まずは昨日のユーロ買いの結果から。
記事を書いて寝た1時間後に166円の買いが成立、その日の朝方5:53分にストップが入って1万円の損失でした。これで今月は三連敗。
一番最悪なシチュエーションは、売り約定が翌朝に持ち越しになり、朝の寄付きがどーんと下げている場合(ストップかけてる意味がなくなる)、今回でいうとその日のうちには165円はきらず、翌朝164円で寄り付いた際に損切りが発動して2万円の損を出すことだから、それに比べればマシだけど、まぁでもその次にひどい結果ですな。こうも自分の予想と反対の方向にことが進むと、自分の考えと反対のことをしたくなりますw「米国株安、円高になったから日経平均をたくさん買っとこう」みたいな。でもそういうときに限って自分の予想通りになるんだろうな。世の中とは往々にしてそういうものですね。
さて今日は、まず昨日の投資の反省と今後の対策を考えて、次になぜ今回投資したか、自分は何の動機付けでお金を出すのかを考えて、最後に投資をすることの(不確実なものにかけることの)意義を考えたいと思います。そうすることで、どこまでリスクをヘッジできて、どういうところに気を配ればよいかがわかって今後前向きに投資できそうな気がするから。評論家みたいにあとから悪い点をあげつらって次こうするって決めたところで、状況は毎回違うし、毎回投資に至るまでの心理って結局一緒な気がするから、自分が悪いところとやむをえなかったところをきっちり切り分けて、あとはどうにでもなれって感じで望むのが一番心理的にラクなのかも。
考えながら書いていくので、どういう方向に向かっていくかはわからないんだけど・・・・
まず昨日の投資の反省。
買うに至ったファンデメンタルス分析
1.ユーロ圏の政治状況については問題ないですな。
→情報の入手については問題なし
2.レンジ相場の根拠となるデータは・・・直近一週間のデータですか。それまでは上昇トレンドだった、ということは下げトレンドに変わる可能性も無視できない。特にカナダドル以外はサブプライム前の水準をなかなか越せないで居るから、167円超えは難しい。
・・・とこれは昨日まででもわかっていたことか。
問題は、レンジ幅を「比較的小さい」という抽象的な表現で捕らえていたところかなぁ
比較的って 何に対して比較的なんだよ?科学者だろ?ちゃんと165円と167円の間って表現しろよ。そうすれば、165円がすぐに到達するかもしれない値段だってことに気づけてたかもしれないね
→チャートの見方が感覚的。ロジックを産むためには、具体性が必要。感性からは論理は生まれない(感が働いて、儲かれば全く問題ないんだけど。。。)
3.ダウが下げている。
これも数字で表現しようね。いくら下げている、どこまで下げると思う。ダウが100ドル下がったら、1円円高になると思う。などなど。
しかし如何せん、読みが甘い。なんで買い始めの値段が166円で損切りが165円なんだ?レンジ相場の中なのに。
ダウの下げ幅は予想外。特に重要な経済イベントもなかったし。チャートの波の動きの予想は大体当たってるのに、もったいない。
これは次に考える、「どういう基準で買いたくなるのか」につながる話なので後ほど。。。
4.日をまたくこと前提になってるのはどうして?
日をまたいだら今日みたいに大きく下げている可能性のことはすっかり頭から抜けてるね?
こうやって考えると、理由の「ロジックを作る」ところに大きく問題があったことが見えてくる。
種探しはよい。一番大きな問題は、
・具体的な数字、チャート分析、そういうのに立脚しないで感覚的に理由を並べたこと
このことと、「何で自分は昨日突然買ったのか」を考えると、「とにかく買いたくなって、適当に理由を見つけて買った」という姿が見えてくる。「とにかく買いたくなった理由」というのは、思いつく限りでは、
・とにかく買ってばくちしたかった
・2連敗、特にNFPの負けが悔しくて取り返したかった
・そこにきてユーロが少し下がり目傾向になってきた→押し目だと思った
・166円で買ったのは、現値に近いところでかっとかないと、押し目がすぐに逃げてしまうと思った→過去(最近)もうじうじしている間にどんどん上がっていって買えなくなって悔しかったケース多数あり
こうしてみると、意思決定にデータに基づく論理的推論ではなく、過去の経験や周囲の状況が大きく効いていることに気づく(本当に科学者か?)
論理的に買うのと感性で買うの、どちらがいいのかを考えると、こういう話の展開でいくと、論理的に買ったほうがいいと思うんだけど、でも正解って儲かることだから儲かりさえすれば別にどっちでもいいんですよね。丼だけがんばったって不確実だし、たとえば今日のAUD円なんて、為替番組のプロの予想者でも今日の動きならはずしてたよ。
そう、アナリストがいくら解説を加えたところで、所詮は不確実なもの。ギャンブルなんだ。負けるのは自分が劣っているせいだけじゃない。時の運、天性のカンだってある。
勇気を出して買うことには問題はないと思う。買いたくなったら買えばいいと思う。どんだけアセスしたって不確実だし、確率は多少は上げられるのかもしれないけど、でもやっぱり損をする可能性はあるんだし。
ただできるだけ精一杯は、考えたい。後の自分に儲からなかったときにけちつけられないように、自分なりにがんばったと認めてもらえるように。少なくとも「一回一回の勝ち負けに一喜一憂しない」というのは自分で決めたルールだし、正しいことだと思うから、それは守りたい。考えるためには論理だ。論理的推論のためには感性じゃなくて数字だ。それだけは忘れないようにしよう。
Willが第一義に来るのは非常に健全な状況だと思う。自分でリスクを取って行動するのは、今の日本社会を豊かにすることつながるらしい。しかし、Willを実現するためのロジックに、Willは忠実じゃないといけない。目の前のWillは達成されないかもしれないけど、長期的なWillは達成される可能性があるから。ロジックには、Willを洗練させる力を、Willにはロジックを受け入れる力をつけていきたい。
損切りをどうするかは悩み中。今日みたいにボラが大きいと(昨日といってることが矛盾してるけど)すぐ損切りまで行ってしまう(利益確定も速攻狙いの短期売買だからいいのか?)
あと、減っていくキャッシュフローのことを投資の概念の中に盛り込んでいかないとな・・・・毎回5%で損切りしてても負け続けたら、キャッシュ、なくなっちゃうもんね~