今回マイクロソフトを騙る詐欺サイトへ誘導するアイコンを記録しました。 それを紹介するとともに、新しい解決方法を記録しましたので紹介します。

 

 

新しい対処の仕方:

タスクマネジャーを起動後、Webブラウザーを停止することで、詐欺サイトを消します。シャットダウンや再起動の手間が省けます。こちら を参照してください。

 

古い対処の仕方:

"Ctrl+Alt +Del "の3つのキーを同時に押して、画面右下に電源キーのアイコンを出し、それをクリックすると、図(電源アイコン.jpg)のようにプルアップメニューが出るので、「再起動」をクリックします。これで正常に戻せます。

 

 

「国体」について以下の本を読んだ。

『「国体」とは何か』
荻野富士夫著、地平社、第1刷、
2026/4/10, 4200円、533頁


著者がこの本を書いた意図は以下の4つ。
①治安維持法に発するさまざまな恐怖感や抑圧感・威圧感・窒息感はどこから生まれてくるのだろうか、そして治安維持法が「法の暴力」をほしいままに振りまくことができたのはどのような理由にもとづくのだろうか。私はこれらについて治安維持法に組み込まれた「国体」の観点からとらえたい。(P14)

②「国体」はどのように人々のなかに広まり、定着したのだろうか。そして人々はどのように「国体」 に畏怖し、恭順し、呪縛され、統制され、動員を強制されていったのだろうか。(P16)

③家永のいう教育にとどまらない「権力統制による国民意識の画一化」と「多くの国民が戦争を支持し、協力したこと」について、つまり「国体」が教育その他の手段で人々のなかにどのように浸透・定着していくのか、そして「国体」の魔力がどのように発揮・発散されていったのかが次に考えられなければならない。(P24)

④ほぼ70年前に丸山から発せられた「日本の「国体」というものは一体何だろう」 という、現在に至るまでまだ十分に解き明かされていない問いの解明を本書は試みようとしている。(P24)

この本と一緒に下記のような文献を参照した。重要なのは、『教育勅語』と『国体(國體)の本義』

文献リスト
 
    『戦陣訓』東条英機 1941年(昭和16年)1月8日
    『教育勅語』1890年(明治23年)10月30日 皇室を中心とする日本国体観とこれに基づく忠君愛国の各民の養成
    『国体(國體)の本義』1937年(昭和12年) 文部省思想局。戦前日本の国家観・天皇観をわかりやすく解説
    『臣民の道』 教学局出版 1941年(昭和16年)7月21日
    『戊申詔書』1908年(明治41年)10月13日 明治天皇の詔書
    『終戦の詔書』 1945年(昭和20年)8月15日正午
    『国体明徴に関する声明』 1935年8月3日と10月15日の2度発表 美濃部達吉博士の天皇機関説に対する政府が発表
    『国民精神作興に関する詔書』1923年(大正12年)11月10日

以下1937年に文部省が作成した『国体(國體)の本義』から、「国体」に関する文章を列記する。

**** 引用開始 ****
•肇国(ちょうこく:国の始め):大日本帝国は、万世一系の天皇皇祖の神勅を奉じて永遠にこれを統治し給ふ。これ、我が万古不易の国体である。而してこの大義に基づき、一大家族国家として億兆一心聖旨を奉体して、克く忠孝の美徳を発揮する。これ、我が国体の精華(最も優れている点)とするところである。
•而して皇孫降臨の際に授け給うた天壌無窮の神勅には、「豊葦原の千五百秋の瑞穂の国は、是れ吾が子孫の王たるべき地なり。宜しく爾皇孫(いましすめみま)就きて治せ。行矣(ゆきませ)宝祚(あまつひつぎ)の隆えまさむこと、当に天壌窮りなかるべし。」と仰せられてある。即ちこゝに儼然たる君臣の大義(行動の根拠となる正当な目的や意義)が昭示せられて(あきらかにすること)、我が国体は確立し、すべしろしめす大神たる天照大神の御子孫が、この瑞穂の国に君臨し給ひ、その御位の隆えまさんこと天壌と共に窮りないのである
•天壌無窮の宝祚(あまつひつぎ、ほうそ:皇位)は我が国体の根本であつて、これを肇国の初に当つて永久に確定し給うたのが天壌無窮の神勅(神が与えた命令)である。
•我が天皇と臣民との関係は、一つの根源より生まれ、肇国以来一体となつて栄えて来たものである。これ即ち我が国の大道であり、従つて我が臣民の道の根本をなすものであつて、外国とは全くその撰を異にする。固より外国と雖も、君主と人民との間には夫々の歴史があり、これに伴ふ情義がある。併しながら肇国の初より、自然と人とを一にして自らなる一体の道を現じ、これによつて弥々栄えて来た我が国の如きは、決してその例を外国に求めることは出来ない。こゝに世界無比の我が国体があるのであつて、我が臣民のすべての道はこの国体を本として始めて存し、忠孝の道(主君に対して偽りのない誠意を尽くす「忠義」と、親に対する敬愛と恩義を忘れない「孝行」という、東洋の伝統的な倫理・道徳規範を指す)も亦固よりこれに基づく。
•我が国に於ける一切の文化は国体の具現である。文化を抽象的理念の展開として考へる時、それは常に具体的な歴史から遊離し、国境を超越する抽象的・普遍的のものとならざるを得ない。然るに我が国の文化には、常に肇国の精神が儼存してをり、それが国史と一体をなしてゐる。
•我が国のあらゆる学問は、その究極を国体に見出すと共に、皇運の扶翼を以てその任務とする。
•我が国の教育も、亦一に国体に基づき、国体の顕現を中心とし、肇国以来の道にその淵源を有すべきことは、学問の場合と全く同様である。
•まことに忠孝一本は、我が国体の精華であつて、国民道徳の要諦である。
•大日本帝国は、..... 一大家族国家として億兆一心聖旨を奉体して、克く忠孝の美徳を発揮する。これ即ちわが国体である。

**** 引用終わり****

これらの引用から見られるように「国体」とは、「万世一系の天皇皇祖の神勅を奉じて永遠にこれを統治し給ふ。」から来ている。「皇祖の神勅」とは、『皇孫降臨の際に授け給うた天壌無窮の神勅、「豊葦原の千五百秋の瑞穂の国は、是れ吾が子孫の王たるべき地なり。宜しく爾皇孫(いましすめみま)就きて治せ。行矣(ゆきませ:別れの言葉)宝祚(あまつひつぎ:「皇位」を意味する言葉)の隆えまさむこと、当に天壌窮りなかるべし。』である。

 

天皇が天壌無窮(物事が未来永劫いつまでも変わらずに続くこと)に日本を治める(国や組織を統治する)こと」 つまり、 日本は君主国体(君主制:天皇主権)であり、「日本の政治体制はもちろん文化(芸術、学問、教育、経済、軍事)までも、この「国体」を基礎として運営されてきているということである。そのような「日本国のすがたかたち」を「国体」と言っていると思う。現在の民主主義は個人主義の最たるものとして絶対反対の立場を表明している。

そして、「まことに忠孝一本は、我が国体の精華であつて、国民道徳の要諦である。」や「大日本帝国は、..... 一大家族国家として億兆一心聖旨を奉体して、克く忠孝の美徳を発揮する。これ即ちわが国体である。」とあるように、「臣民」は万世一系の皇室に忠義を尽くし、一大家族国家的な「天皇(父)」および「臣民(子)」としてふるまうことが「国体」の具体化である。

「八紘一宇の精神、または八紘為宇の精神」も、皇統の一系に象徴される神武天皇の詔勅、「八紘一宇の大使命:「六合(くにのうち)を兼ねて以て都を開き、八紘(あめのした)を覆いて宇(いえ)と為さん。(皇国の国是は八紘を一宇とする肇国の大精神に基づき、世界平和の確立を招来することを以て根本とする。)」から来ている。そしてこの「肇国の理想たる八紘一宇」が、「大東亜新秩序」を作るとして、アジア侵略戦争の正当化に使われた。

**** 以下、荻野富士夫著『「国体」とは何か』 から一部抜粋 ******
「鹿野政直によれば「国体論は、一八八九年二月一一日の大日本帝国憲法と翌九〇年一〇月三〇日の教育勅語で、制度と精神の天皇制として定式化され」るとともに、「国体論の不可侵性」が強まり、内村鑑三不敬事件(一八九一年)、久米邦武の「神道は祭天の古俗」事件(一八九二年)以来、「「国体」の二文字を振りかざせば沈黙を余儀なくされる、という知的風土」がつくられたとする(『近代日本思想案内」一九九九年)。大きな枠組みとしてはこの通りだと思うが、世上にあふれた「国体」論を仔細にみると、一九三○年代半ばまで人々の生活・信条を大きく規定するほどには「国体」観念はまだ浸透・定着しきれていなかったことがわかる。「国体」への恭順、呪縛や統制はまだ限定的であった。」(P26:『「国体」とは何か』    荻野富士夫著)

「勅語のさまざまな注釈書が刊行されるが、水戸学を継承している内藤耻叟の『勅語俗訓』全(一八九〇年一二月)ではこの部分を次のように解説している。「国体とは此日本国のすがたかたちを云うなり、此すがたかたちの他の国々にはすぐれてうるわしくけだかく見上らるるは外ならず、この国にすむ人間の上下一致して一団となり、上には代々仁徳の君をいただき、下には人々忠義孝悌の心をはげまして一心一体に和順協和する中心のあつまりて此国のすがたのけだかくうるわしき光とはなりたるにて、これを国体の精華とは宣わせられしなり、精華とは精栄光華という事にて、即人心のあつまりで此うついしき花のさきい姿なるべし」(P32:『「国体」とは何か』    荻野富士夫著)

「治安維持法の前半一〇年の猛烈な運用は、その内在する「強制的道徳律」の機能や「転向」施策の開発・活用により「国体」を一段と誇示させることになった。その威力は同時に教育勅語に発する「国体の精華」を新たな次元にまで引き上げることになり、三○年代後半以降、社会への浸潤と氾濫を導き出し、「国体」の不可侵性を不動なものと固定し、人々をあらゆる領域で恭順させ、呪縛し、統制し、 ついで総力戦の遂行に動員した。」(P504:『「国体」とは何か』    荻野富士夫著)

**** 荻野富士夫著『「国体」とは何か』 から一部抜粋 終り ****** 


なお、この「国体」を形容する言葉が、「惟神(かみながら)の国体」、「万古不易の国体」、「無比の国体、世界になき国体」、「美しい国体」、「絶対唯一の国体」、「万邦無比の国体」、「金甌無欠の国体」、「皇国の国体」であり、「国体」は、まさに、「日本いいね、Cool Japan」そのものだと私は思う。ばかばかしくて、くだらなくて、やってられないような、非常に薄っぺらなものだ。

しかし、その「国体」が猛威を振るう。

『国体(國體)の本義』が出されたのは1937年だが、その12年前の1925年に普通選挙法とセットで制定され、1928年に結社の組織者・指導者の最高刑が死刑に引き上げられた思想・政治弾圧法である治安維持法の適用に「国体」が利用された。現在の憲法に掲げられている民主的条項(第3章)だけではなく、天皇制の廃止や侵略戦争反対を掲げていた日本共産党(32年テーゼ)が、大弾圧を受ける原因にもなったのが、この「国体」である。この治安維持法よる逮捕者は数十万人、検察官へ引き渡された者は約7万5,000人。また、拷問や虐待による死者は少なくとも100名以上。獄中での病死や釈放後の後遺症を含めると1,000名以上の犠牲者が出たと推計されている。そして、その人たちの家族を入れると相当数の人々の人生が変えられてしまった。

この「国体」の「精華」である、「天皇主権」や「国体」の教科書の一つでもある『教育勅語』や、”愛国心"までも現代の社会に持ち込もうとしているのが参政党の「日本国憲法構想案」だ。そして、2025年には、戦前の治安維持法の再来と言われる「スパイ防止関連2法案」を国会に提出している。これらは何としても阻止すべきだと考える。「国体」の亡霊はいまも生きている。

参政党の「日本国憲法構想案」より
第一章 天皇 (天皇)
第一条 日本は、天皇のしらす (治める意味の古語) 君民一体 (天皇と国民が一体となって国を治める意味)の国家である。
2 天皇は、国の伝統の祭祀を主宰(大嘗祭、新嘗祭などは国の公式の祭祀となる。)し、国民を統合する。
3 天皇は、国民の幸せを祈る神聖な存在(神聖は君主の属性でもあり、皇祖皇宗の神霊と一体として詔勅を発し、祭祀を主 宰する事実による)として侵してはならない。

第9条 (教育)の第4項
4 教育勅語など歴代の詔勅愛国心、食と健康、地域の祭祀や偉人、伝統行事は、教育において尊重しなければならない。

 

以上 (2026/7/20 作成、2026/7/20 修正)

「参政党の日本国憲法構想案(PDF)」を作った。

 

参政党のWebにある日本国憲法構想案は、検索ができず使いづらかったので、検索可能なPDFにしました。

 

Google翻訳のOCRで作りましたので誤字があるかも知れません。見つけたら随時修正します。

 

一つやっかいなのは「国体」で検索してもダメなこと。「国体」ではなく、「國體」で検索することが必要です。この憲法構想案には「國體」が2回でてきます。「國體」とは、戦後の国会で否定された1890年に出された教育勅語の内容そのものです。ただ、参政党の「國體」は、「公権力のあるべき道を示し、国民を本とする政治の姿を不文の憲法秩序とする。」として、「政治体制」を意味しているようです。「国体」には両義性があると言われており、単なる「政治体制(天皇制)」ではなく、「精神性」もあると言われています。それが、教育勅語の内容の、「12の徳目(父母ニ孝ニ、兄弟ニ友ニ、夫婦相和シ、朋友相信シ、一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シなど)」です。

 

前文:「天皇は、いにしえより国をしらすこと悠久であり、国民を慈しみ、その安寧と幸せを祈り、国民もまた天皇を歌慕し、国全体が家族のように助け合って暮らす。公権力のあるべき道を示し、国民を本とする政治の姿を不文の憲法秩序とする。これが今も続く日本の國體である。」

第二十二条 統治は、國體を尊重し、全国民のため、和の精神をもって行う。

「日本国憲法9条と自衛権」という内容でCopilotと対話した。2026/7/12 (7/15修正)

 

これまで憲法9条と自衛権の関係についてもやもやとしたものが残っていた。その理由として日本共産党や社民党など日本国憲法を遵守すると言っている政党が、9条が放棄した交戦権の行使としての自衛戦争を容認しているからだ。今回以下の17個のQ&Aを通して私自身の考え方と自衛隊合憲論者の言うことがはっきりしたのでもやもやがなくなったのは良かった。Copilotは自衛隊合憲論者が圧倒的に多いとしている()。それにしても生成AI恐るべし。

 

(注)GeminiでQ&AをしたところCopilotの見解とは逆の結果がでた。自衛隊は違憲または疑いが憲法学者の75%で、合憲論者は25%だった。(2015年朝日新聞社アンケート) 

 

日本の政党には私の考える自衛権と同じ政策を取っているところは今のところないのが残念だが、選挙では、よりマシな政党に投票している。

興味がある方はWebにQ&Aを載せたので読んでみて欲しい。ダウンロードに期限はない。ダウンロードは=> こちら(日本国憲法9条と自衛権(Copilotとの対話))

また、私の自衛権(自衛隊)に関する考えはいくつかのブログに書いているので、興味がある方はこちらも参照を。

(国防私案 個別的自衛権の行使も放棄すべし 2014/9/17)
(花岡茂著 『自衛隊も米軍も日本にはいらない』を読んで 2020/11/23)
(「市民的抵抗」こそが日本国憲法第九条の具体化だ  2025/6/23)

以下が17個の質問。

①日本国憲法を遵守すると言っている政党が、9条が放棄した交戦権の行使としての自衛戦争を容認しているのは矛盾ではないですか。
②共産党、社民党なども「侵略されたら国民をまもるために戦う」と言っています。矛盾してしませんか。
③共産党・社民党が国の「自衛権」を認めるのであれば、政府と同じ立場(専守防衛)になりますがその矛盾はどう解消しているのでしょうか。
④交戦権の本来の意味(GHQ案・芦田修正)を説明してください。
⑤共産党・社民党の「非軍事自衛」の具体的な想定を説明してください。
⑥日本共産党や社民党の「自衛」は、ジーン・シャープやエリカ・チェノウェスの「市民的抵抗」と共通の思想ですね。
⑦日本共産党は侵略された場合は自衛隊を活用して日本を守ると言っていますが、これは今まで説明された非武装で自衛とは異なりませんか。
⑧共産党の安全保障論に対する学界の批判点の整理をしてください。
⑨『憲法学界では、 「自衛隊は違憲」という学説は少数派』の根拠は?
⑩学界の多数派が「違憲とは断定しない」理由の詳細分析をしてください。
⑪国連憲章第51条が「武力攻撃に対する自衛権」を認めていることと、交戦権までも放棄した日本国憲法9条とは別だと思う。憲法9条が「個別的自衛権」を認めているとしても「武力攻撃による自衛権」を9条が認めているとする根拠はなにか。
⑫私が尋ねているのは、多数派が「武力による自衛権は9条で否定されていない」とする理由です。各国には自衛権があることを認めても、武力による自衛ではなく非武装により自衛権の行使を9条は求めているのではなのですか。
⑬多数派は「憲法は国家の存立を前提にしている」という観点から非武装による自衛を否定していると言われますが、「国家の存立」が一時的には失われても時間をかけて取り戻せます。戦争を起こしてしまった場合の人的・物的被害を考えると、本当の「国家の存立」を守るということは武力による戦争を起こさないことではありませんか。
⑭「抑止力がゼロになるため、侵略のリスクが増す。軍事力ゼロの国家は侵略の標的になりやすい。」という言明はどのような研究で立証されていますか。逆に抑止力が均衡している国家間のほうが、戦争が発生しやすいという研究もあるのではないですか。
⑮全面違憲説(非武装自衛論)の学術的体系を解説してください。
⑯多数派の憲法学者が全面違憲説を採用しない理由が良くわかりました。最後に「全面違憲説と政府解釈の比較表」を作ってください。

⑰2015 年朝日新聞の憲法学者を対象にしたアンケートや調査において、自衛隊合憲論 と違憲論の比率は「違憲(疑い含む)が約 7 割以上」「合憲が約 2 割」です。憲法 学界においては、依然として「自衛隊違憲論(または違憲の疑いがある)」とする立場 が圧倒的な多数派だと思いますがいかがですか。<= (7/15追加)

 

"『Ifの総て』 島田雅彦著、新潮社,第1刷,2026/4/20"の紹介。。

 

図書館で借りて一日で読んだ。小説だがリアリティ満載。映画にしたら面白そう。

 

内容:
霧生喜朗の開発したカオス・ジェネレーターは特殊生成AIで、漢字で書けば混沌生成装置。これを活用することにより ヒストリー・シミュレーター(歴史シュミレーター )として使えると考えた花村薫(オルタナヒストリー研究所所長 )は、過去や未来へ移動して、御巣鷹山での飛行機
機墜落事故、日米安保条約改定、真珠湾攻撃、20年後(20240年代)の新宿などの背景を調査し、歴史の書き換えが可能かを芥川佑の娘の穂花と探る。さて歴史の書き換えはできるのか。そして未来の風景とは。

 

「え、こんなこと書いちゃっていいの(エア・ジャパン機墜落事故:JAL123便墜落事故の真相)」というようなことも出てくるので一気に読ませてくれる。

 

ちなみに登場する歴史的人物は以下の面々、実在の人物。()内は私の推測、白鳥宗親だけは誰かわからないが山本太郎に近い人物と思われる。


長曾根康彦、竹永閉藏、濃墨准一郎、毛利与四郎、暗殺された野党議員石狩剛毅(石井紘基)、新聞記者の芥川佑(鈴木啓一)、自主独立党の党首  白鳥宗親(山本太郎?)、吉師信介、元特攻隊員の俳優 鶴川健二、山頭満(頭山満)、木霊善夫、古田茂、鷹山一郎、松力正太郎、石階談山、井桁隼人、東條英機