YODAKISMⅡ

YODAKISMⅡ

めんどくさくったって、やらなきゃ何も始まらない!!
2004-2006年にやってたブログYODAKISMの続編です。
ただ、日々のことを、思いついたときに書いていきます。

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2014年、1年の仕事納めは東京への出張であった。空気の澄んだ冬晴れの空の下、飛行機の窓から日本列島を見ながら、ふと考えた。

22歳で会社に入り9年。結婚して5年。いつの間にか、若者と言える歳ではなくなってきた。今年は祖父が亡くなり、ついに祖父母は1人もいなくなった。時の流れに抗うことはできない。
親も少しずつ歳をとる。子供も少しずつ大きくなる。
これから、自分はどう生きるのか。何者を目指すのか。どこに暮らしを置くのか。実家の田んぼをどう継いでいくのか。
本当はしっかりと向き合わなければいけないのかもしれない。就職活動のときの人生の選択を見つめ直す必要があるのかもしれない。

しかし、日常の業務に忙殺され、何も考える余裕が無かった。ただ、最近とある人との会話の中で、その余裕を持つことの必要性を痛感した。


窓の外に広がるのは房総半島。日本は狭いとはいえ、平地で拓かれていないところはほとんど見当たらない。どんな田舎でも、山や川以外は、住居や田んぼ、畑として、人の手が入っている。日本の国土がここまで開拓されたのは、いつの頃なのだろうか?江戸時代か?それとも明治以降か?

いずれにせよ、空いた国土を開拓し、農地として活用することが、人々の暮らしを豊かにすることに直結した時代があったのだ。日本の田舎の大部分は、農業などの第一次産業で暮らしを立て、世代を繋ぎ、コミュニテイをつくってきたのだ。

それが、いつの頃からか、田舎で生まれようが、生まれた家の農業を継がず、大学で学び、都会でお給料をもらう生活を選ぶようになった。
戦後の高度成長によるものなのか、農業を継ぐことでは(周りと比べて、金銭的に)豊かな暮らしを立てられない時代になった。第二次産業、三次産業が日本の国力を高め、経済大国となり、第一次産業に就くことは馬鹿馬鹿しくなった。

そうして、地方の農地は後継ぎがなく放棄地となることも多く、地方で生まれた若者が都会に出たまま帰ってこない(私もその一人だが)ことになった。

そんな時代に叫ばれる地方創生。たしかに、日本列島にこんなにも広がる農地を放棄地にさせず、次に繋げるには今が最後のタイミングだ。地方創生は、農業改革が鍵だと思う。

地方に果てしなく広がる農地全てを支えられるほどの担い手をつくるには2つの道しかない。
一つは、日本の国力が壊滅し、国民を飢えから守るために食料生産が必要になるという道。一気呵成に農地は守られるかもしれないが、こんな道は誰も望まない。
もう一つは、農業という産業が強くなり、その職に就くことが馬鹿馬鹿しいと思わないようになること。この道は先も長く、障害も多そうだ。個人農家が基本の今の日本では難しいだろう。
やはり、すでに定着した、お給料をもらえる産業にならなければならない。生まれ育った田舎で、暮らしを立てられる良いお給料をもらえるなら、農業に就くだろう。そうすれば、人口は増え、地方は元気になり、私の悩みも無くなる。


今、私が勤める会社は、地域を元気にすることを標榜し、企業として農業にも参入している。鉄道を基軸に、商業、不動産業など、総合的にまちづくりに関わっている。この会社の力を高めることが、九州における農業改革、地方創生への道になると信じたい。そして、そのためにこれからも非力ながら尽くしていきたい。


年の瀬に、学生みたいに大それたことを考えた。
当面は、うちの田んぼは父に見ていてもらおう。きっと、担い手に溢れる時がくると信じて…。



震災後、久しぶりの読書録更新です。

3月中は、本に自ら挑む力はなく、とめどなく流れてくるテレビのニュースを受け止めていました。

4月に入り、少しずつ何かをやろうという力が出てきて、書店で手に取ったのがこの本です。


なにやら、地方の観光開発が舞台の物語であること。しかも、印税は義援金になること。

興味がある内容な上に、震災の復興の支援にもなる。

すぐに手に取りました。


読み始めると、さらっと読めました。

しかも、面白い!!!

今、やってる自分の仕事と多少はリンクするところもあり、自分の仕事もお役所的だな・・・と反省しつつも、自分の大きな夢である九州の観光開発に照らし合わせると、夢中になって読めました。

他人におすすめ出来るかと言われると、観光にどれだけ興味があるかで異なるかもしれないけど、恋愛ストーリーとしても面白いし、個人的には一生、本棚にストックされること間違いありません。



県庁おもてなし課/有川 浩

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朝、私服を着て、問題集を持って、埼京線と中央線の電車に乗って、御茶ノ水へ。

そのまま、『いつも』のように、リバティタワーへ。

図書館に入ろうと…、学生証はもうないので、卒業生用のライブラリーカードを申し込んで入館。

慣れた階段を地下2階へと降り、空いた机で問題集を開く。

ときおり学生たちの賑やかな声が聞こえるものの、どんなカフェよりも静か。

周りも、読書や勉強、研究に真剣になっている。

こんなに集中できる環境だったとは、学生時分には気がつかなかった。

もしくは、学生のときよりも集中力が落ちたのか。



お昼を過ぎた。

『いつも』のように、神保町へと坂を降り、『いつも』とは違うちょっとお高いカレー屋さんへ。

美味しい。

学生のときにこれを昼食に出来る経済的(心理的)余裕が欲しかった。



図書館へ戻って、再び問題集を開く。

気づくと夕方。

こんなに集中したのは久しぶりだ。

仕事でもこんなに集中してないかもしれない。

やはり、心を落ち着けられる『いつも』の環境は良い。





しかし、『いつも』と同じ空間が拡がっているのに、何かが違う。

そう、『みんな』がいない。

「おゥ!」と言って、笑って話せる『みんな』が。

『いつも』は時空の彼方にあり、『みんな』は全国各地で頑張っている。

『いつも』の空間に落ち着いて懐かしむのは良いが、飲み込まれてはいけない。

『いつも』に感じても、実は『むかし』であり、時空を同じくする『いつも』は、別に持っているんだから。



『いつか』、この場所で『みんな』で集まり、新たな『いつも』を作りたい。

そんなときは来るんだろうか。






でも、ホントに昔馴染みの場所は落ち着く。

本代も浮くし、しばらく通うかも。