ハロウィーンも無事終わり、11月がやって来ました。ここ2週間程で一段と秋もみじらしい気候になりましたよね。さて、秋と言えば食欲カップケーキ赤ワインの秋、読書本の秋、芸術バレエ音譜の秋等と言われますが、何と言ってもスポーツ野球サッカーをするには気持ちの良い季節ですよね。そこで今回は、女子プロテニス選手テニスで、実力のみならずその容姿からもアイドル並みに注目され、コート外でもモデル等で活躍を続けるマリア・シャラポワの自伝である『Unstoppable: My Life So Far (邦題:マリア・シャラポワ自伝)』を紹介したいと思います。

Unstoppable: My Life So Far

Unstoppable: My Life So Far (オーディオブック)

 

チェルノブイリ事故の被害を受けた地域に暮らしていた両親の元にロシアで生まれ、幼い頃から頭角を現した娘の才能を信じた父親と共にアメリカ・フロリダ州に移住し、そこのエリート養成スクールでトレーニングを受け世界のトップにまで上り詰めたシャラポワですが、その苦労も並大抵のものではなかったそうです。

 

1987年、ロシアは西シベリアにあるニャガンという町で生まれたシャラポワ。本名はマリアではなくマシャと言い、父のユーリと母のエレナは元々旧ソ連の現在はベラルーシという国になっているゴメルという町の出身でしたが、マシャが生まれる前年の1986年にチェルノブイリ原発事故が起き、ゴメルにも影響があったため、その時お腹にいたマシャへの影響を心配した祖母と父がチェルノブイリから遠く離れた地域への引っ越しを決めたためでした。父は建設業で働いていたのですが、シベリアの寒さに耐えきれなくなり、マシャが4歳の時にオリンピックが開かれた事で有名な南の保養地・ソチへ引っ越します。家は貧乏だったそうですが、趣味でテニスをやっていた父に付いていった先のコートでテニスと出会い、幼いながらも稀有な才能を発揮して、コーチからレッスンを受け、その彼から「この娘は才能があるからアメリカでしっかりしたトレーニングを受けた方が良い。」と助言されるまでの腕前に。その後、6歳の時に参加した有名プロテニス選手・マルティナ・ナブラチロワが主催したクリニックに出向いた時も、ナブラチロワに褒められアメリカ行きを強く勧められた事から父は娘の才能を伸ばすために家族を連れてアメリカ移住を果たすのですが、ロシアのコーチらに勧められたフロリダにある名門テニス・スクール、IMGアカデミー(本では父が雑誌を見てこの学校に決めた様に書いてあるのですが、ネット等ではナブラチロワがこの学校を勧めたという情報があり、どちらが正確なのかは分かりません)の授業料は300万円以上もするのに対し、シャラポワ一家の移住資金はわずか7万円しかなく、おまけにマシャが学校に入学出来る年齢に達していなかったため、父は朝から夜まで働き通しで一家の生活を支えます。一家がアメリカへ来て2年後にようやくマシャはIMGへ奨学生として入学するのですが(この学校でマシャはマリアと改名)、そこでも言葉の壁や他の生徒達からの嫉妬によるいじめが彼女を待っていたのでした、というスポ根漫画を絵に描いた様な自伝で、特にテニス・ファンではない私が読んでも心を揺さぶられる内容でした。とにかくこのお父さんの情熱が凄い!!よく考えると、テニス・スクールの入学最低年齢とか費用を調べてから移住しようよとか、学校にシャラポワがプレーをしている所を撮ったビデオでも送って最初から奨学金が貰える様にすればよかったのにとか、そんなお金のかかるアメリカ移住を勧めるなんて(しかも学費のバカ高い学校びっくり)ロシアのコーチとナブラチロワって一体とか色々ツッコミ所はありますが、このお父さんがここまでしてくれたからこそ、今のシャラポワがいるのでしょうねニコニコ。旧ソ連に貧富の差があるのも意外でした。その他にも、自身のセリーナ・ウィリアムスとの確執を始めとするテニス界の裏話や、ドーピング問題についても言及していて、彼女のファンやテニス・ファン、スポーツ・ファンは勿論、テニスやスポーツにあまり詳しくなくても面白く読め、落ち込んだ時には頑張ろうという勇気と気力を貰える、割と万人受けする自伝だと思います。

 

英語は、海外の自伝にはよくある形態で、恐らくプロのゴースト・ライターの手による口述筆記と思われる本ですので、使われている言葉は口語が多く読み易いです。テニスの話が沢山出てくるためテニスの知識がないと分からない所もありますが、その様な箇所は読み流して(笑)読むと楽しく読めますし、ある程度若いネイティヴの使う英語を知る事が出来る点でも英語学習に適していると言えますグッド!

 

邦訳も出ています。

マリア・シャラポワ自伝