最近読了した本。
下手の横好きと言われようとリュシアン・フェーブルを好み、アラン・コルバンを愛読する僕にとって長年気になる存在であったジョルジュ・ルフェーブルの高名な論文がせっかく文庫で読めるようになったので、読んでみた。それにしても、これは本格的論著というより短論文という体のものなので、立ち読みで半分、購入して帰宅して半分という程度で読み終わってしまった。
群衆心理分析の祖として知られるギュスターヴ・ル・ボンは、人間が大勢集まって群衆となると、理性が後退して動物性への回帰を起こすとし、盲目的な付和雷同性や破壊衝動を指摘している。たとえば革命時、群衆が蜂起した瞬間など、たくさんのニンゲンの渦中にあってものを考えるヒマがなくなった個々人は、まわりの考え方や行動に同調しやすくなり、やがてはリーダーの唆しに乗って破壊行動に出てしまう、というわけだ。「心的感染」という言葉が使われるが、まるでウィルスが感染してゆくかの如く、ことごとく我を失いわーっと動員されてゆくさまを、この言葉は生々しく想像させてくれる。少なくとも、蜂起の瞬間に訪れる忘我の境地を表すための文学的表現として、なかなか秀逸というべきじゃないかと思う。
忘我の境地というと神秘主義を思い出す。じっさい、支配と服従のヒエラルキーが崩れ、だれもが「感染」したように感情と意思を同じくして動き出す状況は、主客合一の神秘的状態と呼べないでもない。じじつ、革命思想と神秘主義を結びつける論客は少なからずいる。その意味で、笠井潔とシモーヌ・ヴェイユの取り合わせは必然性を持っているわけだ。
話を戻そう。左記のルボンの群衆観を、ルフェーブルは批判している。蜂起する群衆の心理を「理性の後退/動物性への回帰」で説明するのは不適切だというのだ。その瞬間、人々は「ものを考えなくなって」いるのではないし、盲目的にリードされているわけでもない。彼らは「集合的心性」を形成し、それとの合意によってリーダーの指揮を認めて(!)いる。つまり、そこには契約のような状況があるのだ。(ルフェーブル自身はそんな言い方はしていないけれども。)
とはいえ、彼も「心的感染」を否定しているわけではない。リーダー(主)と大衆(客)それぞれの感情と意思が融け合った(合一)ような忘我の境地があることを、彼の議論は排除しない。ただ、それが起きるのは集合的心性との合意がうまくいったときだけと、留保を付けているのである。こうして鍵を握った集合的心性への着目に基づき、ルフェーブルは群衆を三つのレベルに区別する(1.《単純な》集合体/2.半意識的集合体/3.《意識的に結びついた》結集体)。
思えば、神秘主義流の主客合一の考え方には昔から違和感があった。何だかそれは、両想いを期待する求愛のように思えたのだ。想う自分と想われる相手、反転して想われる自分と想う相手。それがうまく円環をかたちづくったときのエクスタシーに相当なものがあるのはわかる。だが、それはかなりレアなことではないのか。むしろ、蹉跌へと到るのが普通ではないのか。……と言うと、まるでモテナイ君の論理みたいだが、モテる者だって蹉跌は常態である。いくら「もこみち君」がモテモテ君だとしても、群がる女の子がじぶんの望む相手ばかりとは限らない。まして、彼の好みが「自分からはけして求愛してこないような、奥ゆかしくてはにかみやの女の子」だとしたらどうなるか。毎日が想像を絶する修羅である。
そうなると望むべくは、やはり、蹉跌の可能性を前提とした見方だろう。ルフェーブルの見方は、革命的群衆の蜂起とアンシャン・レジームの打倒という「うまくいった場合」のみならず、その後の多くの革命運動のように「うまくいかない場合」の理由をも説明可能にする。また、「うまくいった」後にきまって訪れる望ましくない状況(たとえばジャコバン独裁)や「リヴァイアサンがベヒモスか」の究極の選択といったことにまで展望を開いてくれるだろう。小篇ながら、歴史学の面白さを存分に楽しめる論考である。(了)
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下手の横好きと言われようとリュシアン・フェーブルを好み、アラン・コルバンを愛読する僕にとって長年気になる存在であったジョルジュ・ルフェーブルの高名な論文がせっかく文庫で読めるようになったので、読んでみた。それにしても、これは本格的論著というより短論文という体のものなので、立ち読みで半分、購入して帰宅して半分という程度で読み終わってしまった。
群衆心理分析の祖として知られるギュスターヴ・ル・ボンは、人間が大勢集まって群衆となると、理性が後退して動物性への回帰を起こすとし、盲目的な付和雷同性や破壊衝動を指摘している。たとえば革命時、群衆が蜂起した瞬間など、たくさんのニンゲンの渦中にあってものを考えるヒマがなくなった個々人は、まわりの考え方や行動に同調しやすくなり、やがてはリーダーの唆しに乗って破壊行動に出てしまう、というわけだ。「心的感染」という言葉が使われるが、まるでウィルスが感染してゆくかの如く、ことごとく我を失いわーっと動員されてゆくさまを、この言葉は生々しく想像させてくれる。少なくとも、蜂起の瞬間に訪れる忘我の境地を表すための文学的表現として、なかなか秀逸というべきじゃないかと思う。
忘我の境地というと神秘主義を思い出す。じっさい、支配と服従のヒエラルキーが崩れ、だれもが「感染」したように感情と意思を同じくして動き出す状況は、主客合一の神秘的状態と呼べないでもない。じじつ、革命思想と神秘主義を結びつける論客は少なからずいる。その意味で、笠井潔とシモーヌ・ヴェイユの取り合わせは必然性を持っているわけだ。
話を戻そう。左記のルボンの群衆観を、ルフェーブルは批判している。蜂起する群衆の心理を「理性の後退/動物性への回帰」で説明するのは不適切だというのだ。その瞬間、人々は「ものを考えなくなって」いるのではないし、盲目的にリードされているわけでもない。彼らは「集合的心性」を形成し、それとの合意によってリーダーの指揮を認めて(!)いる。つまり、そこには契約のような状況があるのだ。(ルフェーブル自身はそんな言い方はしていないけれども。)
とはいえ、彼も「心的感染」を否定しているわけではない。リーダー(主)と大衆(客)それぞれの感情と意思が融け合った(合一)ような忘我の境地があることを、彼の議論は排除しない。ただ、それが起きるのは集合的心性との合意がうまくいったときだけと、留保を付けているのである。こうして鍵を握った集合的心性への着目に基づき、ルフェーブルは群衆を三つのレベルに区別する(1.《単純な》集合体/2.半意識的集合体/3.《意識的に結びついた》結集体)。
思えば、神秘主義流の主客合一の考え方には昔から違和感があった。何だかそれは、両想いを期待する求愛のように思えたのだ。想う自分と想われる相手、反転して想われる自分と想う相手。それがうまく円環をかたちづくったときのエクスタシーに相当なものがあるのはわかる。だが、それはかなりレアなことではないのか。むしろ、蹉跌へと到るのが普通ではないのか。……と言うと、まるでモテナイ君の論理みたいだが、モテる者だって蹉跌は常態である。いくら「もこみち君」がモテモテ君だとしても、群がる女の子がじぶんの望む相手ばかりとは限らない。まして、彼の好みが「自分からはけして求愛してこないような、奥ゆかしくてはにかみやの女の子」だとしたらどうなるか。毎日が想像を絶する修羅である。
そうなると望むべくは、やはり、蹉跌の可能性を前提とした見方だろう。ルフェーブルの見方は、革命的群衆の蜂起とアンシャン・レジームの打倒という「うまくいった場合」のみならず、その後の多くの革命運動のように「うまくいかない場合」の理由をも説明可能にする。また、「うまくいった」後にきまって訪れる望ましくない状況(たとえばジャコバン独裁)や「リヴァイアサンがベヒモスか」の究極の選択といったことにまで展望を開いてくれるだろう。小篇ながら、歴史学の面白さを存分に楽しめる論考である。(了)
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