明日は休日だ。
本来ならば、11月半ばにある大きな仕事に向けて、今は大忙しのはずである。現に今日も、夕方までは忙しかった。
事の顛末を仔細に述べることは出来ない(したくもない)が、簡単に言うなら、今のチームで取り組んでいた仕事に横槍が入り、横槍を入れた人(チーム)に仕事を奪われた格好である。
まぁ、ごもっともな横槍であるし、おそらくこの方が良い結果に結びつくであろうから、広い目で見ると良いことなのだが、なんだか腑に落ちない。
とまぁ、独りよがりな憤りではある。
独り・・・と言えば、最近、『孤独のチカラ』という本を読んだ。
我が母校、明治大学の齋藤孝教授の著書である。
もう7年も前のことではあるが、教職課程を履修していたときに、授業を受けたことがある。明るく、元気のよい、ハツラツとした先生の印象であったが、この本によると壮絶なまでの孤独を味わった過去を持っているとのこと。曰く、孤独は決してマイナスなものではなく、自分自身を高めるものであり、成長のためには絶対に必要なもということである。
たしかに、私自身、過去を振り返ると高校時代がもっとも(良い意味でも悪い意味でも)孤独であった。毎日、往復1時間強の自転車通学の時間が用意され、毎日独りだった。クラスにも深くは馴染めず、独りで昼食を取ったりすることも多かった。そのため、自問自答することも多く、いろんなことを考えていた。川の土手をブツブツ独り言を言いながら自転車をこぐ姿は、人にはどんな風に映っていたのだろうか。
翻って今は、朝から晩まで仕事に追われ、帰宅しても妻と子供がいる。通勤には、片道1時間強かかるものの、満員電車の中では、自分と向き合って、いろんなことを考える余裕はとてもない。あえて「孤独」を作らなければいけない環境である。
かつてのような、茫漠とした時間の中での孤独は今の環境では作れないが、自分としっかり向き合って、いろんなことを考えるための孤独は作り出す努力をしなければならない。ここ数年、それをしていないがために、自分が何をしたいのか、どうありたいのかの考えが全くなく、ただ忙しさにかまけて、流される時間を生きる人になっているのではないだろうか。
孤独の海に沈み、自らを鍛え、高め、社会に浮上する。
これを技と出来る人が、常に成長している人物なのであろう。
そんな奥深い人になりたいものです。

