違いがありすぎて 耳を疑う


あんなことやこんなことを言う幹部が、新人研修で話して尊敬の眼で見聞きされている

一方、私たちの前ではそれとは違い人を全面否定した思考のまま応じる姿勢が見られ残念だ



研修で言われた一言が、数ある言葉から 今も頭の中でリピートされている

「誰かのせいにするのではなく」

頭の中が?????でいっぱいになったまま 

「なんどでもやり直せる」

?????

いわれのないことから 悪意的にやめさせようとする手段の一部始終を思い出した。

古臭い人事異動のやり方

今時こんなことしている法人が 社会福祉協議会などを通し講演を外部に向けて行っている

数年前の正月に酒に酔い窓から見える破魔矢を持って通り過ぎる近所の人々を眺めていて、

「あの破魔矢の神社どこにあるんや、わしもあそこ行きたい」

そういっていたKさん

呼吸器に問題があり酸素吸入が欠かせず直ぐに息が上がってしまう人だった

私が夜勤明け帰り際、建物から外にでると

Kさんが 「神社にいくんじゃ!」と

神社によたよたしながら向かっていた

言いだすと聞かない頑固な人でもある

私は、止めなかった

「正月に神社に行って何が悪いんぢゃ!」

そういってくるKさんに

「そうぢゃね、お正月だもんね」

何時もその頃施設内ではお酒を飲ませない様にされ、入居と同時にお酒を止められてしまった。それではかわいそうだからと、一日のうち決められたほんのわずかな量しか決まった時間に与えてもらえる事が無く、それをとても悔しがっていた。

「自分で稼いだわしの金で浴びるほど飲んで何が悪いんぢゃ!」

ただただ、それが口癖になっていた

その、夜勤明けの日結局そのまま帰れず

ヨタつきながら神社に向かうKさんに付き添い、安全に破魔矢を持ち帰れるよう見守りながらついていった

この件で後から個人的に金をもらっているのではないか?とか

施設の方針に背き勝手に酒を買い与えているとか

勝手な話が独り歩きし、いつの間にか私は悪者にされていた

契約では、あの方はいちおう自立 施設の出入りに関しては自由とされていた

お酒はこういった場合外で購入し持ち帰るのはご本人の自由であり束縛は出来ない

尊厳という文字はどこへやら ただただ私の責任とされ問題職員扱いとなっていた

それで半年を過ぎる頃、いきなりこの件で呼び出され

退職勧奨を受ける

個室に入れられてみっちり2時間施設長が責任を取れと辞めるよう言ってこられた
なんだかんだと言われ続ける

これが、3回ほどあった

辞める理由があると自分では感じず、その時の私は止める必要もないと思った

お酒の提供量、提供の時間は送りで聞いたことはあるが

外出に関しては個人の自由と聞いていたしお酒や薬に関しても細かな説明すら看護師と施設と家族とで話われた内容が細かく伝わってはこなかった 一部のリーダー指名されていない一部の職員の身にしか情報公開されずにいた

この正月の外部から持ち帰っているものに関し、どう対処するのかは私では無く
この時間にいた施設の職員の仕事であり 受付にも施設職員はいた いつもの取り上げ的な臭覚はその時は発令されなかったのかと不思議だった。

時間外にボランティアで付き添い安全に行けるよう見守りをし、帰りは車を呼びそれに乗せて施設に連れて返ってもらうよう運転手に伝えた 

買い物にたちよりたいと希望があったので、それに対して私は店の外で待ち、何を購入したかまで管理は行わないことにした。
後はごほんにによる自己申告か、内緒にするのかはご本人にお任せすることにした。

私が購入し手渡したのではない

それでも後から何処からそんな報告が出たのか

私が購入し時々差し入れしていたことにされている

これをやっていたのは他のパートの仕切りたがりなおばさんであることは明白なのに

金銭をもらっていたのもそのおばさんともう一人正社員でいた

Kさんから、そういった職員が部屋から立ち去る時に

「あれは金受け取るで?なんでお前は受け取らんのや?!」

と、聞かれた

当たり前のことであるそんなこと

Kさんにこういいながら、少し私は不機嫌になった

「自分でしんどい思いをしてかぁちゃんこき使って、泣かせながら賭けたお金を簡単に人にくれてやるものぢゃないよ?」

「ご自分で好きな事につかわなくちゃね!」

「お前!ようわかっとるぢゃないか!」

そう言い誉めてくれた 

こんな話今更しても Y本部長すら信じない 

何を観てるのだろうか

職員の事知りもしないで きめつけで 他に問題がある職員はいると言うのに

人のせいにするな?

そのまま返したい言葉だ

それがなぜ今もこんな仕打ちを受けなくてはならないのか

Kさんは昨年亡くなりました

当時確かに職員の間でこういったのは確か

自分で好きな時に好きなお酒を自分で稼いだお金で、飲ませてもらえないなんて
あんまりだ、なんてことするのだろうか
好きなだけ飲ませてあげればいいのに と

あれから結局2年で亡くなった

毎日自宅に居た頃は家の中が荒れ放題で酒三昧な1日を送り しょっちゅう一人娘とケンカしていたそんな荒れた日々と毎日お風呂も入らず 酒とパチンコ三昧 その時には既に癌が体を蝕んでいて手遅れな状態で見つかっていた

最後の時を清潔な部屋で過ごし三食食べて健康に過ごして欲しい酒も止めさせたい

これが家族の希望だった

あり得ない 本人の意志にすべて背いている

この人のおかしなところは

浴びるほど酒を飲み身体をこわしているのに

「どうしてわしは飯がくえんのじゃろう」

そういつも言っていた そう言いながら内科にも1週間4回は自分で通っていたように思う
通いながら自分で小さなお酒を買い込んで帰ってきていたのは確かですが(笑)

そのお酒も見つかると 職員に強引に取り上げられ真剣に怒っていたのを覚えている(笑)

そのたび私は愚痴を聞きに行ったよ

職員が来ると不機嫌になり出て行けと言う 

私はお酒の事を怒らなかった

「何時も私はKさんが気の毒に思うよ!自分でせっかく買ってきたお酒をとられてひどいよね?」

いつもそう話を始めた時に涙しながら訴えてきたこともある

本気でそう思えたから

職員がみんな右と言えば右左と言えば左で統一といい それで絶対正解かといえば

それは違うと思って居た。

私はお酒を買い与えたりしないしご機嫌取りもしないお金ももらわないもちろんのことだ


ご飯が要らないと言えば食堂に出てこないので

こういつもKさんにちょっと説教じみて聞こえたかもしれないが食事の大切さを伝えた

時間をおいて食べてくれた少しだけでも

その代り部屋に持ち込んだ

持ち込んだらまた、上から怒られる

が 気にしない

これも本人のためだと 思った

ケアカンファも開かない所で、右ばかり向いていたら利用者は生きた人ではなくなると思っていたから


この時、どう話しかけしていたのかを書いてなかったこんなことを話した

「毎日のようにご飯食べれないと内科に通うよりもお薬よりもご飯を食べてその栄養から体に必要な成分を摂ることが、薬より何より効きますよ?」

「血となり肉となり身体を調整してくれているのが食事です。
先ずご飯をしっかり食べる事をしないと薬だけでは、なかなかよくならないと思いますがどうなんでしょうね?」

「おっしゃ! そうぢゃの たべるけん ちょっともってきてや」

そういいながら不機嫌な顔が和らいで ちょっとでも食べてみるんだと言ってくれるのがうれしかったですね

「やっぱり お前が言うようにめし食べたら調子がええんじゃ」

良く子ども扱いするなと言う文字をみますが
こんな時は、駄々っ子を扱うのとよく似ている気がします

頭ごなしに怒ると 暴れたりあまのじゃくな行動にでちゃう

その時の気持ちに沿う会話から受容してみると途端にこちらの話に耳をかたむけてくれ

なんだかんだいいながらも 駆け引きに入り 折れてくれる 「お前にゃかなわんな」

そこへ頭ごなしに言う職員が登場すると

もうね 元の木阿弥です(笑)

途端に こういうのです 「あいつ こさすなや!」

こんな、頑固な人すきです(笑)
へそが曲がってる人は特に

ああ、身体が癌になって居なくてもこの方かわらなかったのかなぁ・・・

「思うように身体がならんで入院したけん社長を辞めて会社も潰したんぢゃけぇのう」

ちっともその人らしくない最後を迎えさせたのぢゃないだろうか

この頃そんなことを思う

未だに仕事に戻してもらえない

単なる嫌がらせ 冷静に考えるといつもそう思う

誰よりその事実を知って居るから

こういったKさんのような終焉を迎えさせたくないから 

ケアマネを取ろうと思う

資格が欲しいから取るんぢゃない

取ろうと思ったのは福祉士もそうだった

福祉士だけぢゃ見えてこないんだその人の生活が支援が希望が

何にも見えてこない こっちもわかんない

たぶんケアマネを取ってもなかなかわからないのだろう

社会福祉士になるには遠いよね・・・勉強はしてないけども

本当の社会世の中での苦労や歪を知って居る自分がやらないといけないのではないかと
思って居る

飾りぢゃないのよ資格はね はっは~ん♪

で・・・ああ

研修後 いったいどこへ行かされるのだろうね

どうせ続けにくいそんな場所をあてがわれるのだろう

きっとその場所を立ち去ることは根を上げたのでもなく

ここの中身について嫌気がさして立ち去る時だろうと思う

入れ物だけ良くてもね

中身が無いと

整わすために形から入っている

研修制度確かにいいものを持ってきていると思うけど

それを実践できているリーダーはほんのわずかだという事に気が付いているのだろうか

内部研修を充実させることはいい事なのか

それとも・・・・自発的なものが無ければせっかく良いものを無料で提供し続けても
それは実らない気がしてならない

それでいて、人間を大切に扱う(甘えさせるという意味では無くて)事ではないかと思う

当たり前の環境にしてこそ、真剣に向き合い働く 働きづつける 学ぶことが出来るのではないかと思う。


もう一つ研修で気になる言葉を言われた

「献身的な」

介護職は献身的でなくてはいけないのだろうか?

これって例えでは?

生きている限り当たり前に生きて生計を立てていくことにより自由を手にし
好きな事も行え自分というものを大切に出来るのではないのかな
自分を大切にするように 対する人にもそうした愛を向ける事がその時初めて出来るのだと思う

幸せではない人が献身的なものを提供できるのだろうか

考えてほしいね 法人さん 


話しても無駄だったのかもしれない

船頭も余裕があるようで実はないんだろうね

研修体制を形どるのにこんなに時間を要するなんて3年だよ

匠も2年は経過してるはず

時間かかりすぎだし 浸透しているようでしていないと私は思う

それで人のせいにするな?は謎な発言 

小さな存在を小さく見ている人達には何も見えやしない

外の世界を知るべきだと思う

古臭い考えが進歩を邪魔している

発展途上国な介護の世界 ばらつきもありすぎる

やってる方が一向に幸せな安定した生活をおくれないのは何故なんだろう

研修にいった施設のリーダーがうちの近くのスーパーで夜中クリナーかけてるよ(笑)

不満あるんだろうにね クリーナーの事は就業規則にひっかかるといけないので黙っておこう