子供のころから冷え性で、雪の日に手袋をしなくても友達の手は温かかったです。
子供のころ、母が私の足のしもやけに針を刺して、「色の悪い血」と言いながら出してました。
あまりの痛さに、叫んでいました。
何をするやら、おかあちゃん
マラソンをするようになってから、風邪もひかなくなったし、厄介だった、アレルギー性の気管支炎も、花粉症も大丈夫になりました。
冷え性が原因なのか肩こり、頭痛は頻繁、改善されていません。
頭痛は我慢ができずつい、頭痛薬を服用してしまいます。
このところフルマラソンを走ると、30キロ過ぎてから脚を攣るようになりました。
攣りだすと、脚のあちこちの筋肉が固まりだして、しまいには走れなくなってしまいます。
先日かねてより出たいと思っていた大会で、30キロすぎから、脚がなんとなく攣り初めている感じがして、
脚攣りにいい、漢方を飲んだのですが、一向にききません。
脚がつる原因は、脱水症状だというのもあり、給水所ではとにかくスポーツドリンクを飲みました。
大量の汗で塩分不足にならないようにと塩飴持参したり、梅干し舐めたりしてました。
その日の大会は、私にとって今季初めてのフルマラソン
完走よりも、今の自分はどんな感じだろう、去年よりも早く走れるかもと、前半ペースをあげてしまいました。とにかく30キロまではなんとか行こう、そのあとは気力でいくなんて浅はかな考え
このところ体重3キロオーバーしていたので、走っていても身体がすごく重かったし、
そこへタイムを気にして、自分の気持ちばかりが行く
25キロで、沿道にいた仲間の応援団から、「あの時、尋常じゃないくらい汗をかいていたから心配だったの」と言われました。
結果身体は、気持ちについていけず、とうとう、脚を動かなくさせてしまいました。
36キロで1時間以上救護所のお世話になりました。
脚が動けず、コースの端で、すわりこみ、あまりの痛さに叫んでいる私に沿道応援の方がマッサージしてくれたり、ドクターを呼んできてくれたりと、飲み物を飲ませてくれたりと、
救護所で、脚の筋肉があちこちかたまりその度に、激痛、そして、だんだん体温が落ちていき、震えが止まらなくなっていき、体温を測った時は34度しかありませんでした。
「いまあなたの症状は低体温症になっています。汗をかなりかいてしまい、熱が奪われてしまったんです。そのために足の筋肉が硬直してしまってます」
ボランティアさんが、私の脚の筋肉のあちこと硬直するたび、マッサージをしてくれます。
このとき、人の温度が一番身体にいいのだと思いました。
その手の温かさにほっとしました。
先生も、
「ほんとうは、毛布なんか掛けるより、人肌で温めるのがいちばんなんよ」
おっしゃってました。
寒がる私に毛布をかけ、カイロを渡してくださりしばらくすると筋肉の硬直もなくなり、震えも止まりました。
38キロの関門が15時だと聞き、時計を見ると14時半
私の熱は35度6分まであがりましたが、36度まではここを出ないようにと言われましたが、
「この先、もし何かあったら必ずリタイヤしますから、自分の責任で走りますから、お願いします」
と言うと、
「今着ているウェアの下に、このTシャツを着てください。このドリンクを持っていってください。首のところにカイロを貼ってください」
と、無理をいい救護所を出ました。
なんとか38キロの関門はセーフで、残り4キロ、何事もなく、フィニッシュしました。
フィニッシュゲートをくぐり、完走メダルと、フィニッシャータオルをかけてもらい、
フィニッシュできた喜びなのか、ほっとしたのか涙が止まりませんでした。
私が脚の痛みで何度も座り込み、その度沿道の人が、スプレーをかけましょうと、何もしてあげられなくてごめんなさいとおっしゃってくださいました。
沿道応援はランナーがゴールに付くように応援くださっている
私の脚を素手で靴の上から動かしてくださったり、
「汚いです」
「ええ、かまへん。我慢しいや」
必死で私を助けてくださいました。
走るたびいつも思うことは
マラソンは自分との闘いだけれど、闘わせてもらえるのは支えがあるから
大会が終わって、自分が走っていると低体温症になってしまうのは
自分の身体と気持ちを一緒にしていないこと、タイム更新よりも自分のペースをしっかり知って、自分にない力を出してはいけないこと
フルマラソン走れるから健康は過信だということ
普段から、私は冷え症で頭痛薬を頻繁に飲んでしまいます。
それはものすごく身体を冷やしてしまうことになると知りました。
長い時間走っているうちに、自分の弱いところが出てきます。
身体、精神も
冷え性、頭痛、肩こりが当たり前と思っていたので、これからは体質を改善していこうと
食事面から見直すことにしました。
身体をまず大事にすることから、出直そうと思います。
それで、直売所で、玄米と雑穀米を購入し、身体を温める野菜など買いました。
お世話になった方々に恩返しはできないけれど、自分が出来ることから始めます。
自分もまた誰かが困っているときに、寄り添えるようになりたいと思います。

