僕は人間はどんな人であれ
「心地よさ・快感」
を追求していると思う。
もちろん僕がその典型だ。
疲れたら速攻で寝る。
会社で眠気に襲われたら、トイレで5分仮眠する。
眠った方が仕事の効率がよくなるし、頭も気分も「スッキリ」する。
だるいときは仕事と関係ないこと(掃除、整理整頓、スケジュールの組み直し・確認、論理クイズや数学クイズ、なぞ解きなど)を5分間して、気分を「切り替える」。
結果的にサボっているかも知れないけど、こと「効率」と「心地よさ」を考えれば迷うことはない。
お腹が減ったらご飯を食う。
食事制限なんて考えたこともない。
食べたいもの、おいしいものを素直に食べる。キライなものは絶対に食べない。
身体が欲さないので海外旅行も行かない。
みんなガンガン行くけど、一度も行きたいと思ったことがない。
そもそも「観光」が好きじゃないし、飛行機も船も「コワい」し。
だから「世界の車窓から」で十分。
あんまり群れるのは好きじゃないので、人間関係もドライな方。
付かず離れずが「心地いい」。
親しい人はいるけど、やっぱり「距離感」はどの人もそんなに変わらない。
とまあ、色々書いたけど
「そんなことない!俺はいつも『我慢』してるぞ!」
と言う人がいるかも知れない。
でも、その人は
「『我慢』することが『快感』になっている人」
だと思う。
ま、僕もちょっとは『我慢』するけどね。
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さて、11年ぶりの自動車教習所。
家から出る前から胃が痛い。
「ちゃんと運転できるかな??」
その言葉が何度も頭の中をこだました。
とりあえず、1時間×5コマのコースで様子を見て、足りなければ追加することにした。
最初の1時間目。
もちろんいきなり路上に出れるわけもなく、校内で運転テクニックの再確認。
のはずだったんだけど…
教習用の車の前で待っていると、女性の先生がやってきた。
「う~~ん、何かヤナ感じ…」
と思った。(別にその人がということではなく)
理由は
「直感」
でも、その直感は結構正しかった。
いきなりハンドル捌きで
教習所の先生(以下先生):「ハンドル捌きはこんな感じでやってみてください。」
屋獣:「はあ…(何??どういうこと??)」
先生:「いや、こうした方が無駄な動きがなくなって運転しやすくなりますから。」
屋獣:「…(これ思いっきりやりにくいんですけど)」
まあ、ここで反論してもしょうがないから言われたとおりにやった。
でも、しばらくするとまた元のハンドル捌きに戻ってしまった。
先生:「また、戻ってますよ。はい、ちゃんと教えたとおりにやってみてください。」
屋獣:「はあ…(だから、やりにくいんですよ動き自体が)」
その日は運転云々よりもハンドル捌きの方が気になって、何だかよくわからないまま一時間が過ぎてしまった。
何だかものすごく疲れた11年ぶりの運転だった。
その夜、ヨメさんに一部始終を話したら
ヨメさん:「うそやん。そんなので運転できんやろ??」
屋獣:「でも、教習所の先生にそうやって教わったんだから。」
ヨメさん:「ふ~ん、信じられんわ。」
僕だってそう思う。
まあ、百歩譲ってその捌き方が正しいとしても僕にとってはやりづらくてしょうがなかった。
だったら、やりやすい方でやった方がいいに決まってる。
正直、どっちの方法でも運転自体は大差はなかった。
案の定、次回以降の担当の先生で、ハンドル捌きについてとやかく言う人は一人もいなかった。
最初の先生があんなにこだわっていたハンドル捌きは何だったんだろう??
次はついに恐怖の路上練習だ!
■締めの一言
「人は人に影響を与えることもできず、また人から影響を受けることもできない。」(@太宰治)