続き
ひとひらの奇跡〜40歳、魔法少女になります!?〜
第2話:初陣、ピュア・クラリティ!
「え……由美子さん……?」
翌朝、忘れ物の変身ステッキを取りに戻ってきたミラクル・サクラは、ルミナ・サポートの事務室の入口で固まっていた。
そこにいたのは、いつもの地味なスーツ姿の佐伯由美子ではなかった。
淡いピンクと白を基調にしたフリルの衣装。
胸元には透明な桜の結晶のようなブローチ。
長いリボンがふわりと揺れ、手にはミラクル・サクラのものとは少し形の違う、澄んだ光を放つステッキ。
そして、本人は顔を真っ赤にして机の陰に隠れていた。
「見ないで、サクラちゃん……! これは違うの……事故なの……!」
「いや、どう見ても変身してます! しかも正式認証されてます!」
サクラが慌てて端末を確認すると、画面には大きく表示されていた。
新任魔法少女:ピュア・クラリティ
適合率:92%
任務対応可能
「きゅ、92%……!? わたしより高い……?」
「そんな数字、今はどうでもいいのよ!」
由美子が半泣きで叫んだ、その瞬間だった。
ルミナ・サポート本部の警報が鳴り響く。
緊急魔力反応。市街地東区にて、闇獣出現。
現場対応可能な魔法少女、至急出動してください。
サクラの顔つきが変わる。
「まずい……今日は正式メンバーが全員別任務中です。今動けるのは……」
その視線が、自然と由美子へ向いた。
「む、無理よ! わたし、戦ったことなんて一度も――」
「でも由美子さん、誰よりも私たちの戦闘記録を見てきたじゃないですか。敵の癖も、魔力の流れも、作戦の組み方も、全部知ってます」
「それは書類の上での話でしょう!?」
由美子は震える手でステッキを握りしめる。
怖い。
恥ずかしい。
逃げたい。
けれど、警報画面には避難誘導中の市民の映像が映っていた。
泣きそうな子どもを抱え、必死に逃げる母親。
崩れた看板の下で動けなくなっている老人。
由美子の表情が、少しずつ変わっていく。
「……サクラちゃん。私は、現場の魔法少女じゃない」
「由美子さん……」
「でも、逃げ道の誘導と敵の弱点分析なら、誰よりもできる」
彼女は深く息を吸い込んだ。
「ピュア・クラリティ、出動します」
市街地東区に現れた闇獣は、黒い煙をまとった巨大なカラスのような怪物だった。
羽ばたくたびに、周囲の看板や街灯が黒い霧に覆われ、動きを鈍らされていく。
「闇獣タイプ:シャドウクロウ。過去記録に類似個体あり。弱点は胸部の魔核……ただし高速飛行型」
由美子はビルの屋上に降り立つと、自然に分析を口にしていた。
足は震えている。
けれど、頭は驚くほど冴えていた。
「サクラちゃん、右側の路地に避難者が残っています。誘導をお願い」
「了解です!」
魔法少女として休日だったサクラは変身していない普段着姿のまま、通信端末を片手に地上へ走る。
「由美子さん、無茶しないでください!」
「ええ。無茶は若い子の特権よ。私は、段取りで勝つわ」
闇獣が鋭い鳴き声を上げ、由美子へ突進する。
「きゃあっ!」
反射的にステッキを前に出した瞬間、透明な光の盾が展開した。
クラリティ・シールド。
「出た……! でも、名前が勝手に……!」
闇獣の爪が盾に弾かれ、火花のような光が散る。
由美子は驚きながらも、すぐに敵の動きを観察した。
「攻撃後、左翼の動きが一瞬遅れる……記録通りなら、魔核の防御が薄くなるタイミングは三秒」
彼女は魔法少女たちを支えてきた十数年分の経験を思い出す。
誰がどんな失敗をしたか。
どんな作戦が通じたか。
どんな時に仲間が傷ついたか。
そのすべてが、今の彼女の武器だった。
「私は、みんなを見てきた。だから――みんなの戦い方を、知っている!」
由美子はステッキを掲げる。
「クラリティ・ライン!」
光の糸が空中に走り、闇獣の進路を幾何学模様のように封じ込める。
敵は羽ばたきながら回避しようとするが、由美子は冷静に次の一手を読む。
「そこ!」
光の糸が絡み、闇獣の動きが止まった。
サクラが地上から叫ぶ。
「由美子さん、今です!」
由美子は顔を上げる。
胸の奥に、今まで感じたことのない熱が灯っていた。
「怖いけど……恥ずかしいけど……それでも、守りたいものがある!」
ステッキの先端に、透明な桜色の光が集まる。
「ピュア・クラリティ――」
彼女の声は、もう震えていなかった。
「クリスタル・サクラ・リフレクション!」
放たれた光は、ただ敵を破壊するものではなかった。
闇を包み込み、濁った魔力を浄化し、黒い煙を桜の花びらのような光へと変えていく。
闇獣は苦しげに鳴いたあと、静かに消滅した。
街に、青空が戻る。
「や……やった……?」
由美子はビルの屋上に座り込んだ。
そこへサクラが駆け上がってくる。
「由美子さん、すごいです! 初陣で闇獣を単独浄化なんて!」
「単独じゃないわ。あなたが避難誘導してくれたからよ」
由美子は照れたように笑った。
その笑顔は、いつもの事務室で見せる穏やかなものと同じだった。
けれど次の瞬間、彼女のステッキが淡く点滅し始める。
「え? な、何……?」
緊急任務完了。臨時適合状態を解除します。
「解除……?」
光が由美子を包む。
フリルもリボンも、桜色のブーツも、透明な魔法の輝きも、花びらのようにほどけていく。
そして光が消えた時――
そこに立っていたのは、いつもの黒髪ポニーテールに地味なスーツ姿の佐伯由美子だった。
「戻った……」
由美子は自分の手を見つめ、次にサクラを見た。
「戻ったわ……! よかった……!」
心底ほっとしたように胸を撫で下ろす由美子。
しかし、サクラの端末にはまだ小さな文字が残っていた。
ピュア・クラリティ:登録保留中
再変身条件:未解析
サクラはそれを見て、少しだけ苦笑する。
「由美子さん……たぶん、完全に終わったわけじゃなさそうです」
「え?」
「また、何かあったら変身するかもしれません」
由美子の顔から血の気が引いた。
「……嘘でしょう?」
その時、本部から通信が入る。
佐伯由美子さん。今回の戦闘記録を確認しました。あなたには今後、臨時魔法少女アドバイザー兼予備戦力として待機していただきます。
「待ってください! 私は事務職です!」
肩書きは変更ありません。職務内容が少し増えるだけです。
「それが一番困るんですけど!?」
サクラは笑いをこらえながら、由美子の肩に手を置いた。
「大丈夫です、由美子さん。私たちがついてます」
由美子は深くため息をついた。
けれど、その表情には少しだけ、誇らしさも混じっていた。
「……仕方ないわね。書類仕事も、魔法少女も、段取りが大事よ」
こうして、40歳の裏方マネージャー・佐伯由美子は、今日だけのはずだった魔法少女としての初陣を終えた。
そして彼女はまだ知らない。
この日を境に、ルミナ・サポートの記録ファイルに新しい項目が追加されたことを。
臨時魔法少女:ピュア・クラリティ
備考:本人は強く辞退希望。だが適性極めて高し。