました。父も笑ってるし。

 

介護4といっても、まだ歩行器を使って歩けるし、トイレにもいけるのですが、ベッドで生活をすることが楽だと思った父は、台所に食事の用意をしていても玄関に新聞が届いていても取りにもいかず、食事も私が口に運ばないと食べないししかも少量だし、心配で毎日実家に行きましたが、9月23日の定期健診で、体調を崩している事がわかり、再入院になり今にいたっています。

 

20年以上前に、私の母が若年性の認知症になり、デイサービス、施設入所となり、今は重度の認知症にまで進行しましたが、元気に暮らしています。母が介護のお世話になったとき、介護保険のありがたさや、介護に携わる方々に感謝しかなく、入所となると、母が家を離れて生活することを認識できないままで、胸が痛かったのですが、今はお願いしてよかったと思っています。

 

そして、今年、父が介護保険のお世話になり、父より、私が助けられたと思いました。

父に入ってくださったケアマネージャーさん、訪問ナース、訪問ヘルパー、福祉用具をレンタルの方々、皆さんと触れ合っているうちに、

なんやろ、このあたたかさはと、私も介護の仕事に携わりたいと思うようになりました。

 

父が退院してから、警察の現場検証につきそい、被害者の方にお会いし、元気なお姿で、安堵しました。その時、着ていたポロシャツが父がデイサービスでお世話になっている施設の名前が刺繍されていて、退院してきた父の姿を見て喜んでくださいました。

訪問ナースの責任者の方が、小学校の同級生だったり、そして、父の担当日ではないのに、「心配だから」と父を訪問くださったりごはんを届けてくださった訪問ヘルパーさん。

これだけいいご縁とめぐりあわせにあったら、もうこの仕事進めってことやと思い、10月末から、初任者研修の講座を受けています。

 

資格を取ったら、父のためによくしてくださった、訪問ヘルパーの方についてお仕事をさせて頂こうと、お願いをしました。

「まずは、見学においで」

と言って頂き、ひとり暮らしの高齢者、お子さんがいらっしゃらないご夫婦へ同行させて頂き、

人が老いる事、両親以外で、目の当たりにし、自分自身かなり堪えましたが、

「どうやった?」

と聞かれて、「絶対資格とります」と言いました。

 

 

父の訪問介護を担当してくださった方が、

「本当は、あなたのお父さんの話が来た時、利用者を抱えていて、御断りするはずだったけど、なぜかできなかったんよ。」

 

といわれ、まるで占い師に「それは運命や」と言われて喜んでいる状態ですが、

来年、今の職場を退職し、引継ぎも大変だけど、これからお世話になる事のために、いまの職場の事

お世話になったという気持ちで、辞める日まで頑張ろうと思います。

 

 

 

2月に引っ越し予定でした。

引っ越し先は友人のご両親が貸してくださるおうち。

当初、1月中に住んでいらっしゃる方が出ていいく予定でしたが、3月いっぱいまで待ってほしいとのなり、引っ越しは4月半ばになりました。

ひっこしできるとわくわくしすぎていたので、ひょっとしたら、これってなんか足止めになっているのなんて考えてしまい結構へこんでいました。

が、

1月末に、主人がインフルエンザにかかり、私は、ワクチン接種していたのに、数日後インフルエンザになってしまいました。

2月に引っ越しにならなくてよかったんやわ。これも引っ越し先に住まわれているご家族のおかげやわーとすっかり感謝感謝です。

 

話は変わりますが、2月12日、父の誕生日です。実家で今一人暮らしの父。

昨日施設で暮らす母と一緒に実家に行きました。

普段は誕生日プレゼントなんてしないのですが、炊飯器をプレゼントすることにしました。

父が使っているのは、妹が10数年前に海外で暮らしていた時に使っていたもの。

日頃から父も「この炊飯器で炊いたらまずいわ」

と言っていました。

 

せっかく農家の知人から買った新米のお米を持っていってもその炊飯器でたくと情けない状態

美味しいごはんを食べてもらいたくて、高価な炊飯器はとても買えないけど、使いやすくて窯の熱が全体に行きわたると、店員さんから説明を受けたものを買いました。

 

父も、喜んでくれました。

「ここを押したらあくよ。色々ボタンあるけど炊飯のボタンを押したらたけるよ。ごはんたく?」

「ご飯炊いたのが残っているから今はいい」

 

今迄使っていた炊飯器は私が持ちかえって処分することに。

 

自宅に帰ってから、父から電話

「今日はありがとうな。ところで、炊飯器、もう処分したんか?」

「(していないけど)うん、もうしたよ」

「悪いけどな、新しい炊飯器、いらん。いっぱいボタンついとってわからへん」

「だから、炊飯ってボタンを押したらたけるやん」

「どこにあるかわからへん。なんで、捨てるんや。もうこれから鍋でごはんたくわ」

 

 

もうこうなると、お互い似たもの同士、頑固だし、ひきません。

 

「勝手にしいや」

 

と電話を切り、隣でやりとりを聞いていた主人は

「俺、いうたやん。こうなることわかってたで。炊飯器買いに行くとき、絶対お父さんに買っても色々あるでっていうたやん。

それに、今までお父さんに、○○も、妹たちも、色々身体にいいからとか、お湯もすぐ沸いて便利だからとか、この服あったかいからと思って買ってあげても、結局もったいないとか、ガスの方が使いやすいとか言うて自分の意にそぐわなかったらごねるやん。」

 

 

今から30年以上前の事ですが、、私が高校を卒業して就職して19歳の時、両親が結婚20周年を迎えました。

新婚旅行で母は「鳥取砂丘」を見たかったのに、近場で旅行となり、「一度は鳥取砂丘を見たい」とずっと言っていたので、

「鳥取旅行」をプレゼントすることにしました。

 

母、久しぶりに夫婦で旅行できること、やっと鳥取砂丘が見れると喜んでくれました。

が、しかし旅行1週間前になって母が落ち込んでしまいました。

 

「鳥取いかれへん。お父ちゃん、行きたくないって言うてるねん。悪いけど、キャンセルしてくれる?」

母、すごくかわいそうでした。

 

旅行会社にキャンセルしなければと憂鬱になっていた時、

お酒を飲んで上機嫌で親戚の家から帰ってきた父が

 

「鳥取行くぞ」

と言い出し、母も私も何があったのかとびっくりしたけど、母は落ち込みから解放され、私はキャンセルしなくてよくてホットしました。

 

後日、伯父からの話で

 

 

「○○ちゃん、この間、お父さんが家にきてな、○○が、結婚記念日に鳥取旅行プレゼントするっていうんやけど、嫁はずっといきたがっとったからよろこんどったけど、俺は家でおる方がいいんや。行きたないんや。」

 

「ほんで、おっちゃんな、お父さんに言うてん。何を、あほな事いうてるんや。○○ちゃんが、せっかく、両親に旅行行かせてあげたいと思っていうてくれとんのに、親孝行やんかて言うてん」

とやりとりを教えてくれました。

旅行から帰ってきて「おかあちゃん、喜んでな。行ってよかったわ」

 

 

主人曰く

「お父さん一緒でお前は天邪鬼や。お父さんも高齢やから、美味しくなくても今までつかっていた炊飯器で十分やったんや。それを

○○がいいと思ってプレゼントしたけど、いくらシンプルなものでも、使い慣れるまでは、お父さんはごねるぞ。今度、口で説明だけと違って炊けて納得するまで見といたり。いつもそうやん。娘達で実家にクーラー付けてあげたときも、家に穴が開くとか言うて、嫌がったし、リモコンいっぱいボタンついて使い方わからへんとか言うとったけど、ついたらついたで、毎日喜んで電話してきてたやん」

 

炊飯器で炊いたごはん、父がおいしいと思えたらいいんだけど

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2月に同じ市内に引っ越しすることになりました。

今住んでいるところから、一駅向こう。距離にして2キロ先

友人のご両親が貸している一軒家に移ります。

1月いっぱいまでは、今借りているご家族が住まれているので、まだおうちの内覧はしていませんが。

 

引っ越しは、13年ぶりです。

その時は、たくさんの引っ越し業者があるけれど、ここと決めていました。

決めては、宣伝のうまさとか、引っ越し作業の丁寧さとか、お客さんをつかむ戦略がいいなあと思っていました。

見積りに来てくださったセールスさんがすごくおもしろくて、家の中をちょっと見ただけで色々把握して話を進めてくれ(それは当たり前の事なんだけど)、このセールスさんだからお願いしたいなあ、引っ越しって大変だけど楽しいかもと思えて、契約しました。

当日の3人の作業員の方とも楽しく引っ越しができたのがすごくいいい思い出になりました。

 

今回もその業者にしようと、見積りをお願いしました。

おとなしいイメージの30代前後の男性セールスさん。つい本題からそれてしゃべりたい私。

私のしょうもない話、やっぱりしょうもないんやなぁ

なんやろ、さびしい

 

私が引っ越ししたいと思っている日を告げると

「引っ越し業界はどこもこの日を境に、繁忙期になり値段が高くなります」

と言われ、出してもらった金額に、びっくり

 

2月中旬から、引っ越しできそうな日を言って、見積りを取ると、ため息だけしか出ない。

「ほかの会社もこれくらいのお値段なんですか?」

と何度も確認し、「そうです。変わらないです」

 

そうなんやあ。そんなもんなんや

引っ越しするならこの会社でと決め込んでいたので、主人も「引っ越しするならそこでいいやん」と言っていましたが、その日の朝、「まずは、見積りだけ出してもらえ。即決するな」と言われていたのに、主人に相談してお返事しますという頭が全くなく、いい顔してしまい、お願いすることにし、契約で頂ける段ボールを頂きました。

主人が仕事から帰ってきたら、

「やっぱりやってしまったか。絶対○○は、即決するやろと思ってた」

「まず、他の会社も見積りとれよ」

「もう、段ボール受け取ってしまったし」

 

 

その晩は、全く眠れず、スマホで、2月の引っ越し相場や、ネットの知恵袋で、私のように段ボールを受けっとったのにキャンセルした人の相談を検索したり、それまで引っ越しへの期待で、私の頭のなかでは『心機一転』とあった文字が、『前途多難』に変わってしまいました。

まだ見たことのない家の中をどうしようこうしようと勝手に想像していたのに、家の扉を開ける妄想もできなくなってしまいました。

 

翌日、別の引っ越し会社に電話すると、その日のうちに担当セールスさんが見積りに来てくださることになりました。

仕事から帰って、「空気入れ替えやー」と窓を開けました。

前日出した、湯飲みや、茶たく、お盆も違うものにしました。、

来てくださったセールスさん。我が家のドアを開けて招き入れた瞬間、なんやこの人光ってるわ

 

 

こういう根拠のない、思いこみが私の暴走の始まりに周りの迷惑に繋がるのです。

 

まず、会社の説明、引っ越し作業の説明、家財チェック、そして話し合いになっていくのですが、

よかったのが私の目の前に、「お日柄カレンダー」を提示してくれたことで、話がしやすく、色んなパターンを提案してくださったこと、にこにこ話を聞いて下さったこと

引っ越し金額の呈示は、こちらが言わなくても私の予算と合いました。

 

「昨夜は、全く眠れなくてね、ネットで色々検索するしね、私の頭の中『前途多難』が渦巻いていたけど、○○さんが来てくださってから『心機一転』て言葉にシフトしてねまた、楽しい引っ越しができそうやわ。ただ、主人と相談してからご返事しますね」

 

 

主人は

「ええんちゃうの」

 

「どうせ俺の言うことは聞かへんやろ」という含みの返事ですが。

で、契約することにしました。

先に見積りに来てくださった引っ越し会社にお詫びの電話をし、段ボールは契約した引っ越し会社が我が家に自社段ボールを持ってくると同時に、引き取り私の名前で送り状を記入し返却くださるということです。

 

今回の事で、私の暴走で、引っ越し会社に迷惑をかけてしまいました。

 

今回の事を肝に銘じる事しかできません。

ごめんなさい