僕の悲しみは続く。

目の前のどうしようもないまやかしで心を誤魔化してきた。

そうやって罪を重ねて汚れて汚して、僕は大人になってしまった。

懺悔させてほしい。

そして手に入れられるなら、心の底から望んでいた物の中で生きたい。

だめかな。

だめならば、許させないなら、僕は静かに息を潜めよう。

またいつかめぐりあわせるかもしれないそのときまで。


ヘミングウェイの本から取った題名をつけたブログがあった。

僕はたしか高校の終わりから大学の初めにかけて、そのブログを見ていたように思う。

このネットの広い宇宙の片隅にまだあるのか、それとも星が生き絶えるように消えてしまったのか、それは定かではない。

僕がブログを始めたのはまだ今みたいにTwitterやSNSが盛んな時期じゃない。

ふと思い出してアメブロを更新してみたけど、すっかり忘れていた。

いつか僕自身が忘れてしまって、または僕がこの世から消えて、このブログは近しい人にも知られず、この世のネット空間の宇宙の果てで、ひっそりと死をまつのだろう。

長くつづく雨が終わって、すこし晴れた視界のなかで、僕はふと昔を思い出したりして、何かを懐かしんだりする。

だれか、みていますか?

あなたは、きっと一人ではないです。

僕のこのブログをみたということは、どこか深いパラレルワールドの公園にある東屋で、世間話をするような関係なんじゃないかと思います。

炎上や、私刑(リンチ)が横行する、殺伐とした世界とは別の、

どこか穏やかな公園の隅で、また会いましょう。

春を超え、もう梅雨がきたのか。

僕が住んでいたところでは、東京の季節からしばらく巻き戻されて、まだ肌寒さが残っているはずだ。

10代の僕は、夜の霧のなかで死にたいと言っていた女の子に恋をして、必ず救い出そうともがき、自分の弱さと戦っていたんだった。
だから、その肌寒さを思い出し、抱き寄せた彼女の体温と生を思い出し、その後の破滅を思い出す。
あの頃から倍近く生きて、彼女が結婚したと聞いた。
僕はほっとしたし、彼女が生きて、幸せになったことを嬉しく思う。
あの頃の僕の苦しみも報われたのかもしれない。
僕たちは、みんな幸せになろう。
新しい困難と戦いながら。
愛すべき人ともに。