僕は人間はどんな人であれ


「心地よさ・快感」


を追求していると思う。


もちろん僕がその典型だ。


疲れたら速攻で寝る。


会社で眠気に襲われたら、トイレで5分仮眠する。


眠った方が仕事の効率がよくなるし、頭も気分も「スッキリ」する。


だるいときは仕事と関係ないこと(掃除、整理整頓、スケジュールの組み直し・確認、論理クイズや数学クイズ、なぞ解きなど)を5分間して、気分を「切り替える」。


結果的にサボっているかも知れないけど、こと「効率」と「心地よさ」を考えれば迷うことはない。


お腹が減ったらご飯を食う。


食事制限なんて考えたこともない。


食べたいもの、おいしいものを素直に食べる。キライなものは絶対に食べない。


身体が欲さないので海外旅行も行かない。


みんなガンガン行くけど、一度も行きたいと思ったことがない。


そもそも「観光」が好きじゃないし、飛行機も船も「コワい」し。


だから「世界の車窓から」で十分。


あんまり群れるのは好きじゃないので、人間関係もドライな方。


付かず離れずが「心地いい」。


親しい人はいるけど、やっぱり「距離感」はどの人もそんなに変わらない。


とまあ、色々書いたけど


「そんなことない!俺はいつも『我慢』してるぞ!」


と言う人がいるかも知れない。


でも、その人は


「『我慢』することが『快感』になっている人」


だと思う。


ま、僕もちょっとは『我慢』するけどね。

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さて、11年ぶりの自動車教習所。


家から出る前から胃が痛い。


「ちゃんと運転できるかな??」


その言葉が何度も頭の中をこだました。


とりあえず、1時間×5コマのコースで様子を見て、足りなければ追加することにした。


最初の1時間目。


もちろんいきなり路上に出れるわけもなく、校内で運転テクニックの再確認。


のはずだったんだけど…


教習用の車の前で待っていると、女性の先生がやってきた。


「う~~ん、何かヤナ感じ…」


と思った。(別にその人がということではなく)


理由は


「直感」


でも、その直感は結構正しかった。


いきなりハンドル捌きで


教習所の先生(以下先生):「ハンドル捌きはこんな感じでやってみてください。」


屋獣:「はあ…(何??どういうこと??)」


先生:「いや、こうした方が無駄な動きがなくなって運転しやすくなりますから。」


屋獣:「…(これ思いっきりやりにくいんですけど)」


まあ、ここで反論してもしょうがないから言われたとおりにやった。


でも、しばらくするとまた元のハンドル捌きに戻ってしまった。


先生:「また、戻ってますよ。はい、ちゃんと教えたとおりにやってみてください。」


屋獣:「はあ…(だから、やりにくいんですよ動き自体が)」



その日は運転云々よりもハンドル捌きの方が気になって、何だかよくわからないまま一時間が過ぎてしまった。


何だかものすごく疲れた11年ぶりの運転だった。


その夜、ヨメさんに一部始終を話したら


ヨメさん:「うそやん。そんなので運転できんやろ??」


屋獣:「でも、教習所の先生にそうやって教わったんだから。」


ヨメさん:「ふ~ん、信じられんわ。」


僕だってそう思う。


まあ、百歩譲ってその捌き方が正しいとしても僕にとってはやりづらくてしょうがなかった。


だったら、やりやすい方でやった方がいいに決まってる。


正直、どっちの方法でも運転自体は大差はなかった。


案の定、次回以降の担当の先生で、ハンドル捌きについてとやかく言う人は一人もいなかった。


最初の先生があんなにこだわっていたハンドル捌きは何だったんだろう??


次はついに恐怖の路上練習だ!



■締めの一言
「人は人に影響を与えることもできず、また人から影響を受けることもできない。」(@太宰治)

僕はブチ切れキャラでもあり、へタレキャラでもある。


そういう両極端な部分があることにあまり矛盾は感じていない。


人間なんて二面性どころか百面性くらいあるもんだと思っている。


大雑把な面もあるし、ものすごく神経質になるときもある。


すごく自信家な面もあるし、ものすごくネガティブなところもある。


アウトドアなときもあるし、引きこもりのときもある。


すべて僕自身だと思う。


世の中は「一貫性」を殊更重要視するけど、それも時と場合によりけりだ。


ある局面ではブレないことがいいこともあるけど、方針とか目的の「一貫性」に捉われすぎて重要な決断が遅れることもある。


そういうときに自分の中にたくさんの性格を「飼っている」ことは結構プラスになる。


「ここはこの性格30%とこの性格を10%、ほいで残りはあの性格を60%でやろう。」


と言う感じ(あくまでも事後的に振り返ってみてですけど)で性格を配合していろんなことを僕はやっている。


これが意外といい。


株式取引の分散投資みたいな感じかも知れない。


はたまた北斗神拳奥義「水影心」かも知れない。


こういうことが大事だってことが判る人があんまりいない。


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さて、人生の一大決心って何かと言うと


「車の運転ができるようになること」


……


「あの、そんなことが何で一大決心なんですか??」


と聞かれそうなので説明しましょう。


僕は18歳のときに免許は取ったんですけど、運転するのが怖くて怖くて11年間ず~~っとペーパードライバーだったんです。


だって、鉄の塊が60キロのスピードで走ってるなんて、自殺行為に等しい(と思っていました)。


正直、一生車の運転はしないと心に誓っていたくらい。


そうは言ってもヨメさんが急に産気づいたり、何かの拍子に病気なったりすると、いつでも移動できる手段が必要になる。そうでなくても身重なのでやっぱり「日常の足」が必要。


赤ちゃんが生まれれば、急な病気で病院に行かないといけなくなったりするし、実家に帰るときだってオムツやら着替えやらミルクやらで荷物がたんまり。とてもじゃないけど電車で乗り継いでなんて移動だけで疲れてしまう。


赤ちゃんグッズ(オムツ、ミルク、服など)も結構かさばるので、産後もやっぱり「日常の足」が必要。


そう考えると自動車のない生活は不便極まりない。


自動車の維持コストを考えてもそれを上回る効用がある。


普通の人ならここで悩む必要はない。


でも僕は自慢できるほどのペーパードライバー。


多いに悩んだ。


だから、僕にとっては一大決心になってしまった。


結局、


「まあ、練習すれば何とかなるだろう。」


といういつもの「テキトー&ドリフター」な性格も手伝って、自動車学校の


「ペーパードライバー教習」


に行くことにした。


僕の場合は運転技術に自信がないわけではなく、単純に


「恐怖心の問題」


実際、車庫入れとかの校内練習は自動車学校のとき大好きだった。


またそこに戻ることになろうとは…


去年の10月頃、29歳のエエ年の兄ちゃんのよくわからない一大決心が成された秋だった。


■締めの一言
「私は、人生の岐路に立った時、いつも困難なほうの道を選んできた。」(@岡本太郎)

僕は昨年の12月18日に父親になった。

それから3ヶ月ちょいたったけど、まだあんまり「父親」という実感がわかない。


僕のとなりにヨメさんがいて


赤ん坊がヨメさんに抱っこされている。


ただただ単純に佇んでいる。


そんな感覚。


もちろん楽しくないというわけではない。


ものすごく育児を満喫している。


お風呂に入れたり、抱っこしてあやしたり、ミルクをあげたり、オムツ替えたり、すべてが新鮮で面白い。


子供の成長もビックリするほど早いので、その変化を見てるのも面白い。


最近は話しかけるとよく反応するようになったし、「ニコリ」と微笑むことも多くなった。


ふと振り返ると


子供が生まれるまでにも、そして生まれてからも色んな出来事があった。


子育てもようやく落ち着いてきたので、長い間止まっていたこのブログを再開させようと思う。


今のうちに残しておかないと忘れちゃいそうで…


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「子供は天からの授かりもの」


よく聞く言葉だ。


「子供ってそんなに簡単にできないんだな~それに最近は子供が産めない人が多くなったって聞くし。仮にそうなっても覚悟しておかなくっちゃ。」


本気でそう思ってた。


思ってたけど、そうでもないことが判明した。


(こういう言い方はよくないけど…)ビックリするぐらい簡単にヨメさんが「妊娠」した。


下世話な言い方をすれば


「1打数1ホームラン!打率10割」


でした。


「検査薬で陽性だった。産婦人科で確認してくる。」


僕はそれを聞いて思わず


「え??!!もう??早っ!!」


って言ってしまった。


「半年くらいは頑張らないとダメなんだろうな~それでダメなら不妊治療とか行かないといけなくなるんかいな??」


「う~ん、どうやろ??とりあえず、『産まれない』ってのがなければいいと思うけど。」


ちょっと前まではこんな会話をヨメさんとしていた。


お互い予想以上に早い妊娠だったのでちょっと気持ちの整理がつかなかった。


そして僕は人生の一大決心をすることになった。




ちょうど去年の今頃のことである。




■締めの一言:「大人は大きく成長した子供にすぎない。」(@ジョン・ドライデン)

僕はYouTubeにはまっている。


前回は大好きなギタリストの映像。


今回も、と言いたいところだけど、このシリーズのテーマは


「いい音楽の再発掘」


いい音楽の定義は人それぞれなので、結局


「僕の好みの音楽の備忘録」


になっちゃいますけど。


さて、今回は邦楽。


邦楽で好きなのは「ニューミュジック」と呼ばれるジャンル。


まあ、要は「昔のポップス」。


基本はハードロック&ヘビメタ野郎だけど、メロディやアレンジを大事にしている音楽が好き。


「ニューミュジック」と名づけられるからにはそれなりに理由がある。


これは中学の時に音楽の先生から聞いた話だけど、「ニューミュジック」以前の音楽はメロディーラインが日本語に沿っていたとのこと。


つまり


「歌詞が先にあり、それにメロディーを付ける」


という作業工程に必然的になってしまう。


でも、「ニューミュジック」は先にメロディーやアレンジがあって、それに歌詞をはめ込んでしまう。


当然、話し言葉のイントネーションとメロディラインも合わなくなった・・・



そう、今では当たり前の作曲方法です。


でも、当時はかなり革命的だったんじゃないかなと思う。


んでもって、こういう音楽界の変化が日本語そのものを変質させていったのではないかとも思う。




この「ニューミュージック」世代と言えば、やっぱり荒井由実(今は松任谷由実)。


・中央フリーウェイ




他にも僕の大好きなオフコースやチューリップ、大瀧詠一、山下達郎&竹下まりあ夫妻なども同世代(のはず。)


この頃の荒井由実のバックも豪華の一言。

元はっぴいえんどからは細野晴臣(ベース)、鈴木茂(ギター)、名ドラマーの林立夫、そして、アレンジャーキーボーディストで、後の旦那さんになる松任谷正隆。


・生まれた街で~~あの日に帰りたい

荒井由実の最大のポイントは


「声」


ハッキリ言って歌唱力はプロの歌手としては普通なんじゃないかなと思う。もっと歌がうまい人は当時沢山いたはず。


でも、荒井由実の「声」は耳に残る。


すごく残る。


最近、こういうミュージシャンがあんまりいない。


・あの日に帰りたい

僕はYouTubeにはまっている。

特に昔のミュージシャンのお宝映像が盛りだくさんなのは(本人には申し訳ないけど)ヨダレものだと思う。

夜更かししてひたすらお宝映像探しに夢中になることもしばしば。

見る量が半端ではないので

「このまえのあれがまた見たいなあ~」

と思ったり

「そう言えばこの前見たのってどれだっけ??」

となる。


備忘録としてブログに付けていこうと思う。


ハッキリ言ってマニアの領域なので知らない人にとってはどーでもいい映像も沢山ある。


なので、一応「~~向け」と明記しておきます。


初っ端はやっぱり自分のルーツである

「HR/HMギタリスト向け」

から行きます!


☆YNGWIE MALMSTEEN(イングウェイ・マルムスティーン)

え~、知る人ぞ知る「スーパーギタリスト」です。
素晴らしいテクニックを持ちつつ、悲しくも美しいメロディラインを弾ける稀有な存在です。

まずは(正確には違うけど)デビュー当時の映像を



時代が時代なのでファッションセンスは気にしない。

こんな流れるようなフィンガリング(運指)とトーンコントロールは未だに誰も到達できない領域にあると思います。


↓こちらは中期のお姿。





このフレーズも何度練習したことか…未だにこんな風に弾けません(苦笑)


↓圧巻のオーケストラとの共演(お姿がやや太めに…)


いや~~素晴らしい!!

こんなことができるのは御大しかいません!!!

僕はやっぱり「フツーの人」だと思う。


自分の仕事と生活について、つらつらと長きに渡って書いてきた。


振り返ってみると、フツーの人である僕が、フツーに生活して、フツーに仕事をして、そのときどきでフツーの悩みを抱えて生きてきたことがわかる。


ただ、どこにでもありそうだけど、一つのオリジナルストーリーであることには間違いない、と思う。(ほとんど脚色してないし…)


大体オリジナルなものってのは、「自分一人」で作り上げるものではない。


むしろ、自分が意図していない部分、つまり、色んな人との出会いや環境、タイミング、決断、世相などその他諸々がたくさん絡み合って


「がむしゃらにやってたら『こんなもの』ができちゃった!!」


というのが実際のところなんじゃないかな~と思う。


そもそもオリジナルでないものなんてないし。



『予測できない発展が、自由に実現されていく余地を残しておく』



というフリードリヒ・ハイエクの言葉はこういうことを指していっているんじゃないかなとも思う。


多分昔の僕だったら、こういう人生の機微はわからなかったと思うし、今回色々と振り返ったから、こういう発見があったんだと思う。




話は変わって。


実はあと5ヶ月で僕は「父親」になる。


ヨメさんが妊娠5ヶ月目に入って、お腹も少しずつ大きくなってきている。


お盆なので亡くなった祖父と祖母への報告も無事終了。


次の検診で男の子か女の子かも分かる。


でも、今は男の子か女の子かの希望はなく、ただ


「健康な姿で産まれてきてほしい」


ということだけ願っている。


今のところ「父親」になるという実感が湧かない。


理想の「父親像」というのもない。


もちろん、理想の「母親像」も「子供像」もない。


自分が勝手に描いた「像」は自分にとって都合のいい「鋳型」でしかない。


「鋳型」というのは「家事を率先する父親(母親)がいい」とか「子供の世話をする父親(母親)がいい」とか色々。


とにかく誰かがやらなければならないことを「父か母か?」「男か女か?」という価値観で区分けする人たちは何となく


「面倒なことの押し付け合い」


「やりたくないことに対する都合のいい理由付け」


という気がしてならない。


この手のことはお互いの得意分野で分担したり、協力したりすることで、大抵のことはストレスなく解決できる。


単純な話、


「父親も母親もある程度のことはこなせるに越したことはない」


ということだと思う。


これは優しさから来るものではなく(そりゃ、ちょびっとあると思うけどね。)、


「リスクヘッジ」


の意味合いが大きい。


何らかの理由でどちらかがいなくなったとき、


「誰もその欠けた部分を補うことができない」


という状況は生活を維持するにあたって非常にまずい。


あとは


「面倒なことを押し付けあうことの方が面倒」


だから。


そもそも世の中には面倒なことばかり。


そこから逃げることはできないし、逃げたら逃げたでさらに面倒が増えてしまう。


だったら、最小限で済む時点でパッとやってしまうのが道理ってもんだ。
(まあ、これが一番難しいんだけどね…ノリ(勢い)で乗り切るべし!!)


不思議なことにこういうことをヨメさんと話し合ったことはほとんどない。


長いこと一緒にいたらいつの間にか役割分担が決まり、家のことの大抵はどちらも対応できるようになっている。


この辺のところはお互い色々な経験をしてきたので、身体に染み付いているのだろうし、そういうことが自然にできるのが


「家族」


なんじゃないかと思う。


だから、ウダウダと話し合うよりも、大体当たりがついたところでとりあえずやってみると、体よく収まることも世の中には結構あるような気がする。


そういうもんだと思う。


■締めの一言
「我々は『言葉』にて語り得るものを語り尽くしたとき、『言葉』にて語りえないものを知ることがあるだろう。」(@ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)

僕は強烈にこだわりを持っている人間でもあるし、全くこだわらない人間でもある。


そう、「矛盾」しまくり人間だ。


と言うか、そもそもこだわりって


「出すもの」


じゃあなくて


「出るもの」


だと思う。


大抵の人は


「私は~~なところにこだわっています!」


って公言する。


こういう行動って見方を変えれば、救いようがないくらいの野暮な行為だと思う。


だって、受け手に対して


「オレのこだわりなんて、キミにはわかんないだろ?」


って言っているのと同じだと思うから。


なので、こだわりはこだわりだからこそ


「あんまり言葉にしてはいけない」


と思っている。


こだわりは無言のコミュニケーションの内でこそ「粋」となりうる。


まあ、僕もまだまだ野暮な人間だけど。


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Ⅰくんが修行先に行った後も何度かメールで連絡を取り合っていた。



ある日、Ⅰくんが


「勉強がてらに小額で株式投資したいんですけど、何かいい情報ないですか?」


とメールを送ってきた。



僕はⅠくんが将来のために今頑張っているとばかり思っていたから、ムダな出費なんてしないと思っていた。だから


「株式投資なんかするヒマあんの?そんなことするより何で一円でもお金貯めないの?将来、一緒に仕事するんじゃなかったの?そういうところが信用できないって言ったんだよ。」


と返してしまった。



Ⅰくん的にはそんなことを言われるとは思うはずもなく、


「何で僕のお金の使い方に関してそこまで言われないといけないんですか?そんなことまで言われる筋合いじゃないですよ!!!!」


とドロ沼の応酬をしてしまった。



そして、Ⅰくんの最後の一言が僕にトドメを刺した。


「そもそも僕がどれだけ悩んで、どんな気持ちになって、こっちに戻ってきたか考えたことがありますか?」


この一言を目にした瞬間、背筋に寒気が走った。




僕はIくんの気持ちを全く考えてなかった。



この頃の僕は常に


「オレの苦労や悩みや気持ちをわかって欲しい」


とばかり思っていて、他人の気持ちなんて慮ることもなかった。



Ⅰくんだけじゃない。



ヨメさんに対しても。



会社の仕事仲間に対しても。



とにかく周りの人たちへの配慮もヘッタクレもなかった。



そう、周りを非難していた僕こそが


「おバカさん」


そのものだった。



Iくんに謝りのメールを送った後の数時間の間、



僕は自分のバカさ加減にメタメタに打ちのめされた。



僕は存在する意味の無い、無価値な人間だと思い知った。



「…」




「……」




「………」




時間が経つにつれて、どん底の精神状態とは裏腹に沸々と不思議な感情が湧き出てきた。




「待てよ?何でこのオレ様がこの程度のことでどん底に陥ってるんだ??何でこのオレ様がこんなことで神経すり減らしてやっていかないといけないんだ??こんなことくらいで負けてどうすんだ!!そんな人生送りたくねー!」


「この程度の底の深さでくたばってたまるかよ!!!もう終わったことだし、どうせ最低人間からのスタートだから、これ以上落ちることはない!!やるだけやってみるしかないし、どん底なんだからあとは上にいくしかない!!!」





う~ん、我ながら不遜な復活の仕方だなあ~と思う。




数日後、少し落ち着いたところで、前に読んだ本を読んでみると、如何に自分が何もわかっていなかったかがよくわかった。



だって、今回の僕のバカさ加減を改善する方法は全部本に書いてたんだから。



結局のところ、こういう土壇場では、頭で理解しただけの知識は全く役に立たないことがわかった。



色々苦労した後に言葉を何度もかみ締めることによって初めて



「腑に落ちる」



ものだと思う。




そのことを学ぶことができた貴重な「どん底」の経験だった。




ふと、今の僕ならそもそもこの独立計画に対してどういう決断をしただろう??と意味も無く考えてみた。



今の僕なら最初の方向性の違いを認識した時点でこういうと思う。



「Ⅰくんとは仕事に対するプロ意識はすごく共通点があるし、その点ではオレより上だと思っている。でも、一緒に商売するに当たって方向性や経営上の考え方が全然違う。多分、うまく行かんよ。だから、手伝えることがあれば喜んでやるし、是非手助けしたい。ただ、一緒に運営はしない。そもそもオレって経営者ってタチじゃないし。」


こういう考えが正しいのかよくわからないけど、少なくとも以前に比べれば「おバカさ」は減っていると思う。


もう一つ学んだことがある。


それは


「自分がやるべきだと思うことがあるなら、さっさと自分がやればいい。自分が正しいと思っていることこそ、その正しさを他人に押し付けない。」

ということ。


僕の



「1円でも多くお金を残す」



というこだわりは、毎月数万円の積み立て



「Ⅰくんファンド」



に変わった。



「Ⅰくんが何かはじめるときに最悪でもお金は出せるようにしよう!」



と気長に貯めている。



まあ、大した額にはならないと思うけど。




■締めの一言
「他人の知恵は、われわれ自身の血でなぞられないかぎり、無味乾燥なものにとどまる。われわれは、本質的に世界から切り離された存在である。食いつかれ、引っかかれて、初めて世界を認識できるのだ。」(@エリック・ホッファー)

僕は意気地がない。


今回の「その8」と次の「その9」の内容は一番書きたくないことが満載だったので、書くのを延ばし延ばしにしていた。
(単純にメンドくさかったと言うのもあるけど。)


何で書きたくないかというと



「自分の大嫌いだった部分がイヤというほど出てくるから」



結局自分のそういうところを頭でわかってても、認めたくないんだろうね~


でもまあ、その大嫌いな部分と



「うまく付き合う術(すべ)」



を今は身につけてきているように感じる。


いつだったかは定かではないけど



「自分の嫌いな部分を完全になくすことはできないし、完全になくす必要は多分そんなにない」



ということがわかった瞬間、かなり視界が開けたと思う。


モチロンこれは自分の大嫌いな部分について、放置プレイをかましてイイと言う訳ではない。


やっぱり改善する努力は必要だと思う。


でも、そういう開けた視界を手に入れるにはやっぱり


「挫折」


「どん底」


「自分のバカさ加減を思い知る」


という暗い暗い闇を通過しないといけない気がする。


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Ⅰくんとのやり取りはドンドン行き詰っていき、仕事上でもギクシャクするようになった。



結婚式の準備やら何やらでも精神的に参っていたのも同じ頃。



ハッキリいって、何一つうまくいかなかったので、毎日のほとんどが楽しくなかった。



とにかく今の状態が最悪だとわかっているのに全くといっていいほど、そこから抜け出せなかった。



「本音のところでは仕事も結婚も独立もしたくなかったんじゃないか?」



という心の奥からうっすら聞こえる声を否定することで精一杯だった。



不毛な日々が続き、痺れを切らしたⅠくんは



「このまんまじゃ何も前に進まないんで、大学時代にお世話になった人のところで修行します!」
(そのお世話になった人というのが、独立計画の金主になってもらう予定の人。)


そのときはもう


「ああ、そっちの方がⅠくんにとっていいやろうね。とにかく、今のオレと一緒におってもどうにもこうにもならんわ。すまん。」


と言うのが精一杯だった。


正直言うと一つ悩み事がなくなると思って、内心ホッとしたところもあった。


そして、その後が最悪だった。


「オレが一番力不足だったのは間違いない。でも、Ⅰくんのやりたいことと現実が全然伴ってなかったところがどうしても気にかかってた。覚悟があればお金だって貯めることができただろうし、もっと現実的な商売にも迷わず踏み切れたと思う。」


「結局オレはⅠくんのことを仕事仲間としては信頼しているけど、リーダーとしては信用できんかったんやと思う。」


「結局今のまんまじゃダメだってところをIくん自身が気づいて、『金主になってくれる人の下に戻る』という決断をして欲しかった。」


・・・・・・


ハイ、そうです。



「自分の実力の無さをスケープゴート(責任転嫁)」


したんです。


当然のことながらⅠくんは怒った。


「そんな風にずっと思われてたなんて…今のまんまじゃダメって前から思ってたんなら何でもっと早く言ってくれなかったんですか?そうすれば僕だってもっと早い時期に違う決断ができたかもしれないじゃないですか?僕に今の状態がダメってことを気づいて欲しいって、そんなの言ってくれなきゃわかんないじゃないですか!ホント意味がわからん。」



確かに自分で言ったことなのに意味がサッパリわからない。



そりゃそうだ。



「自分が悪いのにも関わらず、自分が悪くない」



ってことを説明するために必死こいて理屈こねてるんだから、自ずと論理が破綻する。



自分でも何でこんなこといったんだろうと思う。



こんなことなら何も言わない方が良かった。



でも、そのときの僕はどう頑張ってもおかしなことしか言えなかったと思う。



それだけ弱っちくて、自分の非を認めたがらず、強烈に他人を攻める人間だったから。



今でもそういう部分があると思う。(思うけどその頃よりはずいぶんマシにはなっているはず!!)



結局、その場は何とか収まり、Ⅰくんとは



「将来一緒に仕事をしよう!」



と約束はしたものの、後味の悪い別れ方をしてしまった。



そしてこの後、更にドロ沼に落ち込んでしまう。


■締めの一言
「私は曇りない目でものを見ているという手前勝手な前提から出発するものは、もはやそこから踏み出すことができない。」(@クロード・レヴィ=ストロース

僕は結構「器用」らしい。


よく周りから言われる。


多分、料理とギターの2つができることが「器用」に結びついているんだとと思う。


ただ、僕自身はどちらも「器用」だからできるというものじゃあないと思っている。


「やる」



「やらない(やりたくない)」


だけだと思う。



確かに仕事上で大抵のことはソコソコのレベルまでできる。


まあ、あくまでも「ソコソコ」。


その分野が得意な人には到底かなわない。


でもまあ、「器用」という見方もあながち的外れではないなあ、と最近思えるようになった。


なので、「器用」さに最近磨きをかけようとしている。


それが、「道元入門」に書いてある「三昧(ざんまい)」という考え方。


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「三昧」という語がありますが、それは心の安定・集中の境地を意味するのですが、三昧の時は、自己は意識されません。それは独楽がほんとうにうまく回転しているときは、ちょうど一点に静止しているように見えるのと同じで、「動」中に「静」があり、「静」中に「動」がある姿です。人がそのものになりきって、実在の活動が持続されているときには、自己も物も意識されません。

(from「道元入門」)
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僕は何かをするとき、


「僕ではない誰かになりきっている」


ことがある。


ギターを弾いている時は大好きなギタリストになったつもりで。


同じように料理をするときは料理人、仕事をするときは仕事人。



あと、誰かの前でしゃべるときは大体、紳助とか松っちゃんとか小田さんとか優作さんとか自分がカッコイイと思う人をミックスさせている。



僕は「ものまね」は死ぬほど下手なので、「似てるか似てないか」と聞かれれば間違いなく似ていない。



でも、「語り口」は明らかに似ていると自分でも思う。



こういうことをやっていると面白いことが起こる。


それは


「意識しなくてもキャラが召喚されて、かつ、混ざり合うようになる」


例えば


「あ~、あのときのしゃべりは松っちゃんっぽかったけど、優作さんもちょびっと混じってたな~」


という感じで時々振り返ったりする。


そういうときはほとんどアドリブで、自分がなにが言いたかったのかが、言った後にわかるという不思議な感覚になる。


「あ、あれ??オレってこんなこと考えてたんだ。へ~~~変なの。ま、いっか。」


という感じで。


こんな訳のわからない自分が発掘されるのが最近面白い。
(これが行き過ぎると多重人格ですね。)



ここから話を急展開させます。



ある種の「狂気」は「創造」の源だと僕は思う。


ナントカと天才は紙一重って言うし。


僕は


「どんな人でも多かれ少なかれ『狂気』を持っている。後はその程度の違いだけ。」


だと確信している。


その「狂気」をスムーズにドライブさせて、有効活用するには


「『狂気』がスムーズにドライブする(自分とは違う)キャラ」



「自分の中に棲まわせる」


のが手っ取り早い。(行き過ぎると憑依ですね、これは。)


ニュアンスはかなり違うけど、これもある種の「三昧」なんじゃないかと思う。


何もこんなに回りくどい言い方をしなくても普段誰でも同じことをやっている。それは


「マネをする」


ということ。


「三昧」(とことんマネをした)状態になるには「自我」を極限までなくさなければならない。


そして「狂気」は自分では意識できない「無意識」の中にある。


いや~、この手の話は大好きなんですよね~ホントに。


■締めの一言
「聞くままに、また心なき身にしあれば、己れなりけり軒の玉水。(自己を忘れて、無心に聞くとき、軒の玉水がそのまま自分自身であった。)」(@道元 from「道元入門」)

僕は借金をしたことがない。
(まあ、カードをちょびっと使ったことはあるけど。)


そして、これからもしないと思う。


理由は簡単。


「不確定な将来の収入に対して、支出を自ら確定させてしまうことになるから」


もっと簡単に言うと


「身の丈以上にお金を使うことになるから」


かな?


何よりもこういうのは


「性格」


とか


「育ち」


の影響が大きいと思う。


そもそも田舎育ちなのであんまりお金を使うことがなかったし、田舎で借金している人は暗黙のうちに


「ロクでなし」


の烙印が押されていた。


性格は臆病だし、へタレだから尚更借金なんて向いてない。


このことは自分が一番よく知っていたのに…


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ヨメさんとの奇妙な新婚生活の裏では、


「独立計画」


を進めていた。



「進めていた」と書いたけど、実際のところは壁だらけだった。



この計画はそもそも前出のⅠくんが



Ⅰくん:「僕、独立して飲食店やりたいんですけど、○○さん、一緒にやりませんか?」


屋獣:「ああ~~ええよええよ。オレ、飲食業のこと何にも知らんからとりあえず、ジャガイモ剥きと皿洗いしかできんと思うけど。」


Ⅰくん:「??ハ、ハイ。よろしくお願いします!つーか、何でジャガイモ剥きなんですか?」


屋獣:「いや、何か下働きって感じがするやん。ジャガイモ剥きって。」


Ⅰくん:「そ、そうっすかね…」



と言う感じで誘ってくれたのが切っ掛け。


だけど、話を進めようとすればするほど意見が噛みあわない。


その頃の僕は今よりもずっと慎重派で、


「借金はしない」


「コストは最小限、店舗は狭い所か移動販売」


「単品勝負で薄利多売」


「店舗オペレーションをできるだけ簡素に」


って感じで


「スタート時のリスクは最小限に押さえる」


という商売のセオリーを厳守したかった。


いわゆる「プッシュカート・ビジネス」ってヤツ。
(今の福岡で言えば「西通りプリン」みたいな感じかな?)


なので、僕は「移動販売のノウハウ」から調査した。


そして、料理は


「カップ入り手打ちパスタ」
(ゆで時間が乾麺より短いし、ソースを絡めるだけで簡単。(これが切っ掛けで今も趣味でパスタを作っている))


「ガレット」(「食事するクレープ」って感じで当時はどこもやってなかった(と思う))


「洋風のモツ料理専門店」(モツ鍋屋はたくさんあるけど洋風がない。モツ文化がある福岡なら浸透すると思ったから。)


とかを考えていた。


でも、Ⅰくんは違った。


「必要なら借金を厭わない」


「コストは当然抑えるが、店構えが必要」


「利益はちゃんと確保しつつ、きっちりとした料理を出したい」


「お客さんにレベルの高いサービスを提供したい」


と言った感じで、僕とはほぼ正反対のスタンスだった。


料理もメンバーに入れる予定だった後輩が会席料理をやっているので、それをベースに惣菜とかを考えていた。



お互い色々とアイデアを出し合ってもしっくりこない。


今思うと僕のアイデアはよく言えばビジネス性が高いけど、悪く言えば面白みに欠ける。


Ⅰくんのアイデアはややリスキーだけど、「Ⅰくんしかできないこと」が散りばめられていた。



話が進まない期間が続き、お互い妥協点を見つけようとしたけどやっぱり根本的なところは埋めることができずにいた。


そのうち僕が前々回、前回のような状況に嵌まり込み、Ⅰくんへの接し方もギスギスしたものになっていた。



屋獣:「Ⅰくんは何でお金を貯めんの?お金がないと何もできんし、いざと言う時に蓄えがないと行き詰るよ!」


Ⅰくん:「僕はそんなことをしたくないし、性格的にどうしても貯金ができないんです。別に金利もそんなに高くないし、必要なら借りればいいじゃないっすか。」


とまあこんな風に「ダメ出し」の応酬が多くなっていった。


そして事態は最悪の方向へ転がっていく…


■締めの一言
「金は借りてもならず、貸してもならない。貸せば金を失うし、友も失う。借りれば倹約が馬鹿らしくなる。」(@シェイクスピア)