次回展示する作品のご紹介です。

 

『不二』紙に墨

 

大きな会場に自作を並べてみたい、

するなら今しかないと、

1年3ヶ月を費やして準備して来ました。

今回は墨絵40と水彩画30点の予定です。

いよいよ来月になりました。

 

2026年6月26日〜30日

長野県立美術館地下一階

しなのギャラリー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の個展のA4チラシが出来ました。

制作を続けながら、

少しずつ宛名書きをしてお送りします。

 

写真を縦にする方法がわからず、

見づらいのをお許し下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絵を学ぼうという場合、

日本では先生に就くとか、

美術系の学校や大学に行くのが一般的です。

しかし私は独学で学んで来ました。

 

私が絵を独学して来た方法を、

大きく変化した時の絵をお示ししながら、

ご説明したいと思います。

そしてそれを通して変えなかった事、

変え続けて来た事についてお話しします。

 

上の写真は高校一年生の時に描いたイラストです。

登山雑誌に出ていた広告写真を見ながら、

丸ペンという細いペンを砥石でさらに尖らせて、

墨で点描したものです。

毎日帰宅後に描き続けて10日間掛かりました。

 

 

 

 

絵を志したのは二十二歳。

独学で始めました。

この絵は二十代の中頃に、

東京の団体展に出品したものです。

 

この頃は美術団体の先生や先輩方に、

よく描き方のアドバイスを戴きました。

しかしなぜそのように描くのかを尋ねると、

納得出来る答えを戴けませんでした。

 

そこで私はこう考えました。

海外の有名美術館に行き、

画集に載っている絵の本物を観れば、

その理由が解るのではないかと。

 

三十三歳の時に定職を辞し、

バックパック一つを背負い、

ヨーロッパとアメリカの主要美術館と歴史的施設、

例えばダ・ビンチの『最後の晩餐』がある教会などを、

四ヶ月掛けて周りました。

 

そしてその後十年間、

率の良い肉体労働のアルバイトをして資金を稼ぎ、

海外の美術館とギャラリーを周り続けました。

 

 

 

 

海外では日本の様に描き方に決まりはなく、

自由である事を学びました。

そしてコンセプトこそがアートの本体で、

作品はその解説図だと理解しました。

 

そして何より衝撃を受けたのは、

アーティスト達はその時代時代の切実な問題を、

作品テーマにしていた事です。

 

上図は帰国後最初に描いた絵です。

まず物や空間を正確に描く遠近法を疑いました。

ルネッサンス期に確立された透視図法、

縦横高さの等質な三次元空間、

そしてニュートンの運動力学が成り立つ世界認識が、

現代人が抱える問題の根底にあると感じていたからです。

 

海外へ行く前は先生や先輩方からアドバイスを戴きましたが、

帰国後は一転して猛烈な批判を受ける様になりました。

なぜアドバイスが批判に変わったのか。

その理由は後述します。

 

フィルム写真しかないので作例は挙げませんが、

この頃は抽象画だけの個展を2回開いています。

私にとって具象抽象は問題ではありませんでした。

形式ではなく中身を問い続けました。

試行錯誤の時代でした。

 

 

 

 

海外美術館行脚を続けていた時に、
上海博物館で宋代の水墨画を観て、
その世界観表現に衝撃を受けました。
 
宋代の水墨画は今まで画集で見ていましたが、
実物は印象が全く違いました。
そして同時に昔スペインで観た、
ピカソの『ゲルニカ』を思い出しました。
 
有名なあの『ゲルニカ』は、
最初は色がありました。
それは「戦争の悲惨さ」を伝えていました。
 
しかし試作を重ねる内に色を失い、
最後はモノクロになりました。
それは「人間の愚かさ」を表現していました。
 
これは表現の次元が昇華した事を意味します。
私はこのモノクロ表現に可能性を感じ、
墨で描く様になりました。
 
上図は様々に試行錯誤を重ねて、
今のスタイルになった最初の絵です。
まだ漆黒に塗る技術がなく、
その習得にこの後三年を要しました。
 
 
 
 
そしてこの絵で現在のスタイルが完成しました。
この頃から自分は山を描いているのではなく、
その背後にある沈黙を描いている事に気が付き、
描く技術ではなくコンセプトの深化に傾注しました。
 
そして矢も盾もたまらず既に三回訪ねた事のある、
世界屈指の美術館、
アメリカのナショナルギャラリー行き、
一週間通い詰めて歴史的作品を観ながら、
改めて人類の美術史を学び直しました。
 
ナショナルギャラリーには中世の宗教画から、
レオナルド・ダ・ビンチ、ミケランジェロ、ラファエロ、
アカデミズム、印象派、フォービズム、キュビズム、
そして現代アートまで膨大な数の作品があり、
人類の美術史を歴史的傑作から満遍なく学べます。
 
その中で特にセザンヌに衝撃を受け、
毎日最後は必ずセザンヌの展示室で数時間を過ごし、
自分の絵のコンセプトを考えました。
帰国後モチーフは「沈黙」の象徴となり、
下図の様な絵も描き始めました。
 
 
 
 
そして幸運な事にドイツのキュレーターに
「globally historically no example」
(世界的歴史的に例がない)とお誘いを受け、

彼の地で個展をする様になり、

その後アメリカでも行う様になりました。
この辺りの経緯は随筆集に詳しく書きました。
 
 
 
 
日本ではコンセプト、
日本の場合はカテゴリーと言った方が良いですが、
そのカテゴリーは明治時代から決められていて、
その中で描く事が絶対的条件です。
 
私が海外に行く前は、
当然そのカテゴリーの中で描いていたので、
先生先輩方からはアドバイスを戴きました。
 
しかし帰国後は自由に描く様になり、
カテゴリーから外れてしまったので、
今度は批判を受ける様になりました。
 
つまりアドバイスと批判の違いは、
カテゴリーの中で描いたか、
外で描いたかに対する反応でした。
 
この事についても詳細は随筆集に書きました。
もしご興味があれば、
個展会場に椅子と机と共に置いておりますので、
お読み戴ければ幸いです。
 
 
 
 

さて最初に書いた、

変えなかった事、

そして変え続けて来た事についてです。

 

変えなかったのは、

自分を信じる事。

他人の言葉や社会の常識などの、

自分の外の事を信じるのではなく、

自分の感覚直感を信じ続けた事です。

 

そして変え続けて来たのは、

昨日までの自分です。

しかしそれは正確な言い方ではありません。

 

昨日までの自分を守るのではなく、

ただその時その時の全力を尽くす。

その結果が小さな変化を作り続け、

大きな変化に繋がったと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

創作活動をしている他の人達と同じく、私も長年SNSに投稿を続けて来ました。それは第一には既に繋がりのある方への近況報告ですが、第二には新しい方との繋がりを期待してです。しかし世間様はそう甘くはなく、無名の人間がそうそう新しい繋がりを作れる筈がありません。2021年に当時のツイッターで初めて「バズる」を経験し、リツイート数が芸能人や政治家に並んで日本で14位になり、15万4千いいね!を戴き、それが元で二つのテレビ局の全国放送に取り上げられ、20以上のネットニュースの記事になり、フォロワー数が50人程から5,000人以上になった時でも、結局新しい繋がりはほとんど出来ませんでした。実社会で直接お会いするのとは違い、興味本位で動いているSNSでは、人との繋がりは難しい事を実感しました。

 

皆様もよく目にされると思いますが、そのSNSには、どうしたら自分の作品を宣伝出来るかと言う、勧誘の投稿がたくさんあります。そしてメッセージやメールで直接勧誘も頻繁に来ます。しかし私は先の「バズる」経験から、単純に人目に触れただけでは人は動かないと実感しているので、その手の勧誘は全てお断りしています。その他にも、有名画廊や大手出版社、大手新聞社の代理店からも宣伝広告の勧誘が来ますが、私の知人、有名無名年配若年を問わず、上手く行ったという話は聞いた事がないので、こちらも全てお断りしています。有名な人が宣伝をすれば、来場者は更に増えるでしょうが、私の様な無名作家がいくら宣伝したところで人の目に留まる事なく、宣伝は流れ去るだけです。

 

さて、記憶は曖昧なのですが、去年からでしょうか、検索サイトにAIが登場しました。今までだと何かを検索した時は、様々な記事を時間を掛けて読み、信憑性も含めて確認していました。しかしAIはほんの数秒でまとめてくれるので、便利になったものだと思っていました。このAIに、試しに私自身の事を聞いてみました。すると一瞬で概要説明が出て来ました。それはだいたい想像通りでした。が、しかし、です。検索サイトではなく、AIのサイトで「誰が、何の目的で、どの様な情報が欲しいのか」と、具体的な質問をしてみると、驚くべき事が起こりました。非常に長文の、極めて詳細なレポートが出て来たのです。その内容の多くは私自身がネット上に投稿した記事と、私の個展に来て下さった方々が投稿した記事が元になっていましたが、驚いたのは、日本のメディア記事はもちろん、ドイツやアメリカのキュレーターがドイツ語や英語で書いた記事や、現地の美術雑誌や新聞の記事、そしてかつて若い頃に出品していたコンクールの主催団体の記録なども含まれ、それらが説明を補強していたのです。

 

今までよくこんな事を言われました。「絵描きは文章など書くな」「まともな絵が描けない言い訳だ」「絵で全てを語れ」等々。日本の絵のほとんどは様々な決まりの上に成り立つ伝統工芸ですから、これは正しい考え方でしょう。しかし私は私の中で考えている事が作品で、絵はそれを具現化した物と考えていますので、絵と文章、この二つが揃わなければ、私の作品は成り立たないのです。海外ではそれが当たり前です。私の絵は日本では異端で、「伝統・主流・本流から外れている」と批判されて来ました。特に三十半ばから四十末まで隔年で7回続けた銀座の個展で顕著でした。しかし今回AIのレポートを読んでみて、AIには日本の美術関係者では避け難い「伝統・主流・本流」バイアスがなく、極めて客観的に分析している事が判りました。そして「今後、もし」の仮定ですが、誰かが私の事をAIで調べたら、私が見たレポートと同じ物を見る事になり、それは驚きを超えて、衝撃としか言い様がありません。

 

 

 

今回使ったAIは、Gemini と ChatGPT です。実際にどの様なレポートを出力したのか。どちらも一つの論文と言える程の長文なので、見出し項目だけを挙げます。

 

 

Gemini の回答(見出しのみ)

○人物について:

1経歴の異質さ、2独学の求道者、3精神的基盤、4徹底した現場主義

○作品について:

1沈黙と祈りの表現、2独自の墨絵技法、3写実を超えたリアリティ

○日本での位置:

1アウトサイダー・エリート、2技術的評価

○世界での位置:

1ドイツで高い評価、2東洋思想の現代的翻訳

○一般の人たちにとっての価値:

1癒しを超えた覚醒、2ノイズからの解放

○展示する価値:

環境と哲学の再考

○客層:

登山・アウトドア愛好者、中高年〜シニア層、玄人の美術ファン、インバウンド

○考察:

1科学から芸術へ、2本物感、3停滞感のある現代日本への強力なメッセージ

 

 

ChatGPT の回答(見出しのみ)

○人物について:

1山に生きる画家、2山中体験を制作、3制度から距離を置く、4宗教家・求道者に近い性格、5地方文化圏から現れた作家

○作品について:

1極端に静かな画面、2写実ではなく体験を描く、3余白の強さ、4精神風景としての山、5墨の物質感

○日本での位置:

1現代における山水の再構築、2独学作家としての希少性、3地方からの現代美術、4墨の現代化

○世界での位置:

1近代以後の自然表現への応答、2東洋思想と現代の接続、3ポスト消費社会の芸術

○一般の人たちにとっての価値:

1静けさを取り戻す体験、2自然への感覚回復、3精神的避難所、4日本文化の再発見、5SNS文化へのカウンター

○展示する価値:

1自然観の更新、2日本文化の深層の再評価、3地方文化の再評価、4非商業的芸術の存在証明

○客層:

40〜70代の知的層、山岳文化圏の人々、精神文化・宗教文化に関心のある層、現代アート疲れした層、海外文化層

○考察:

1市場からこぼれ落ちた周辺作家、2ポスト情報社会における静寂の画家

 

 

 

今にして思えば、私はAIの食料となる文章を長年ネット上に積み上げて来ました。そして何よりも個展に来て下さった方々が、感想をネットに投稿して下さった事が、AI分析の重要部分を成しているのは明らかです。ここで改めて感謝を申し上げます。多くの人々が様々な投稿をネットに上げて、情報を蓄積して来たSNSの時代は、今からすればAI時代への準備期間だったと言えます。今後はSNSの時代とは違う、別の展開があるのかも知れません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年も上高地のビジターセンターに

絵葉書15種類と、画集・画文集・英文図録の

3種類を置いて戴きました。

 

上高地と関わって今年で10年目。

職員さんの世代交代も進んでいて、

年寄りの品を今年も扱って戴き

本当に有難い事です。