フロイデ!!歓喜は一瞬 | のーすているよもやま日記

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その日のできごと、思いついたこと、ぼちぼちと書いて行きます。

またまた、

あらかしホールクラシック音楽祭のことがですが


ソリストでもあり

合唱指導の山本先生は

練習中にも


「ベートーベンがおりてくる」

と言われていました。


ベートーベンをこよなく愛されている先生だから、先生にしかわからないことだと思っていました




コンサート当日

観客席はほぼ満席


第九の第一楽章から合唱団員は、オーケストラの後ろにいました。

合唱の出番までは、段の上でずっと第一楽章から第3楽章まで座って聞いていました



話はそれますが


コンサートで私はMCをしたのですが

その時に自分なりに観客にむけて伝えたのが



第一楽章は

出口のない暗闇をさまよいながら歩いている


第2楽章は

まだ不安や悩みは残っていても明るいほうへと歩き出す


第3楽章は

美しいものに心が救われて希望の光が見える


第4楽章は

迷いや不安、悩みを乗り越え希望の光が見えてもそれらは全て違うという否定の旋律ではじまり、

否定と肯定を繰り返すメロディからあの有名な歓喜の調べへと繋がる


と言いました



オーケストラの演奏を聴きながら

今までの自分の生きてきたことを思い浮かべたり

これから起こるであろう事を思い

それでも私は第九に出会ったから大丈夫かもしれないと思っていました


ふと、


指揮者の松尾先生を見たら

私は神様なんて見たことがないんですが、

とても崇高な神様に見えあがめるようにずっと見つめていました



さきほど、投稿した記事でもいいましたがオーケストラの真後ろにいたので

目の前の管楽器の音が一番聞こえるので観客席からの聞こえ方とは違いました

前日のオーケストラの練習風景と、当日午前中の練習を見ていたのですが、

本番のオーケストラは恐いと思いました。

迫力が違いました。


いよいよ第4楽章のこれから唄うぞとなり、団員一斉に起立しました。


私自身練習の時、あまり声がでないなぁと思っていたのですが、

いつになく出ている気がしました。


いつもは他の人の声を意識したことがなかったのにすごく聞こえてきて

顔の表情なんて見えないのになんか幸せそうな顔が浮かびました。


あきからに去年不安をかかえて歌っているときよりも違います


私まだ、心がこめられていない、終わらないでと思いながら唄った去年


だけど、

フィナーレに近付いても寂しさどころか

のりのりな気持ちになってきて、


気がつくと、さっきまで、目の前の管楽器の音だけが一番聞こえていた筈なのに

まるで観客席にいるみたいに、

オーケストラが調和しています。


変な感じだったのが、

指揮者を見ている私と、舞台全体が見えている私がいて、


今、オーケストラと団員が一緒になってる!!と感じました。


これって、唄いながら興奮しているのもあるからなんだろうと思いますが、

絶対、合唱団に先生がよく言っていたベートーベンが降りてくる

私たちにも降りてきてくれたんだなって思いました


演奏が終わると、間髪いれずに観客席から大きな拍手です

観客席がすごくせまってくるように見えました。



去年、先生が

「歓喜は一瞬」


と言ってくださったことがあって、


私の座右の銘にもなりそうです


人は、生きていると苦難や悲しみの方が多くて、それでも明るいほうへ歩き出してもまだまだ辛くて

希望の光が見えても

それだけでは人は終わらない


必ず

その後の一瞬が待っている

だから生きていけるんだろうな

と思えています




未来につなぐ第九というテーマのコンサート

あの時のことがきっかけで


町にオーケストラ楽団ができて、

合唱団がたくさんあって

音楽がそこから広がっていけたら、素敵だろうな




とりとめなくながながと記事を投稿しました

お付き合い頂き本当にありがとうございました