携帯酸素ボンベ。

 

 

実は今回クレストンに来てすぐに体調を崩しました。

2月に来た時には空気が乾燥している事は予想出来たので、

寝る時にマスクをして寝ていました。

これはかつてスキー場に勤めていた時、

レストハウスの宿直で喉を守るために、

必ずマスクをして寝ていたからです。

しかし今回は冬ではないので、

まぁ大丈夫だろうとマスクなしで寝て、

一晩で鼻と喉をやられてしまいました。

 

唾液を飲み込めない程喉が強く痛み、

鼻は詰まり鼻水が出て、

呼吸がスムーズに出来なくなりました。

加えてここは標高2,550m。

そして疲労と寝不足も重なったか、

酸素不足から体がフラフラして頭痛がし、

かつての山男が高山病に罹ってしまいました。

 

しかし日程的に休んではいられません。

携帯酸素ボンベとパルスオキシメーターを貸して戴き、

時々血中酸素濃度を測りボンベを吸いながら、

個展の準備を続けました。

しかし症状はなかなか改善せず、

個展初日のアート・デモンストレーションとシンポジウムも、

頭痛を押して行いました。

そして最終的に症状が改善するまでには、

到着から一週間掛かってしまいました。

 

 

突然空が暗くなり雹が降る。

 

 

それでも初めてのアメリカ個展は素晴らしい経験でした。

ドイツの時と同様に、

私が今まで行って来た事の答え合わせが、

全てそこにありました。

 

キュレーターさんのオープニングの挨拶はこう始まりました。

「日本人は型を重んじ型から出ないが…」

日本の絵の世界の人達のほとんどは、

身内の事にしか関心がなくただ内側しか見ていませんから、

自分達が世界の中でどう見られているのかを知りません。

しかしドイツの時と同様に、

海外の専門家達は日本の現状を正確に把握しています。

正に裸の王様です。

 

その日本人が金科玉条として重んじている「型」も、

明治維新以降に作られ教えられ信じ込まされて来た事を、

今では日本人自身が知りません。

私が絵を始めた若い頃に有名な先生方に言われた事は、

正にそれを証明しています。

 

先生「絵はこう描いてはならない」

私「なぜこう描いてはいけないのですか?」

先生「それは昔から決まっている」

私「誰が決めたのですか?」

先生「だからそれは昔から決まってるんだ!」

 

しかし過去2回のドイツの個展でも今回のアメリカでも、

正しい描き方をしているかという様な視点は、

全くもって一切ありませんでした。

それは当然です。

アートは自由だからです。

 

しかし日本国内の個展では、

特に思い出すのはかつて続けた銀座の個展で、

画家の大先生や評論家先生に言われた言葉です。

「こんな絵は見た事がない、描き方が間違っている!」

日本の個展は「正しい描き方」をしているかどうかの、

まるで審判の場なっています。

 

美術評論家の瀬木慎一氏はその著書の中で、

(『近代美術事件簿』2004年二玄社)

「(日本の画壇は)厳しい相互競争に打ち勝って

強固な個性が育つ場としての本来の機能を失い、

作家の水準をいちじるしく低下させた」

「日本の現代画家にとっての最大の敵は日本」

と語っていますが、

正にその通りだと思います。

 

 

リンゴを切って干すと三日でリンゴチップになるという。

 

 

クレストンには各地からアーティストが移住して住んでいます。

その中でも重鎮の女性アーティストが会場に来て下さり、

「サンタフェで個展をしたらセンセーションを起こすだろう」

と言って下さいました。

サンタフェはクレストンの南約300kmにある、

全米でニューヨークに次ぐ美術品取引都市です。

私もかつてその様子を見てみたくて、

レンタカーを借りて訪ねた事があります。

そしてそれを一緒に聞いていたギャラリーのディレクターさんは、

「日本とアメリカの二重生活になると良いね」

と言って下さいました。

 

私としては、

なぜ私の絵は日本で「間違っている」と言われるのか、

そして受け入れられないのか、

その理由がドイツとアメリカの個展を通して、

全て明らかになりましたので、

それ以上の事は流れに任せて行くだけです。

 

かつて画家の中川一政はこう言いました。

初めは人を相手に仕事をする、

次は自分を相手に仕事をする、

最後は天を相手に仕事をする、と。

天というのはつまり歴史です。

 

私の絵の描き方が「間違っている」と断罪する人達は、

「正しい絵」がどの様に出来て来たのかを知らず、

その権威と利益に安住しています。

そして批判を恐れて周りに同調しようとするその周りの人達は、

日本人特有の生存本能からその理由を確かめようとはしません。

 

しかし私の行く場所はその様な世界ではありません。

私がこれから取り組むのは、

人相手でも自分相手でもなく、

歴史を相手にする仕事です。

 

またある方は、

「あなたの絵にはただ何かを描いただけではないものを感じる」

と質問を戴いたので、

もしものためにと用意しておいたメモ、

聖書とリグ・ヴェーダとヒンズー教聖典の言葉を引用して、

絵の背景を説明しました。

これには正直どうなるだろうかと思いましたが、

皆さんに共感して戴き、

ここでも日本との大きな違いを感じました。

 

アメリカといえば「唯物主義」というイメージがありますが、

そんな単純なものではなく、

様々な考え方の人がいます。

「spiritual 精神性」を理解する人は確実にいます。

一方日本は同じ考え方をしないと社会的に受け入れられないので、

皆が周りを見回して同じ考え方をします。

そして「spiritual 精神性」や宗教を否定的に見る人が大多数で、

現代では日本の方がはるかに「唯物主義」です。

それは日本の宗教アレルギーと、

その反動としての「スピリチュアル」系を見れば解ります。

日本の「スピリチュアル」は「唯物主義」の変形でしかなく、

本来の「spiritual 精神性」とは懸け離れています。

 

 

よく見るとあちこちにサボテンが自生している。

 

 

今回私の個展を企画して下さったのは、

Shumei International Institute という、

アメリカの神道系教育機関です。

職員は日本人とアメリカ人半々位で、

全ての職員が神道に限らず、

宗教や精神性に強い関心を持っています。

そして信じられない程誠実な生活をされています。

 

この機関の発端はとても興味深いものでした。

1972年に開かれた国連人間環境会議とその後の地球サミットで、

事務局長を務めたカナダの実業家モーリス・ストロング氏が、

アメリカ・ネイティヴの聖地クレストンが、

聖地のまま後世に引き継がれる事を願って一帯の土地を買い上げ、

世界で真摯に活動している宗教団体を選んで施設建設を呼び掛け、

土地を譲渡したそうです。

 

そして様々な国から様々な宗教団体がこれに応じ、

日本からは仏教代表として曹洞宗が、

神道代表として神慈秀明会が選ばれ施設を建設しました。

この二つの施設は現在隣り合って立っています。

 

曹洞宗は坐禅修行ですが、

秀明会は「他者への祈り、有機農業、芸術による感化」を柱とし

私はその芸術活動の一環として呼んで戴きました。

ドイツの個展の時のキュレーターさんは宗教美術が専門で、

私の絵を「現代の宗教画」と解説しましたが、

私の絵はそういう精神性を求める方々と結び付く様です。

今回の個展でも長年瞑想をしているという年配の方に、

「この絵を観る事がそのまま瞑想になる」

と言って戴きました。

 

私はこれまで25年以上坐禅を続けて来ました。

曹洞宗、臨済宗、黄檗宗と日本の禅宗は全て経験し、

この後11月には黄檗宗のお寺さんで個展をさせて戴きます。

私は大学で環境問題の基礎を学びました。

しかし環境問題はどれ程科学や技術が進歩しても、

そしてどれ程法律や制度が整備されても、

人類が欲望をコントロール出来ない限り、

決して解決する事はないと思い至り、

そのためには科学と芸術と宗教をあまねく学ぶ必要を感じ、

22歳の時に独学で絵を始めました。

今それらがつながりつつあります。

 

 

聖地の保全保護のため道路は舗装されていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初にキュレーターさんが挨拶。

「この作家はダブルP(patient and persistent)」

とご紹介戴きました。

 

 

ご来場戴いた皆様。

後にほとんどの方とお話ししました。

アメリカ人は気さくでした。

 

 

次に私の挨拶とモニターを使って描き方の手順を説明。

 

 

Q&Aで質問する女性。

 

 

拙い英語で応対する。

 

 

「はい、何でしょう?」

 

 

「次の方どうぞ」

 

 

ワインとチーズとクラッカーで打ち解ける。

 

 

それぞれ思うままに談笑。

 

 

長くも有意義な一日が終わりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エントランスの様子。

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の展示総数は23点になりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

展示を待つ会場。

 

 

とりあえず掛けてみる。

 

 

キュレーターさんにもお手伝い戴く。

 

 

途中、ナショナルジオグラフィックの表紙も飾った、

地元の高明な写真家が画集にサインしてくれと訪問。

その場で即席ワークショップ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巨大なフォードのピックアップ・トラックとガレージ。

 

 

ギャラリーに着いて、

先ずやらなければならないのはパネル作りです。

ガレージをお借りして作業を始めました。

 

 

 

 

大きなガレージは作業がはかどります。

道具は全て日本から持参しました。

例えばノコギリはアメリカでは押し切りなので、

慣れた物の方が間違いがありません。

 

 

 

 

日本ではパネルに紙を張って描きましたが、

アメリカへはパネルから外して丸めて持って来ました。

紙はパネルから外すと縮みますが、

その度合いは絵によって皆違うので、

正確に寸法を測ってそれぞれに合ったパネルを作ります。

巻尺もアメリカのインチ物では勘違いしそうなので、

日本から持参した物を使いました。

 

 

 

 

1日置いて接着剤が乾いたのを確認し、

カッターでバリを落としやすりをかけて、

作品保護のために最初に和紙を張ります。

そしてその上に作品を張っていきます。

 

 

 

 

全ての作品のパネル張りが終わり、

明日はキュレーターさんと相談しながら、

いよいよ会場に飾り付けです。