なんか、こんなタイトル書いてしまうととても暗い印象に受け手には感じるかもしれない。
人間こんな時にどうこれを感じ取るか 学ぶのかって事が第三者的な介護人としてはとてもいい題材かと感ずる
そんな自分はプチ変態なのかい?
底辺に居る時にそこから何が見えるのかをいつも楽しんでいる自分がいる。
まぁ、一寸居ない人なのだろうな・・・・と時々思うけど。
こんな、チャンスをみすみす見逃してたまるか!的な人です私は・・・。(汗)
思考が何年か前にコロッと変わる瞬間があって
それから何事にも吹っ切れる癖がついた。
それがいいのか悪いのかは謎。
でも、とても野生に近い本能かなと思っている。
それだけ柔ぢゃないなと思うけども
人はやはり自分に対する理解者が居てくれて、生きていけるのかなと実感しているところ
組合の存続って、自分が自然退職となってしまうと
無い話になりそうだなと思える。
それは、メンバーの鎹的な役割をしているのだなと思う場面が多かった事
決して誰に対してもいい人でいるだけではない自分
直ぐに人の意見から憤慨してしまう癖を持つ人がいてその人と付き合うにあたり
どうやったらこの人に怒られず伝えなければいけないことを伝えていけるのかを考えた
心理学なんて勉強してないから、そんなもんどうしたらいいのか考え込んだけど
誰にも相談するところは無かった、自分なりに考えてその人との話し合いに臨んだ
こうで居て欲しいと言う気持ちを持って話をしてみると、意外にその人は理解してくれ
だんだんと心を開いてくれた
ただ、ともすると依存に走りがちな会話になるので付き合い方にまだ多少バランスを考えながら
応じるようにしている、様子を観ていると、自分に不利な状況になると周りの捉え方が偏ってきていることを
感ずる事もある。最近では少しはそんな所は抜け切れはしないけど多少なりとも意見を述べると考え直しをしてく
れようとする様子が出てきた気がする。
それでも自分で納得いくまでは返事が無い事があるのだけども、時間をかけるとそこは自分が間違っていたと
素直に認めてくれる様子があって、葛藤が大きく見え隠れし 頑張っているんだな~と
葛藤後の待つ時間がこちらも苦痛にならなくなった。
その人を理解しようと思う事も
時には難しく感じる、これも普通ならこの人私と合わないからだけでスルーできるのだろうけど
それでは自分も成長が無いなと長い目で応じて観る事にした。
今では、応じてよかったと思っている。
日に日にその人も私に見せる顔が変わっていっている 本来のその人の顔なのかもしれない。
組合活動も自然解雇とかな結果が出れば
もしくは、遠隔地へぽーーーーんと行ってこいと言われそうな予感もする。
行かないよ2時間も通勤時間かけてそんなところにはたぶん
現場の仕事だけにそんなに体力に自信が無いですから
無理すると血液検査には炎症反応が明らかにでてきたり微熱が続くなんてことも
今の職場でも経験してますので無理はしないで頑張る方向でと考えています
組合メンバーに夕方今後私が法人から立ち退いても組合を続ける意思があるのかを問うてみました。
私がいないなら辞めますと言う人
続けていきますよという人
考え方まちまちではありますが なるべくこの場所にいて改善を呼びかけていきたいと思います。
感情でそうしているのではなく
そうあるべき形であると言う信念のもとに
微力な抵抗とでもとられているとは思うのですが
人の行動には意味があることは介護・福祉に関わる管理職な人達にもきっと残っていると信じて
そこに気が付いて欲しいと思います。
対等に未だ話が行えては居ませんが
組合活動について偏見がまだ世の中にはあるようですが
スマートな解決法を先に見つける事が出来ていれば
そんなことも考えたりしましたが
1人の意見すら聞く耳を持てない管理職となった人達に
なあなあな現場の正すべき点を伝えていきたい
気が付いて欲しい。それが正しく行えるのならば
企業側にとっても決して不利益にはならないと言うことです
現場で起きている事は、現場の中の人間にしか見えないということ
何処の現場に於いてもそのことは言えると思います。
仕事がしやすい環境
それは、利用者にも大きく影響している
寧ろ利用者にいい場は職員にもいい場であると思います。
組合活動は会社側に意見が対等に言える場所であり
今後の企業のためになることを社員のためになることを行おうとする団体であるという理解もしていてほしいです。
