アカシックリーディングのモニターセッションを始めて半年ほど経った頃、夫の転勤で札幌から東京へ。



東京では知りあいもいなくて、知らない街で、2歳半のイヤイヤ期絶頂の娘と2人で、毎日大変で。




そんなある日、あのお世話になった男性カウンセラーさんのイベントが東京であるとのことで、娘を連れて参加することに。



そのカウンセラーさんと会うのは久しぶりで。



彼と話すと、気付きもあるのですが、エネルギー密度が濃すぎて、私には、くどいように感じられることも多く、しばらく遠のいていて。




それほど彼と話したいわけではなかったし、相談したいことも特に無く、けれど、慣れない東京暮らしで、なんとなく人恋しさと、他の参加者の話への興味から参加することに。




出入り自由の会だったので、その日は、娘と少し遅れて参加。



会場の部屋に入り、玄関で靴を脱いでいた時、中で他の参加者と話しているカウンセラーさんの声が聞こえて来ました。



話の内容はわからないけれど、なぜか、その声が、その日は、イヤな響きに聞こえて。



何だろう?

気のせいか?



中に入ると、10人くらいの参加者がいて、会うのは初めてでしたが、Facebookグループで繋がっていたので、なんとなく知っている人ばかり。




あのカウンセラーさんだけが椅子に座っていて、他の参加者はみんな床に座っていて。



札幌では、みんなで床に座って、輪になって語り合っていたけれど。



雰囲気が違う。



なんか宗教くさい。




みんなが、彼を崇拝しているような感じで、私が彼に反論すると、みんなから非難され。




いつもは、初対面でもそんなことはなく、みんなが自由に発言しているのに。



なぜか、その日はおかしくて。




娘があれこれイタズラをして、そのうち、誰かの飲み物のグラスをひっくり返してしまい、慌てて片付けたり。



帰りたいと、ギャーギャー騒ぎ出し。



とても、ゆっくり話せる状態じゃないし、なんかアウェイ感が強く、もう帰ろうとした時。



カウンセラーさんから『もう、ここにこだわらなくても、いいんじゃないの?スピリチュアルは他でも学べるよ』と。




そう言われ、ショックで、逃げるように、娘を連れて外に出て。




何かわからないけれど、札幌にいた時とは、何もかもが違う。




いろんなことがあってショックで、家に帰ると具合が悪くて起き上がれなくなり。




夫が帰って来たので、泣きながら事情を話し。




前々から、そこに出入りすることをよく思っていなかった夫は、珍しく強い口調で『もうそこには行くな』と。




その日は、いろいろショックだったけれど、そこでの学びが終わったのだと、わかりました。




それくらいの出来事がないと、私の執着が取れなかったから、ハイヤーがそうしたのでしょう。

そういうパラレルを選んだというか。




本当は、翌日も参加する予定だったのですが、カウンセラーさんに不参加の連絡と、今までのお礼の短いメールを送りました。




今思えば、重症すぎたのだと思います。



ボロボロ過ぎて、心を閉ざし、誰かに助けを求めることさえもできなくなっていた頃に、あのカウンセラーさんのような優秀な地球のヒーラーに出会って、窮地を救われ。



その体験のギャップがあまりにも大きすぎて、そこにとらわれ、執着してしまっていたのだと思うのです。



彼の言葉によって、そこから解放されたのですが、あの日の一連の出来事に、傷ついた気持ちが強すぎて、そう理解するには、とても時間がかかりました。




けれど、いずれにしても、最初の『師』のような存在と決別することで、独立して、自分の道を歩んで行こうと、さらに1人で模索していくことになったのです。