山陰の歴史遺産や観光地を回る旅の記録です。

 


出雲のセンチュリオンに3泊し、出雲、松江の博物館などを回ります。

 


5日目(2026/5/16) は

出雲大社からスタートします。走行距離は150キロでした。

回った施設:

・道の駅 大社ご縁広場
・旧出雲大社駅
・出雲弥生の森博物館
・荒神谷博物館
・加茂岩倉遺跡ガイダンス
・ガイダンス山代の郷、山代二子塚古墳
・島根県立八雲立つ風土記の丘
・江島大橋
・水木しげる記念館
 

【道の駅 大社ご縁広場】

 

 

 

 

【旧出雲大社駅】

大社駅(たいしゃえき)は、島根県簸川郡大社町(現・出雲市)にあった西日本旅客鉄道(JR西日本)

大社線の駅(廃駅)。同線の終着駅であった。
大社線の廃線に伴い1990年(平成2年)4月1日に廃止された。

廃止後も残る駅舎は国の重要文化財に指定され、観光名所となっている。
2021年(令和3年)2月1日から2025年(令和7年)12月20日まで保存修理(仮設・解体)工事が行われ、

2026年(令和8年)4月15日に公開を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

【出雲大社】

 9時少し前に行きました。

渋滞の為駐車場に入れず、明日にしました。

 

【出雲弥生の森博物館】

 

「西谷の丘」では、弥生時代後期から古墳時代、そして奈良時代にかけてたくさんの墓が造られました。

正式には「西谷墳墓群」といいます。

墳丘を持つ墓だけでも27基が密集し、特に弥生時代後期~終末期に造られた

6基の四隅突出型墳丘墓(以下「よすみ」と呼ぶ)は、出雲の権力者たちの墓として全国的に有名です。

 

 
この建物と、古墳があります。

 

ガラス勾玉

西谷3号墓だけにしかない、とても珍しい形の勾玉。

 

 

 

四隅突出型墳丘墓の模型

 

金銅冠の復元品

 

 

 

 

 

 

【荒神谷博物館】

1983年(昭和58年)広域農道(愛称・出雲ロマン街道)の建設に伴い遺跡調査が行われた。

この際に調査員が古墳時代の須恵器の破片を発見したことから発掘調査が開始された。

1984年 - 1985年(昭和59-昭和60年)の2か年の発掘調査で、

銅剣358本、銅鐸6個、銅矛16本が出土した。

銅剣は1985年に国の重要文化財に指定され、銅鐸・銅矛は1987年(昭和62年)に

追加指定されていたが、1998年(平成10年)に一括して「島根県荒神谷遺跡出土品」

として国宝に指定されている。

 

 

 

 

 

 

 

一括して発見された場所

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【加茂岩倉遺跡ガイダンス】

 

1996年(平成8年)10月14日、加茂町(現雲南市)岩倉の丘における農道建設工事中に

発見された遺跡である。10月14日午前10時頃、重機による掘削中に突然異様な音がしたため、

直ちに重機を止めた運転者が「誰がポリバケツをこんなところに埋めたのか」

と考えつつ近づいたところポリバケツではなく銅鐸を発見した。

 

加茂町役場にただちに遺跡発見の連絡が入った。正午前に知らせを受けた加茂町教育委員会では

職員が現地に急行し、掘り出された銅鐸とまだ土中に埋まったままの銅鐸を確認、

作業の中止と現状を変更することのないよう指示した。

 

午後6時、町文化ホールで緊急の記者会見を行い、マスコミを通じて全国に発見が伝えられた。

翌15日、「加茂岩倉遺跡」と命名された。

 

1996年(平成8年)より1997年(平成9年)の2年間にわたり、加茂町教育委員会と

島根県教育委員会により発掘調査が行われた。

その結果、一か所からの出土例としては日本最多となる39口の銅鐸が発見された。

 

遺跡は358本の大量の銅剣が出土した荒神谷遺跡と約3kmしか離れておらず、

両遺跡から出土した銅鐸に共通して「×」印の刻印があることから、両遺跡の関係性が注目されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【田和山遺跡】

またまた道路が整備されていず到達できませんでした。

 

 

 

【ガイダンス山代の郷、山代二子塚古墳】

 

島根県東部、松江市南郊の茶臼山西麓の微高地(乃木段丘)上に築造された大型前方後方墳である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【島根県立八雲立つ風土記の丘】

 

古代出雲国の中心地である意宇郡大庭・竹矢地区には『出雲国風土記』に登場する

出雲国府跡や出雲国分寺跡、出雲国山代郷遺跡群(山代郷正倉跡・北新造院跡)などの

古代遺跡群が存在する[1]。

八雲立つ風土記の丘は、これらの遺跡を一体的に整備・保存・活用すべく、

国の風土記の丘設置構想に基づいて、1972年(昭和47年)全国で6番目に設置された

風土記の丘施設(全国に16箇所設置)である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見返りの鹿埴輪(重要文化財)

狩りをする人の気配を感じ取って振り返った瞬間をとらえたものなのか、

今でも動き出しそうな躍動感にあふれている。

見返りの鹿は奈良県四条古墳と静岡県辺田平1号墳を含めた3例しか見つかっていない。

 

 

 

 

【江島大橋】

ベタ踏み橋と聞いていましたが、

普通の橋でした。

 

【水木しげる記念館】

 

鳥取県境港市にあるマンガ・アニメミュージアム。

漫画家・水木しげるが収集した精霊や妖怪に関するコレクション、

ゲゲゲの鬼太郎をはじめとする水木作品の原画等の保管・展示を行っている。

2003年(平成15年)3月開館。

 

中は撮影できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【夕飯】

ホテルの隣りにしじみラーメンを出す店がありました。

 

 

 

 

山陰の歴史遺産や観光地を回る旅の記録です。

4日目(2026/5/15)は、道の駅みとうを出発。

秋吉台/秋芳洞→山口県埋蔵文化財センター→山口サビエル記念聖堂
瑠璃光寺 五重塔→さんべ縄文の森ミュージアム→

出雲センチュリオンまでです。

約300㎞です。

 

 

 

【道の駅みとう】

 

 

 

 

 

【秋吉台】

 

 

【秋芳洞】

秋芳洞(あきよしどう)は、山口県美祢市東部、秋吉台の地下100-200mにある鍾乳洞で、

約1kmの観光路をもって公開されている。鍾乳洞としては日本最大規模。

 

 

 

 

黄金柱(おうごんばしら):巨大な石柱状フローストーン。秋芳洞のシンボル。

 

百枚皿

 

 

 

 

 

【朝田墳墓群】

 高速のトンネルの上にあります。

道が荒れていて行けませんでした。

 

 

 

【山口県埋蔵文化財センター】

山口県内には、その様相を伝える埋蔵文化財包蔵地(遺跡)が約3,200か所知られていますが、

近年の諸開発に伴って発掘調査件数が増加し、多くの出土品がもたらされています。
 

 

 

 

 

 

 

 

【山口サビエル記念聖堂】

2015年にスペインに行ったときにザビエルの生まれたハビエル城に行きました。(リンク

それ以来、ザビエルのこと気になります。

 

ザビエル

 

 

【瑠璃光寺 五重塔】

国宝です。

 

 

 

 

 

 

 

【さんべ縄文の森ミュージアム】

三瓶小豆原埋没林(さんべあずきはらまいぼつりん)は三瓶火山の活動によって

地下に埋積した縄文時代の森林。 

島根県大田市三瓶町にあり、現地は「さんべ縄文の森ミュージアム(三瓶小豆原埋没林公園)」

として、地下展示棟で公開されている。

国の天然記念物。日本遺産「石見の火山が伝える悠久の歴史」の構成文化財のひとつ。

 

この埋没林の発見は、1983年のほ場整備で2本の直立した埋没木が出現したことが

きっかけとなった。 後に、その時の写真をみた地元の火山学者・松井整司が

学術的価値を指摘するとともに独自に調査を行い、地下に森林が埋もれている

可能性が高いことを明らかにした。

その結果を受けて、1998年に島根県が発掘調査を行ない、多数の埋没木が存在していることが

確認され、2004年(平成16年)2月27日に国の天然記念物に指定された[1]。

三瓶小豆原埋没林は、暦年代で約4000年前(放射性炭素年代で3500〜3700年前の測定値)の三瓶火山の活動によって形成された。 火山活動に伴って三瓶火山の山体崩壊が発生し、流れ下った土石流(岩屑なだれ)の堆積物によって土砂ダムが形成されたことで立木が深く埋没した。

 

約4000年前の縄文時代の三瓶火山の噴火により埋もれた杉が、

そのままの状態で発見され、保存展示されています。

埋没林でこれほどの木が見つかったのはここだけです。

行く価値ありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【センチュリオン(泊)】

出雲市駅にあります。

新しい高速を使いました。

車のカーナビが対応していないんです。

スマホでgooglmap見て走りました。

 
ホテルは快適。
夕食は、孤独のグルメで紹介された餃子屋さんに行きました。
 
 

 

 

山陰の歴史遺産や観光地を回って来ました。

3日目(2026/5/14) は道の駅きくかわから、山口の博物館めぐりして、

秋吉台近くの道の駅 みとうまで(泊)。

 

下関市立考古博物館→土井ヶ浜遺跡·人類学ミュージアム→
角島大橋→元乃隅神社→
金子みすゞ記念館→
萩・明倫学舎→松陰神社・松下村塾→
秋吉台→道の駅 みとう


 

 

【下関市立考古博物館】

 

 

 

 
 

 

 

 

 

 

 

【土井ヶ浜遺跡·人類学ミュージアム】

 

土井が浜遺跡は土器だけではなく、多くの埋葬された人骨が出てきました。

これまでに延べ19回の学術調査が行われ、300体を超える弥生人の骨が見つかっている。

砂の中に混じっている貝殻の石灰分が骨のカルシウム分の保存に適し、

人骨の保存状態が良好である。

出土した人骨の形質が縄文人のそれと異なることから、

土井ヶ浜遺跡は渡来した弥生人の墓地として注目されてきた。

 

 

 

土井が浜弥生人の祖先

 

この中に発掘現場の様子が保存されています。

 

父と子の骨

 

image

 

 

 

【角島大橋】
角島大橋(つのしまおおはし)は、山口県下関市豊北町神田と同市豊北町角島間の海士ヶ瀬戸に架かる橋。

山口県道276号角島神田線の一部である。全長1,780メートル。

テレビCMやロケ地にたびたび登場する角島大橋。リゾートのような白い砂浜とコバルトブルーの海が

広がる絶景が宮古島の橋のようです。

 

 

 

 

 

 

【元乃隅神社】
 

日本海を望む断崖絶壁に123基の鳥居が並ぶ神社
元乃隅神社はCNNが発表した「日本の最も美しい場所31選」の1つとして紹介された断崖絶壁にある山口県長門市の神社。

 

 

 

 

【金子みすゞ記念館】
 

みすゞが幼少期を過ごした書店金子文英堂跡地に「金子みすゞ記念館」があります。

 

 

 

【明倫学舎】

萩は、日本近代化の礎を築き、新時代を牽引した多くの先達を育んだ明治維新胎動の地です。

 創建来、萩藩の人材育成の中枢を担い、多くの先覚が志を立てた藩校明倫館。

 

 

 

 

 

【松陰神社】

吉田松陰を祭神とし、伊藤博文らによって建立された「松陰神社」。

境内には世界遺産の「松下村塾」や「吉田松陰幽囚ノ旧宅」など吉田松陰にまつわる史跡が残る。

 

【松下村塾】

長州藩の藩校「明倫館」の師範を務めた吉田松陰先生が教えた松下村塾。 

塾舎は今も松陰神社境内に現存しており、平成27年(2015)には世界遺産となりました。

 

 

 

【秋吉台】

秋吉台(あきよしだい)は、美祢市の中・東部に広がる日本最大級のカルスト台地です。 

1955年に国定公園(秋吉台国定公園)に、1964年に特別天然記念物に指定されています。

 

 

 

 

【道の駅 みとう(泊)】

山口県美祢市美東町長登には、昔から「奈良の大仏に銅を贈ったので奈良登がなまって長登」になったという伝説があった。

調査・分析により奈良の大仏の原料が長登銅山産であることは判明。

 

 

 

 

 

 

 

山陰の歴史遺産や観光地を回る旅の記録です。

1日目(2026/5/12-5/13) は横須賀から九州の新門司港までは東九フェリーを利用。
5/12横須賀港を23:45発。5/13の21:00に新門司港到着。
到着後は山口壇ノ浦PAに隣接するファミリーロッジ旅籠屋に宿泊予定。
 

このファミリーロッジ旅籠屋はUSのモーテルのような宿でホテルの部屋の前に車を停めるようになっています。

下りの壇ノ浦PA隣接なので、九州方面に行く場合は高速を降りなくていいのですが、

広島方面に行く場合はPAは使えないので、外に出てホテルに行きます。

 

この予定でしたが、フェリーが3時間ほど遅れました。

ホテルには11時までにチェックインする必要がありました。

船が高松沖を通過時に電話がつながったので、

電話すると、「間に合わないのでキャンセルですね」と言われました。

 

で下船後は山口県にある道の駅きくがわで車中泊しました。

 

 

【写真】

 

横須賀ターミナル

21時半ごろ着くと、フェリーが着いたところでした。

 

出航は23:50のはずが作業終了後

 

今回の船はそれいゆ

 

 

 

10時半ごろ、横須賀に向かう僚船とすれ違い。

館内放送ですれ違いますとお知らせありました。

お互い汽笛であいさつします。

 
スピードが落ちてきてあやしいなと思ったら3時間半の遅れアナウンス。

 

車両甲板

 

関門トンネル(自動車用)160円でした。

段階的に300円まで上げる予定です。

 

道の駅きくがわ

 

この日は85㎞

 

 

山陰の歴史遺産や観光地を回る旅の記録です。

 

2014年と2015年に九州の博多中心に古墳、博物館を回りました。

 ・2014年の九州博多中心の「九州の遺跡・博物館の旅ー概要

 ・2015年の九州全体を回る「南九州の歴史を巡る旅

 

 

今回は横須賀からフェリーで新門司、そこから山陰(出雲、鳥取)を回り福井県若狭町まで1800キロをドライブしました。

古代遺跡や博物館を見て回りました。

 

山陰には百名山の伯耆大山(ほうきだいせん)があり、2009年に登りました。(記事

朝のANAで行き、日帰り登山して、東京行の夜行長距離バスで帰るという弾丸登山でした。

山には雪がありました。行き飛行機なのでガスが持てず、山頂付近の小屋でお湯を沸かすことができません。

冷たい水とおにぎりを食べました。寒かったです。

 

今回は行きたかったところ回りました。

  ・角島大橋:ここは日本か?」と思うほど、海がエメラルドグリーン!死ぬまでに行きたい絶景

  ・元乃隅稲成神社:岸壁の上に続く曲がりくねった参道には 123 基の朱色の鳥居が連なる。

  ・金子みすゞ記念館:「みんなちがって、みんないい。」(私と小鳥と鈴と)

  ・秋吉台:秋吉台のカルストの大自然の雄大さを見る。

  ・出雲大社:島根を訪れたらやはり外せないのが、縁結びの神様として有名な出雲大社。

  ・小泉八雲記念館:2025年の朝ドラの主人公小泉八雲の資料がある。

  ・足立美術館新館:素晴らしい日本庭園があります。

  ・鳥取砂丘:日本海沿い南北約 2 km に伸びる砂丘。

  ・余部鉄橋:100年前にこの高さの鉄橋を作り汽車を走らせるとは凄いです。

  ・天橋立:長さ 3.6 km の砂洲。美しい景観、砂浜、数千本もの松林がある。

  ・舞鶴引揚記念館:終戦時二十歳過ぎだった母がよく歌っていた岸壁の母の舞台になった場所。

  ・福井県年縞博物館:水月湖の年縞ギャラリーがあります。7万年の記録。

 

image

 

九州の新門司港までは東九フェリーを利用。

行きは、5/12横須賀港を23:45発。5/13の21:00に新門司港到着。

到着後は山口壇ノ浦PAに隣接するファミリーロッジ旅籠屋に宿泊予定。

 

フェリーは3時間30分の遅延。

ファミリーロッジ旅籠屋は23時までにチェックインしなければなりません。

時間が間に合わず、キャンセルし道の駅を探して車中泊の旅始まりました。

 

5/14から山口→島根→鳥取→福井→5/21に神奈川に帰宅と日本海側を1800キロ走破しました。

 

 

 

フェリー1泊、ホテル3泊、車中2泊の旅。

 

続く記事で現地で撮った写真を紹介します。

 

 

今日も相模原公園行き、違うコースを歩いて来ました。


メタセコイアの通り


フランス式庭園



水無月園の花菖蒲は早かったです。

この黄色の菖蒲が咲いていました。







天気がいいので、相模原公園に行って来ました。


前は走って行きました。

術後2ヶ月になりますが、まだ走れないので、

自転車で行きました。



枝が折れている木





花が植えられているガーデン




今日はラグビーの試合があるので賑わっています。




休みの日の晴れた日の公園は活気あります。


今日は図書館に予約した本が届いたので、

リハビリを兼ねて歩いて借りに行ってきました。

 

帰りに毎年バラの花が咲く家の前を通ったら、

バラが咲いていました。

 

まだ1週間は咲いていそうです。

 

 

 

 

 

 

町田の薬師池公園の藤の花を見てきました。

 

 

 

動画です

 

 

 

 

 

ツツジ

 

 

 

キンラン